その少女、異界より来たる 02

「・・・・・・ん? ここは?」


「あぁ! よかった気がつかれたのですわね!」


 私が意識を取り戻すと、目の前には銀髪の美人の顔が迫っていた。

 どうしよう、既に恋に落ちそう。


「えっと・・・・・・何がどうなったんですか?」


 状況が全く理解できない。

 というか先ほど森で何が起ったのかすら思い出せない。


 覚えている事はある。

 森で襲われているこの銀髪の女性を助けるために、カッターナイフなどという弱小装備で盗賊(仮)に挑んだのだ。

 それは覚えているし、間違いない。


 盗賊・・・・・・とりあえず、盗賊子分としておこうか。

 子分の方がズボンを下ろし、この女性に性的な意味で覆いかぶさろうとしたタイミング。

 丁度親分らしき方も、女性の両手を押さえる為に武器から手を離していたのを見て、私は親分の方へとまず襲い掛かった。


 我ながら―――そう、我ながら恐ろしい事をしたのだと、今更になって身体が震えてくる。


 こちらに気が付いて何かを叫ぼうとした親分の顔を。

 こちらを見ているその両目を私は突き刺した。


 それだけで既にもう「だめ!痛いの駄目!いやー!」と小姫なら泣き叫びそうな光景。

 実際私も今思い出して「ギャー」となっている。


 更に私は、そのまま親分の―――喉元をかっ捌いたのだ。

 私が覚えているのは、そこまでだ。


「そして・・・・・・盗賊の武器を拾って・・・・・・」


 うん。そんな事態になれば当然子分も慌ててこちらに対応するだろう。

 彼女の説明ではこうだ。


 本当にそれ私? と思うほどの手際で親分に襲い掛かった私は、血を噴出しながらのた打ち回る親分から武器を取り上げた。

 だが、その武器がどういう物か、どうやって身につけられていたのか分かっていない私は、かなりモタついていた様だ。

 その間に子分は半脱ぎだったズボンを完全に脱ぎ去って、腰に下げた武器でモタつく私に襲い掛かってきた。

 今尚武器を奪うのに必至な私は、情けなくもフリチンのまま背後から襲ってきた子分の一撃で背中をばっさりと両断されたそうだ。


 背負っていた鞄と中のタブレット丸ごとやられたらしく、かなりの血しぶきが飛んだという。


「なんで自分、生きてるんでしょう・・・・・・」


「それは私にも・・・・・・ですがその後」


 地面に崩れ落ちる私。

 親分の方はそのまま失血死したらしく、その遺体に覆いかぶさる様に倒れこんだ。

 子分はゆっくりと私の側に歩み寄り「親分のカタキだ!」等と言いながら、私にトドメを刺そうと武器を振りかぶったのだが―――


「突然貴女が起き上がって、奪い取った武器でもう一人の胸を刺し貫きましたの」


「えええ? 私が? 背中をばっさり切られたのに!?」


 間違いなく致命傷だと言わざるを得ない怪我。

 それだけの量の出血をしていたにも関わらず、私は「何事も無かったかの様に」立ち上がって反撃したのだ。

 そして。その一撃は見事に子分を絶命させ、危険な状況を何とか脱したという。


 話を聞いても全く信じられないし、何が起ったのかも全く理解できていない。

 ただ、身体を起こして自分の背中に手を触れてみると、確かにそこには斜めに大きく破れた学生服の感触と、怪我の痕跡などない自分の素肌があった。


 良く見ると私の傍らには背負っていたはずの、真っ二つに切り裂かれた学生鞄に加えて―――


「うっわ・・・・・・」


 私が殺したという、二人の男性の遺体が転がっていた。


 親分の片目にはカッターが刺さったまま。

 子分の胸には、親分が持っていた武器らしきものが刺さったまま。


 文字通り血の海となった場所に、二つの生々しい遺体が横たわっている。


「・・・・・・うっ! おえー」


 さすがに吐いた。

 こちとら平和な日本で生まれ育った文系のうら若きJK。

 こんな映画みたいな光景を目の前で実際に見せられて平然となんてしていられない。

 むしろこの先、こんなキツい事が起りうる世界でやっていくのかと思うと、余計に胃液が逆流してくる。


 人を殺した。

 モンスターとか、怪物とかではなく、私は人を殺した。


 脳内を埋め尽くしていくその事実が、どんどん自分を追い込んでいく。


 犯罪だ。殺人罪だ。懲役だ。

 どうしようどうしようどうしようどうしよう。


「大丈夫ですの!? これで、口の中をゆすいで下さいまし。少しはマシになると思いますわ」


「あ・・・・・・ありがと、うっぷ」


 今尚、気持ち悪さは続いている。

 手も足も、カタカタと己がしでかした事に対する恐怖で震えている。

 しかし私を介抱してくれる銀髪の女性の手に触れる事で、少しだけその恐怖心は和らいでいた。


「ごめんなさい、少しだけ、少しだけ手を、握っていてもらっていいですか・・・・・・」


「はい。私の手で良いならずっと握っていて下さいな」


 それではまるでプロポーズだなと、自分の心をごまかしながら。

 暫くの間、私は彼女の好意に甘える事にした。




******




「ありがとうございます。もう大丈夫です・・・・・・たぶん」


「いえ。私に出来る御礼など今はこの程度しかありませんわ」


 現在私は膝枕中だ。

 頭の後ろには、柔らかくも暖かい彼女のフトモモの感触がある。

 幸せな時間というのは、こういうのを言うのだろう。


 以前冗談半分で小姫が膝枕をしてくれると言って来た時には「なんかエッチぃ」と断ってしまった。

 むしろエッチぃ事を考えている私こそがエッチぃのだが、実にもったいない事をしたと反省している。


 だから今回。目の前の彼女が「少し横になってください、膝をお貸ししますから」と提案してきた際には迷わずそのフトモモにダイブした。


 何度も言うが、私は百合属性の持ち主だ。

 故に、たとえ人殺しをしてしまったショックの最中でも、それはブレない。

 所詮私なんて目の前のスケベチャンスに浮かれる程度の安い女だという事よ。


「アンジェリカさんは、良い匂いがしますね」


 おっと私。今何を口走った?

 気をつけろ。思ったことを口走る悪い癖が飛び出しているぞー?

