第2章
相沢小姫は――― 01
今日から高校1年の新学期。
といっても、初日はクラスの顔合わせをする程度で午前中だけ。
席順決めたり、どんな奴がいるのか、同じ中学の奴はいるのか。
高校での授業の進め方とか、部活の一覧とか。
午前中を使って行われるのはその程度の内容でしかない。
人によっては初日に派閥争いを開始したりするんだろうけど、私には余り関係ない。
「ウッシー、歩きながら本読むの危ないってー」
私の隣を、本を読みながらも真っ直ぐに歩く女の子が居る。
私の大切な大切な友達だ。
早百合は電柱にぶつかる事もなく、人にぶつかる事も無く、更に交差点などではちゃんと一旦停止してからまた歩き出している。
本当に本を読んでいるのか不思議に思うけど、アレでちゃんと本の内容を熟読しているのだからすごい。
「大丈夫。周囲の気配を察知して歩いてるから」
こちらに視線も戻さず、まるで戦闘民族の様な事を言ってくるのだけれど、早百合なら本当に出来ていそうだ。
メガネを装備したら戦闘力が10倍になったりする子なのかもしれない。んなわけないけど。
「マジで? ウッシーそれヤバくね? もう気とか使えるんじゃん?」
「私に出来るのは気配の察知だけだよ。人見知りを極めればヒメにだって出来る」
「やっべー自慢になってねー」
彼女とのやり取りに合わせてふざけた笑いを漏らしてはいるが、内心「気配の察知できるJKってなにさ」と思った。
人見知りはジョブじゃないし、それもう一般人って言わないんだよウッシー?
笑いながら、私は少しだけ・・・彼女の後ろへと下がる。
気配―――そう、先ほどからずっと、こちらを見ている気配がするのだ。
あー。気配を察知できるJKって何さ?って?
私みたいな人の事を言うんだよ。
まぁそれは置いといて。
「(敵意はない・・・んだけど、妙にねちっこいと言うか視姦されてるみたいな悪寒が)」
通学路の途中から感じているこの視線。
早百合はマジで気配が察知できる人ではないので、勿論気が付いていないが、確実に見られている。
咄嗟に、視線を感じた方に目を向けても誰も居ない。
もしかしてドローンとか?と思って空を探してみたけど、そんな物も飛んでない。
「(まさか・・・ストーカー系?キモっ・・・)」
もしも彼女に手を出す様な輩だったら、即座に始末してやろう。
謎の視線の主への対処だけは決めて、私は早百合の真横へ戻って雑談しながら歩いていった。
******
通学路にある大通り。
そこに差し掛かった時、私は妙な物を目にした。
「(精霊・・・? じゃないな、それに近い別の何か?)」
大きな道路の真ん中に、一匹の黒猫が座り込んでいたのだ。
私は一目でそれが「実体の無い存在」だと分かった。
つまり、今この場では私にしか見えていないだろう存在。
もしも勢い余って「猫が!」とか叫ぼう物なら痛い人認定される事まちがいなし。
あの黒猫もどきが何をしたいのかは分からないが、ここはスルーしておくのが安定。
少々気にはなるが、無視して通学路を進もうとした時―――
「ウッシーなにしてんの!?」
思わず叫んでいた。
車の行き交う大きな車道に、ガードレールを乗り越えて早百合が飛び出していたのだ。
ウッシー何時の間にそんあアグレッシブさを身につけたの?とか。
今チラッと見えたけど、その下着は学校に履いていくには攻めすぎだと思うよ?とか。
文学少女を自称する人が、本を地面に投げ捨てるのは良くないよ?とか。
色々な感情が一瞬の内に交錯したが、それよりも、もっと目の前には驚くべき光景が映っていた。
早百合が―――触れるはずの、見えてもいないはずの黒猫を抱き上げたのだ。
トクン。と心臓の揺れる音がした。
ドクン。と心臓の跳ねる音がした。
ぞわり。と・・・心臓に悪寒が走った。
黒猫を抱き上げた早百合は、蹲って動かない。
いや、動く暇がもう無い。
空気が、とてつもなく重くなった様に感じる。
世界が、とてつもなく鈍くなった様に感じる。
時間が、まるで遅くなった様に感じる。
「ウッシーそいつを放して! それは―――」
思わず叫び手を伸ばす。
だが、私の叫びも空しく早百合と黒猫は、迫り来るトラックと正面から衝突した。
******
「―――ヤバイ。ウッシーが巻き込まれた・・・あーしのせい?」
何が起こったのかは分かっている。
誰が起こしたのかも分かっている。
だが、何故彼女が、早百合が巻き込まれたのかが分からない。
迫り来るトラックに、黒猫と早百合が衝突したと思った瞬間。
そこに―――二人の姿は無かった。
それこそ最初から二人は居なかったかの様に、トラックも平然と走り抜けていった。
クラクションすら鳴らしていない事を思い返すと、初めから二人の姿は見えていなかった?
