私の左目は蝶を観る 02(Σ348)
汐 早百合。15歳。
職業はハンターという物騒な仕事をしている元女子高生。
趣味は読書で特技は百合。
こんな意味不明なプロフィールになってしまった私は現在、15歳という若さで野宿をしている。
いっそタイトルを「異世界百合ハンターJK - サバイバル生活編」にでもすればいい。
神様と天使さんに色々説明をされながら、私は明日までを乗り切る寝床を探していた。
まだアンジェと出会う前日なので、街に行っても恐らくは憲兵さんに追い返される。
更に言えば、下手に街に入れてアンジェと遭遇してしまったりすると、余計に事態がややこしくなる可能性がある。
森の方で寝床を探す事も考えたが、こちらも例の盗賊二人に遭遇したりすると面倒だ。
なので仕方なく私は、森とは逆方向の山の麓まで歩いてきた。
そこで見つけた一つの洞穴。
高さ3m、奥行き15mほどの穴は、どうみても自然に出来た物ではなく後から掘られた物。
冷静に考えなくても、モンスターとか、熊とか、そういう大きな生き物の寝床なのは分かっていたのだが、神様が何とかするというので今日はそこで夜を明かす事になった。
「ワシがおる限り、気配に怯えてどんな生き物も近寄ってはこぬ。寄ってきたら脅して追い返してやるわ」
実に頼もしいお言葉だけど、巣穴を突然神に占拠された挙句追い返されるとか、巣の持ち主にしてみれば災難である。
あとでお詫びに何か置いておこう。
不思議とお腹は空いていなかったが、明日の事を考えれば何か口にしておいた方が良いかもしれない。
木の実や果物を探してみる事も考えたが、この世界の自然物で何が食べられるのかという知識が私には無い。
もらった能力のおかげで、多少の毒なら半日もあれば何とかなるんだろうけど、わざわざそんな冒険をするのはゴメンだ。
「確か鞄の中に・・・」
まだ切り裂かれていない私の学生鞄。
この中には学校で小姫と食べようと思っていたお菓子が2箱入れてあったのだ。
きのこの山 & たけのこの里
第三次世界大戦の火種にすらなる可能性があるらしい明治さんのチョコスナック。
二種類とも持っていたのは、世界大戦ほどではないが争いを避ける為でもあった。
小姫と「きのこVSたけのこ」などという話で喧嘩したくなかっただけですよ。
「おぬし・・・なんて危険な物を持ち歩いておる! そんなんじゃから変な因果に巻き込まれるんじゃ!」
先ほどまで猫らしくゆったりとした横座りをしてたテト様が、二つのチョコ菓子を目にした途端飛び上がる様に立ち上がる。
それも、二本足で立ち上がった。
「リアル神様にそこまで言わせるお菓子って何!? 世界の安否の小売価格安すぎませんか!?」
本当にこのお菓子、どれだけ世界の命運を握っているのだろう。
ガチの神様がここまで驚くとか、開発者の人が知ったらショック死するんじゃないだろうか。
「かつて、太陽の神と月の神が、きのこ派か、たけのこ派かで争った事があっての」
「すみませんその話は聞きたくないです。聞いたらダメな気がします」
太陽と月がきのこたけのこで争ったとか、そんなショボい神話は御免被る。
てか、発売日から考えるとその話は少なくとも1970年代以降って事だよね。
直近の時代にそんなヤバくてショボい神話が生まれていたとか聞きたくなかった。
絶対に後世に残したくない。
「それよりも今の状況と、これからの事、あとまだ分かってない事を整理しましょう」
「そうじゃな。あ。ワシたけのこ派じゃてそっちをくれ」
ほう。つまりテト様は私の敵か。
てか猫ってチョコ食べたらダメなんじゃ・・・猫の姿なだけで神様だから別物なのかな。
いやもうチョコ菓子の事はいい。
「えっと・・・まず事の発端から再確認していきます」
私はスマホのメモ画面を開き、その内容に目を通す。
・私は「誰か」によって無自覚に347回もこの二ヶ月を繰り返させられていた。
・そのせいで頭がおかしくなって発狂したが、猫神さまが記憶を整理して助けてくれた。
・天使の「好む言葉に聞こえるパワー」が失われ、本来人である私が感知できない天使自身の言葉を聞けるようになった。
・時間を繰り返している事を「自覚」した私は、少なくともこのループにおける「観測者の一人」になった。
・ループを起こしている「誰か」が自覚的なのか無自覚に起こしているのかは不明。
いま分かっている事は大体こんな感じ。
「ところで―――テト様」
メモをチェックし終わったところで、天使さんが口を開く。
「汐早百合さんに今届いている声は、私本来の物で間違いございませんか?」
「うむ、残念ながらの」
というかそもそも、本来の声?を私が耳にする事にどんな問題があるのだろう。
「幸いワシという存在がクッションになっておる故、未だ発狂はしておらんが・・・あまり長く話すのは止めた方がよいかもしれんな」
「そうですね。現状テト様がいらっしゃるのであれば、私にできる事もございません。一度失礼させていただきます」
言ってふわりとその場に浮かび上がったかと思うと神々しい光を放ち、直後には天使の姿は消えていた。
来る時あんだけ時間かかったのに、帰るときは驚くほど一瞬で去るなぁ。
「ねぇテト様。天使さんの本来の声を聞き続けると発狂とか聞こえたんだけど、その辺りの事情って聞いても?」
「ふむ。まぁお主は微妙な立場じゃしのう。それくらいは良いじゃろう」
テト様はたけのこの里を一つ口に放り込みながら続ける。
「そもそもあやつは「あるお方」よりお借りしている仮の部下みたいなもんなのじゃが、その「あるお方」の眷属故な。普通の人間が声を耳にしただけでもその威光に耐えられんのじゃよ。要するに天使はそもそも存在のレベルが高すぎるのじゃ」
何それ怖い。声聞いただけで狂うとか威光に耐えられないってどんな神様よ。
あれ?でも私今こうしてテト様と話してるけど、それは大丈夫なの?
