私の左目は蝶を観る 06(Σ348)

 アンジェを助けた当日の夜。


 私は現在、割り当てられた寝室でテト様と打ち合わせをしていた。


「ひとまず、初日に確認できたのは1回だけじゃったのう」


「そうですね。明日以降、ここから二ヶ月蝶を気にし続けて行動すると考えると、少し気が滅入ります・・・」


 大きなベッドでゴロゴロと、ひとまずまだ電池の残っているスマホにメモを残しておく。

 一応この左目のおかげで全部のシーンを記憶は出来ているらしいのだけど、気持ちの問題なのです。


 森で盗賊二人を倒し、アンジェを助けた後。


 予定通りアンジェの屋敷に案内されて、諸々の歓迎を受けた後でこの部屋に戻ってくると、そこで待っていたのは天使ではなくテト様だった。

 元々テト様はこの街でのループの中に存在していなかったので、アンジェに見つかったりしない様姿を消してここまで来た。

 最初は「私の猫」という事で行動を共にする案もあったが、そういう些細な事が余計因果を捻じ曲げても困る、という事で別行動にしたのだ。


「お主の発狂が分かるまでは、あやつもループの一部になっておったから少し不安じゃったが・・・」


「まぁ本当に最低限の会話をしただけですしね、蝶も出てきてないですし大丈夫そうです」


 本来なら天使さんが来るはずだが、現状すでに天使さんもループを観測している。

 その為、ここで起きた天使さんとのイベントについては、アチラ側でテト様を代役にする事で流れを調整したそうだ。


 神様に類する人との会話という、イベントそのものをなくすのは危なそうだったので代役をテト様にやってもらったが、蝶も出てきていないし問題のない変更点という事だろう。

 てかもう、今の私が下手に天使と会話するわけにもいかないので、ここで蝶が出てたらそれこそ別の仕事が増えて頭を抱えていた。


「明日は武器屋でお主の装備を揃えたり、ハンターの登録じゃったか」


「はい。武器屋はいいんですが、問題はステータスですよね・・・どうしましょうか」


 猫神の祝福と異邦人の表示。

 これをいっそ無くして見る方向で試してみたい気もする。


 あの時どこかに蝶が出ていた記憶はないのだが、内容的に結構大事な気がするのだ。


 神様が用意した隠蔽が無効化されているという事実。

 これを左目の持ち主である私がスルーして良いものか、と。


「それで得た知名度は、今後のお主の活動や関係性にも影響を出しておるじゃろうし、今回は再隠蔽を試みるのはやめておこう。蝶の有無だけに気を配るのじゃ」


「わかりました・・・またあの質問攻めに耐えないとだめなんですね・・・」


 情報を集めきる前に、大きな変動を起こすのは良くない。

 という事で、今回も我慢して酷い目に遭う覚悟を決めた。




****** 




「48式かぁ。盗賊の持ち物にしちゃぁ随分ええ物使ってやがる」


「私、武器のこと良くわかってないので詳細はお任せします」


「姉ちゃん。そんなんじゃ何れボッタクられて大損こくで? まぁお嬢様の紹介や、悪いようにはせんよ」


「あ、ありがとうございます・・・」


 どうにも、相手が何を言うか既に分かっているというのはやりづらい。

 思わず「次にお前は●●と言う」って言いたくなってしまう。


 予定通り、アンジェの案内で鉄仮面先生のお店に武器を売りに来た。

 鉄仮面先生は黙々と武器の細部をみたり、外せるパーツを外して動作チェックをしたりしている。


 その様子を確認して、私もなるべく同じ動きをしようと店の中をぐるぐると歩き始める。


 ただ今回見ているのは武器ではなく蝶の存在。

 ふとアンジェの方をみると、既に鞭コーナーに釘付けになっていた。

 この子最初から鞭しか見てなかったのね・・・


「(今のところは蝶はいない・・・・・か)」


 これまで通りなら、アンジェの後ろから鞭コーナーをみて驚いて云々の流れがある。

 一応そのやりとりもすべきなのだろうが、あの間私は他を見ていなかったし、アンジェ側に蝶は居なかった。


 ここは少しだけでも行動を変えてみよう。


 一応アンジェの居る方へ歩いては行くが、そこでアンジェの後ろ側ではなく他の棚に視線をめぐらせる。

 

 剣の棚は無し。

 槍の棚も無し。

 長物の棚も無し。

 マトバの棚も無し。


 やはりここに蝶は居ないのだろうと思っていた時。


「(・・・・・・え?)」


 カウンターで査定をしている鉄化面。

 その手元に置かれた、盗賊から回収した武器の上に。 


 ―――羽を閉じた「蒼い蝶」が、静かにとまっていた。




****** 




 さて、どうした物だろう。

 これは初めて目にする蝶であり、これまでの流れで完全に見落としていた蝶だ。


 あの蝶が「確定」なのか「不確定」なのか分からないのも気になるが、何よりももっと気になるのはその様子。


「(飛ばずに止まっているのは始めてみるよね・・・)」


 誰かの周囲を漂うわけでもなく、ただ武器の上で大人しくしている。

 これは、鉄仮面先生というよりも、あの武器・・・盗賊兄貴が持っていた武器そのものに何らかの因果が生まれているという事だろうか。


 そうなると・・・最初の森の蝶が関係しているのは、兄貴の方?