 良い匂いって何よ。只のセクハラじゃないの。


「ふふ。嬉しいお言葉ですが、出来ればもっと殺伐としていない場所で言って欲しかったですわね」


 真っ向から拒否されなかったのは嬉しいが、確かに彼女の言う通りだ。


 少し離れたところには、血の池とオッサン二人の死体。

 そんな修羅場も修羅場な猟奇的環境で、こんな台詞を言っても只の変態でしかない。


 もしかして私、血の匂いに興奮する変態とか思われてないだろうか。

 嫌だなぁその誤解は。出来れは早めに否定しておきたい。



 彼女の名前は「アンジェリカ」という。

 詳しい事はわからないが、この森の近くにある街で暮らす女性だそうだ。 


 普段は一人で街を出たりしないのだが、今日に限っては両親へのプレゼントにする特殊な花をこの森へと摘みに来ていた。

 なんでもサプライズしたかったらしく、一人で出歩いた末に連中に補足され、襲われていた、と。


 私は、私自身の事をどう説明すべきか迷っていた。

 そもそも「異世界から来た15歳の文系JKです」何て言っても通じる訳が無い。

 それこそ頭のおかしい突如現れた女として警戒されてしまうだけである。


 仕方が無いので、私は自分を「記憶喪失の迷子」という設定でごまかす事にした。


 なぜ記憶が無いのかも記憶喪失だから覚えていない。

 なぜ彼女を助けたのかは、気が付いたら身体が動いていた。

 ただ、自分の名前だけはハッキリと覚えている。


 そんな感じで人見知りながら必至に説明しみてたのだが、以外にもあっさりと彼女はそれを受け入れてくれた。


「もしかしたら、異界からやってきた勇者様なのかもしれませんわね」


 素敵な笑顔でそう返してきた彼女に、また惚れそうになったのは言うまでもないでしょう。


 ここが異世界なのは間違いない。

 膝枕をしてもらいながら彼女との雑談の中で、その確信は得ていた。


 まず。盗賊が装備していたあの武器。

 あれは「エーテルウエポン」という、魔法の力を運用する道具だそうだ。


 魔法という単語が出たその時点で異世界確定。

 更に言えば、この世界には「異界」という概念と、そこからきた人間が存在するという認識が普通にあるらしい。

 そういう人達の多くは「英雄」や「勇者」として何らかの功績をこの世界に残し、そして何処かへとまた去っていくという。


 ただ、そういう人達は多分「異世界召喚」された系で、転生した私とは少し違う様な気がした。

 そもそも勇者になるとかそういう必要があるなら、天使からの事前説明がありそうなものだ。


 いや・・・・・・彼女の事だから「言ってなかった?」とかまた言いそうだけど・・・・・・


「とりあえずは、アンジェリカさんと一緒にその町に行って今後どうするかを考えます」


「でしたら当面の間は私の家で寝泊りしてくださいな。命を救っていただいたお礼です、それくらいはさせて頂きますわよ」


「それは―――ありがとうございます、お言葉に甘えます」


 一瞬、断ろうかとも思った。


 何せ私は、身元不明の記憶喪失で偶然遭遇した盗賊を惨殺したクレイジーガール。

 そんなヤバい人物を、いくら助けてくれたからといって自宅に招くのは、無用心すぎるだろうという事。


 しかし、今の私にはアテが無い。