実はテト様、いうほど偉くない?
「何を考えているか大体分かっておるが、一応ワシの方があやつよりは偉いぞ。まぁあやつの主よりは圧倒的に低い神じゃがの。特に今はワシに制限がある状態なのでな。手伝いとしてあやつに来てもらっておるわけじゃ」
正直天使さんの主ってのが気になるけど、さっきの話を聞く限りこれ以上下手に触れないほうが良さそうだ。
想像はついてるんだけど、多分私の本能というか魂というかその辺りが考えない方がいいと警告している。
「ちなみに普通ならワシの声もあまり聞かぬ方がよいのじゃが、まぁワシに制限がある事に加えて、お主に限ってはワシの声でクルクルパーにはならんから安心せい」
状況が違えばテト様の声でもクルクルパーになるんだ・・・
なぜこう神様達は、さらっと衝撃の情報を、それも雑に出してくるんだろう。
「ずっと思ってたんですけど神様の世界の皆様って、基本説明足りないですよね。解説が雑」
「お主、想像以上に不敬な奴じゃのう・・・まぁそれも理由はあるのじゃが今は置いておくとしよう。やるべきは現状の確認と対策じゃ」
正直他にも聞きたい事は山ほどあるが、これまでの話から一つ気になる事が出てきた。
「不敬ついでに聞いちゃいますけど、誰が起こしてるか分からないというのは本当なのですか? 面倒だから分からないって事にしてたりしません?」
そう。仮にも神様が、結構偉い神様であると思われるテト様と天使さんが。
この事件の原因を突き止められていない、というのが妙に引っかかった。
「不敬ついでとはまた・・・まぁよい。それにはさっき言った、ワシの制限が関係しておる」
テト様は現在、何かを制限されている。
それはいわゆる、ゴッドなパワーとかそういうものだろうか。
それならそれで制限の無い神様に代理を頼むとかは出来ないものなのだろうか。
「まずこの状況及び関連する因果にワシが絡んでしまっておる故、他の神は関われぬ。神は基本他の神の行いに干渉せぬルールじゃ。干渉を行うという事はすなわち神話の神々の争いとなるでの。多分世界が滅ぶ」
ここ暫く、私のせいで滅びかけたり、誰かのせいで滅びかけたり、チョコ菓子のせいで滅びかけたり。
世界があまりにも貧弱すぎて悲しくなってきた。
私の中で、世界という存在の規模がどんどん小さく思えてきてしまう。
もうちょっと頑張れ世界。
私でも、もう少し耐えるぞ。
「テト様がこの状況とか因果に絡んでいるというのはどういう事です? あと制限って具体的に説明してもらえるんですか?」
「まぁそう急くな、順番に話してやるわい。まず、ワシが絡んでいるという点じゃな」
腰をすえて話をする、という意思表示なのだろう。
黒猫姿のテト様は、どっこいしょとその場に・・・あぐらをかいて座り込んだ。
猫っぽく香箱座りでもするのかと思ったら、何て人間くさい動きを・・・
もはや猫というより猫の着ぐるみを来た小人に見えてきた。
そのままテト様は、お菓子をもう一つ口に放り込み話を続ける。
「・・・お主は、自分の左目に異常を感じた事はないかの?」
あるあるあります。
異常どころかこの左目の痛みのせいで発狂しかけましたよ。
正直私が一番聞きたい事の一つについて、やっと答えを教えてもらえる様だった。
「山ほど異常あるんですけど、どれから説明しましょう」
「そ、そんなにあるのか・・・」
「そりゃあもう、こっちの世界に来てから左目の独壇場ですよ」
主に左目のせいでロクな目に遭っていないくらいの独壇場ですよ。
あの激痛とか、ぐるぐる回るのとか思い出しただけでも胃がキュッとなる。
「ならば直接見せてもらうのが早そうじゃ」
そう言ってテト様は立ち上がり私のすぐ側まで歩いてくる。
もはや猫っぽく振舞う気もないのか、悠々と二足歩行だ。
もうちょっと猫感出すの頑張って欲しいです。
地面に座り込んでいた私と、テト様の顔の位置は丁度同じくらい。
私の正面に立ち、両手を私のこめかみ辺りに添えて―――
「ちと覗くでの、じっとしておれよ」
「え?・・・うわぁぁぁぁぁ!」
ズブシャーァァァァっと。
テト様は右手を私の左目に差し込んできた。
「ぎゃぁぁぁぁ! 痛くは無いけど気持ち悪い!きもちわるいー!」
「ええい大人しくせい、もうちょいじゃ」
こういう事をするなら事前に警告してほしい。
いきなり自分の目に猫の腕が、それも肘くらいまでめり込んできたら誰だってビックリする。
しかも目の中で腕をグリグリするのやめてもらえませんかね!
どういう仕組みかわかんないけど、見えてるんですよ、肉球が! 毛むくじゃらの腕が!
今私の頭どうなってるの!? 普通そこまで腕入れたら目どころじゃないんじゃ!?
「ふむ―――なるほどのう」
その後、結局10分近く私はテト様に左目をグリグリされ続けた。
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