つまり、あの黒猫かそれに関連した奴の仕業なんだろう。
「あーしの友達に何させたいのかは知らないけど、ただじゃおかないっての」
事態は察した、状況も理解した。
ならばやらなけれなならない事を、順番に片付けていこう。
随分久しぶりだけど、私はこんなのは慣れっこだ。
「えっと、学校の番号番号・・・あった」
私はスマホを取り出して、登録してあった学校の職員室へ電話をかける。
数回のコールの後に出たのは女性の声。
幸いにもそれは、この春から私達のクラスを担当する担任の先生の声だった。
「あ。おはようございます、A組の相沢小姫っす。実は―――」
かくかくしかじか。
まるまるうしうし。
流石に「目の前で汐さんが消えました」などとは言わない。
ここは女の子の諸事情らしく「通学中に初めて来ちゃったみたいで」とか「ご両親共働きで」とか「かなり重いみたいで」とか。
ウッシーには悪いけど、そういう事情で登校できない、私は彼女に付き添ってあげるという言い訳を伝えた。
後で会えたら謝っておこう。
担任の先生は「そういう事なら」とあっさり承諾して電話を切った。
この辺りは女の先生で良かったなと心から思った。
今度お礼に何かお菓子をご馳走してやろう。
「よし。後は―――」
自宅に戻り仕度をして、早百合を、ウッシーを助けに行く。
彼女が何処に連れて行かれたのかは、凡そ検討がついている。
というか他に可能性が思いつかない。
「どうせ何も説明する気はないんだろうけど、せめて一発ぶん殴ってやるかんね」
私は、事の現況に関与してるだろう相手を思い浮かべながら、自宅へと急いだ。
******
自宅に戻ると、少し妙な事に気が付いた。
いや、具体的に何がおかしいのかは分からないのだが、異様に違和感を覚える。
「(・・・なに? この気持ち悪い感じ・・・何かこう、何かが違う?)」
都内にある13階建のマンションの最上階。
学校まで徒歩で15分、早百合の自宅からは5分程度の距離にある私の家。
その玄関に入った瞬間から、ずっと妙な気持ち悪さが続いている。
別におかしな所もなければ人の気配もしない。
だが、何か、少しかみ合わせが悪いような、そんな感覚だ。
「だめだめ。今はそんな事よりウッシーの事」
自分のこういう勘には結構な自身がある。
経験からくる信頼に近いものだ。
でも今大事なのは、自分の勘より早百合の安否。
私は意識を切り替えて、自室のクローゼットを開く。
「確かこの奥・・・に・・・あった、けど、こんな軽かったかなぁ」
取り出したのは、革張りのギター用ハードケース。
その表面にはアンティーク家具の様な、少し小洒落た模様が彫られている。
ギャル全開の私には少々似合わないかもしれない装丁だ。
蓋を開けて中身を確認するが、特に問題はない。
恐らく私自身が以前よりも成長したから、それだけ軽く感じたのだ。
「よし、行こう」
持つ物を持ったらさっさと移動する。
今は1分1秒が本当に惜しい。
戸締りよし、カーテンよし、ガス止めよし、ブレーカー落として、施錠もした。
これで長期間戻れなかったとしても大丈夫だろう。
玄関に来て、ふと動きやすいスニーカーに履き替えようか悩んだが、行き先を考えていつものローファーを履く事にした。
鍵をポケットにしまい、ギターケースを抱えて歩き出そうとした時。
「あ―――そうかだから」
先ほどから感じていた違和感の正体。
テーブルに置いていたコップの角度が、微妙に違っていた事に気が付いた。
「・・・まぁ、盗まれて困る様な物は「こっち」には置いてないし、別にいいか」
泥棒、空き巣、そういった類の人間が侵入した可能性。
普通ならそれだけで不安に襲われそうな物事を、私はあっさりと意識から切り離した。
今はウッシー以上に大事な事などない。
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