相沢小姫は――― 02
東京都の南の方。
神奈川県藤沢市にある、湘南海岸から相模湾へと突き出た陸繋島。
江ノ島―――そう呼ばれる場所に私は来ていた。
「・・・平日だってのにどんだけ暇人多いのさ」
関東でも屈指の観光地の一つである江ノ島は、4月のど平日だと言うのに結構な人で賑わっていた。
正直人が多いとこれからの行動において少々邪魔なのだが、今はそうも言っていられない。
「まず、辺津宮行って、中津宮、で最後に奥津宮だっけ・・・あーもー、面倒な手続き用意しやがって」
スマホで江ノ島マップを閲覧しながら、思わずこの島のつくりに文句を漏らす。
なぜ一直線にしなかったのか・・・ぐるぐる歩かせやがってと文句しか出てこない。
儀式として、距離や歩数、手順が必要なのは知っている。
でも西暦は既に2000年を超えているのだ。
そろそろ神様とかそういう連中も、もっと効率的に、デジタルな環境になってほしい。
「チョコ菓子で戦争始めるくせに、こういう所だけアナログなの腹立つ」
人に聞こえない小声で、誰とも知れぬ相手に文句を言いながら、まずは最初に目指す辺津宮へと歩き出す。
青銅の鳥居を抜け。
赤鳥居を抜け。
児玉神社・・・はスルーして。
狛犬の頭を軽く撫で。
面倒なので、エスカレーターがある所はさっさとそれに乗って移動したかったが、瑞心門を超える為に歩く。
弁天様の像に一声かけて。
手水舎で手を洗い。
「・・・歩かされるのマジムカつくわー」
辺津宮へと辿り着いた。
辺津宮。
古くは下之宮と呼ばれ、
正直参拝したくないし女神なんかに会いたくもないけど、文句を言っている場合じゃない。
何かゴネるならさっさと締め上げてしまおう。
その境内、敷地内へと一歩、私が足を踏み入れると。
「・・・あぁ、人払いしてくれたんだ。サンキュー」
「あの・・・も、もう少し敬って頂けません?一応私達、神なんですが・・・」
すぅっと周囲の空気が変わり、私の周りに居た人が一瞬で姿を消す。
正しくは、私だけが女神の作った結界の中へと入ったのだ。
「そういうのいーから、鍵。鍵かして」
「うぅ・・・せめてお供え物くらい・・・」
女神―――すなわち田寸津比賣命は、涙目になりながら渋々と私の手に小さな石を渡してくる。
泣くなってーの。仮にも神なのに。
手渡されたのは小さな水晶。
淡く光を放つ不思議な雰囲気の石をポケットにしまい、さっさと次の中津宮へと向かうべく踵を返す。
後ろからは、女神の粘着質な視線がずっと刺さっている。
仕方ない・・・あまり神と約束はしたくないけど。
「はぁ・・・わかった。ウッシーが戻ったらアンタの好きな「びーえる」本数冊手配したけるから、それで納得して」
正直こんな約束をするべきではない。
なんせ相手は神だ・・・どんな些細な事で怒るかも分からない面倒な連中だ。
まぁ神に怒られた所で、殴って黙らせるだけなんだけど。
ひとまずは女神が「やった!これで●●先生の新作読める!」と喜んでいるので、問題ないんだと思っておこう。
******
次に向かったのは中津宮。
この辺津宮からぐるりと回り込んだ場所にある、これまた面倒な道筋だ。
なのでショートカットした。
私、相沢小姫は面倒な事が嫌いなの。
さすがに一般人にそれを見られるわけにもいかないので、ここまでは我慢していたのだが、辺津宮の境内を出ても周囲の人が戻ってこなかったのを見て、私は、私が結界内に入ったのではなく、私だけに結界が張られたのだと理解した。
たぶん三女神が、面倒ごとを避ける為に対処したのだろうけど、私はこの状況を利用する。
「やっぱこっちの方が早い」
ぐるりと回りこむと、徒歩で約10分の距離。
ないない、10分も時間をかけられない。
カップ麺3個分とかタイムロスもいいところだ。
と言うわけで、私は飛んだ。
文字通り中津宮まで、辺津宮の境内から助走をつけてジャンプした。
町を、道を見下ろしながら、景色が流れて行く。