 もしかしてあの武器と鉄仮面先生は何らかの関係性がある?


 と思ったとことで、私は凄くシンプルな考えを見落としていた事に気が付いた。


「(あの武器もしかして・・・元はこの店で購入されたものだった・・・?)」


 そう考えると、あそこに蝶が居るのも納得できるのだが、どうにもそれを確定する情報が無い。

 まさか鉄仮面本人に「それもしかしてこの店で売られていた武器ですか?」とも聞きづらい。


 なんせ盗賊から回収した武器だと知れているのだ。

 つまり下手な発言は「あんたの売り物盗賊に流れてるぞ」という嫌味になってしまう。

 私だって、それくらいの気の利かせ方は備えてますよ?


「(とにかく、時間だけは覚えておこう)」


 二人に見つからないよう、コッソリとポケットからスマホを取り出す。


 現在は、4月2日の午後12時6分。


 いつの間にかお昼を過ぎていた。

 そういえばこの後、結局あれこれやってお昼ご飯を食べれたのはおやつ時だっけか。


 なんにしてもここでの蝶と時間は確認できた。

 後は予定通りマトバの流れに持っていくしかない。

 以後の生活を考えたらあの銃を手に入れてない状況は避けるべきだろう。


「(記憶ありのループって思ってたよりずっと大変だなぁ・・・)」


 致命的な食い違いを回避しつつ、何度も繰り返した言葉をある種「演じ」なければならない。

 それをこれから、あと二ヶ月間維持すると考えると私の気は滅入るばかりだった。




******




 あの後、予定通り鉄仮面先生のマトバ講座がはじまり、基本的うんちくを習った後。

 こちらも予定通り、地下室での試射会が開催されていた。


「っはぁー。上手くいって良かったわ。直接魔力注ぐのって難しいんよ」


 銃を置き、右手をプルプルと振りながら鉄仮面先生は続ける。 


「魔力の操作や制御が上手い人なら、魔力量次第では連発し続けられるってのがこの銃の最大の強みや。まぁ魔術防御のない人形打ち抜くのもこの距離が限界やから、実際はこの半分位の距離で撃たんと障壁に弾かれて終わりやけどな」


 えぇ。とても良く存じています。

 何せ貴方から347回もチュートリアルをしていただいたのです。

 それこそ魂レベルで刻まれた情報でございますのよ。


 表向きには「ほうほう」と返事をしているが、内心ではこんな感じだ。

 まさか全部知ってるからチュートリアルスキップしますとも言えない。


「正直かなり興味は惹かれるんですけど、ただ、それ以前の問題がありまして」


 ようやくこの台詞を言って「記憶喪失の迷子」という設定について彼に話をする段階にこれた。


 かくかくしかじか。

 まるまるうしうし。


「―――と、いうわけでして。そもそも武器を持つ理由が今ないんです」


「なるほどなぁ・・・となるとまずは身分証明の発行か。お嬢、どうせなら彼女をハンターギルドに案内したったらどうや?」


 ここで初めてハンター施設、ギルドの情報が出てくるわけだ。

 正直今にしておもえば、この辺の流れも彼に銃を買う様誘導されてる気がしてならない。


 商売上手といえばそうなのかも知れないが、だからってこんなJKをゴリラのウ●コ迫り来る戦場に送り出すとか。

 巨大な排泄物が飛んできた時には、心の底から「覚えていろ鉄仮面の野郎!」って思ったものですよ。


「なるほど! 確かに早百合ならば良いハンターになれると思いますわ!」


 そうそう。こんな感じでアンジェにも背中押されて乗せられてハンターにズルズルとなったんだよね。

 別に後悔はしてないんだけどさ、記憶が戻ってみると私って何か、ずっと流されてるだけだなって思った。


 今回の事件。このループが発生しなければ気にも止めなかったんだろうけど、少し自分の意思が何処にあるのかを見つめなおしてもいいかもしれない。

 この自我の違いというか、新しい認識の上でこの二ヶ月を進んでいけば見えることもあるはずだ。


 必要な流れを崩しはしないけど、自分の心や意思として「最終的」にどう行動したいかはちゃんと決めよう。


 忘れてはいけない。

 これは、私の物語なのだという事を。

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