 あれから脳内で何度か天使に呼びかけてみたりもしたが、応答などは帰ってこない。

 誰かを助けるまでは手伝うみたいな事を言っていた癖に。


 なので私はアンジェリカの好意に甘える事にした。

 自分の拠点や生活の基盤が揃うまでの間と決めて、お世話になる事にする。

 いくら異世界とはいえ、見ず知らずのご家族の家庭に長く厄介になるのは、人見知りな自分的にも精神的に辛い。


「じゃあ、そろそろ行きましょうか。もう私も大丈夫ですから」


 いい加減膝枕の感触を楽しむのも終わりにしよう。

 私は身体を起こして破れた学生鞄を一応拾い、その片方をトートバッグの様に肩から提げて散らばった私物を拾い集める。


「・・・・・・そういえば、盗賊の私物はもって行かれないんですの?」


 彼女が指差した先には盗賊の遺体。

 このまま放置しておいて良いものなのか、そんな常識も異世界から来た私にはないのだ。


「えっと。盗賊ですから殺生も罪には問われませんし、討伐した盗賊の私物は討伐を為した方に所持権がありますのよ?」


「そうなんだ・・・・・・ひ、人の亡骸から物を取るってどうにも抵抗あるんですけど・・・・・・でもお金も必要だし・・・・・・我慢。我慢」


 出来ればもう見たくもないし触れたくも無い。

 だが先立つ物は必要だ。

 アンジェリカが大丈夫というならば、貰える物は貰おう。


 なむあみだぶつ。

 自分で滅殺しておいてなんだけど、どうか化けて出ないで下さい。

 天使さんに会えたら、成仏できるように取り計らっておきますので。


 手を合わせ、それから親分、子分それぞれの持ち物を探っていく。

 いい気はしないが、それでも悲しいかな、紙幣や硬貨の金銭と思われる物を見つけた時にはちょっと「やった」とか思ってしまった。


「一応コレも、貰っていい・・・・・・ですよね。道中が安全とは限らないし」


 私は地面に転がる二つの武器を拾い上げる。

 一つはパイプに刃を引っ付けた様な剣?と思われる物。

 もう一つは、たぶん銃だと思う、よく分からない構造の武器。

 それらを、二人が身に着けていた鞘やベルトごと頂戴する。


 金属の塊みたいだが、思っていたほど重くはない。


「うわー・・・・・・せめて血だけでも拭きたいなぁ・・・・・・」


 ベットリとこべりついた血液。

 その様が、これが略奪品だという現実を突きつけてくる。

 だが、我慢だ。これは大事な身を守る為の道具。


 ここは日本じゃない。異世界なんだ。

 生きる為にやれる事はやる。ちょっと汚いくらい我慢だ。


「それじゃあ、行きましょうアンジェリカさん」


「え?・・・・・・えぇ。こちらです、私についてきて下さいませ」


 何かキョトンとした顔をしていたアンジェリカは、ハッと我に返ると私の隣で森の先を指差しならが歩き始める。

 もしかしたら、平然と武器すら持ち去ろうとしている私に呆れたのかも。

 おまけに彼女から見れば、血みどろなのを意ともせずに行動してるようにも見えているだろう。


 嗚呼。これは彼女とのフラグ折れたかな。


 異世界に来て最初に出会った女性との百合展開。

 その希望が絶たれたであろう現実に肩を落とし、私も彼女と共に歩き始めた。

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