そして数秒もすると中津宮の境内が視界に入ってきた。
境内の真ん中で、額に青筋浮かべた女神―――
「鍵かして」
着地と同時に用件だけを伝えた私に、女神は何か言いたそうだ。
だが、何度も言うが今は時間が惜しい。
「ショタだっけ? 3冊手配するけどそれでどう?」
「こちらをお持ちくださいませ」
簡潔に、ただ、相手が望んでいるだろう条件を伝えたら、気持ち悪いくらい素直に鍵を渡してきた。
こんなのばかりだよ女神って。だからあんま信用してない。
受け取ったのは先ほどと似た様な石。
すこし形状が違う程度で、他に大きな差は見られない。
「ありがと。5冊たのんであげる」
さり気無く2冊追加して、私は最後の奥津宮へと飛び立った。
背後で女神が、恍惚とした顔でクネクネしていたけど、見なかった事にする。
******
「あれ? 居ない?」
奥津宮の境内に着地してみると、そこに女神は居なかった。
これまでの流れからすると、この場所で待っていても良さそうなものだったけど。
「おーい! ねぇいないのー?」
声をあげて呼びかけてみるが、応答はない。
この場所には最後の女神―――
流石に女神が自分の神域を留守にするはずがない。
仮に離れる必要があったとしても、代理を誰か残していくはずだ。
しかし今は、その代理すら見当たらない。
というか―――
「・・・神域なのに神の気配が・・・しない?」
神様というのは、中身がアレでも一応神。
存在するだけで相応の気配や雰囲気を撒き散らすものだ。
その神の気配が、神の領域である神社で「全くしない」のは不気味。
例えるなら、平日の昼間なのに教師も生徒も誰も居ない学校の様な、そんな不気味さがある。
「うわー。面倒ごとの予感しかしないんだけど。マジ最悪」
だからと言って、もう一つの鍵を貰わない事には話にならない。
面倒くさい事この上ないけど、私は最後の女神の行方を捜す為、神社の建物の中へと入っていく。
「一応脱いだ方がいいか・・・さすがに土足はちっとねー」
別に土足のまま上がっても良かったけど、変な事でへそを曲げられても困る。
あの三女神は、特に扱いが面倒なタイプの女なの。
ここは最低限礼儀っぽい事はしておこうと、ローファーを脱いで建物の中へ。
正直、神域にルーズソックスで上がりこむのも大概だとは思ったが、もう今更なので気にしない。
むしろルーズソックスは一部から絶大な信仰をあつめているのだ、もはや神器の域なのだ。
中央の廊下を真っ直ぐに進むと、直に「御神体」のある神棚が見えてきた。
だが、やはり神の気配は無い。
「ねぇー! 何かあったのー? 急いでんだけどー?」
改めて呼びかけてみても、シンとしていて返事は返って来ない。
本当に私も想定できない、マズい事態に陥ってるのではないか?と不安になり始めたとき。
コトリ。
パサリ。
と。神棚の所で何か重たい物と、軽い紙の様な物が落ちる音がした。
そこにあったのは―――最後の鍵と、文字の書かれた1枚の紙。
ひとまず鍵をポケットにしまい、紙に何やら書かれていた文面を読んでみる。
正直読みたくないけど、このままスルーするのは色々と良くない気がした。
『たぎり、マジおこ。マジ欝だから家出します。探さないで下さい。鍵は適当に置いとく。探さないで下さい。』
「・・・・・・・・・・・・」
スルーすればよかった。
別にスルーして良かった。
神の家出。
それは神社にとっては一大事だ。
だが―――
「知っるかぁぁぁぁぁ!」
私にとっては、心の底からどうでもいい事だった。
絶叫と共に手紙を破り捨て、私はさっさと最後の目的地へと歩き出す。
探さないで下さいと二度も書いてあったのだ、メンヘラ女神など絶対に探してやらない。
私。異世界で百合してくる。 T翼 @tsubasaya
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