私の左目は蝶を観る 04(Σ348)
「本当に思いつきなんですが、言ってみてもいいですか?」
「うむ。むしろお主の思いつきが一番正解に近い可能性が高い。一応当事者の一人じゃしの」
それは左目の持ち主のアナタもですよと言いたい。
私が見た蝶。
いや、私が「観た」蝶。
あれは何らかの兆し。
左目が観せた、何かのサインなのではないかと思った。
そう、例えば―――
「―――例えばですが、バタフライ
「・・・ふむ・・・故に、蝶か・・・」
私が記憶がパンクして発狂しそうな時、左目は痛みというサインを出していた。
一応この目には、私を監視すると同時に私を守ろうとする面もある。
そう考えると、あの蝶を左目だけが観てるのには、頭痛と同じ様な意味がある気がしたのだ。
ただ、バタフライ効果とはカオス理論における初期値鋭敏性の寓意的表現にすぎず、その現象そのものに実際「蝶」は関係していない。
ローレンツ博士の方程式を図にすると「ストレンジアトラクタ」という「蝶」に似た形状になっているのはあるけど、それもあくまで「軌道」を線で繋いだら蝶っぽく見えただけの話だ。
そんなものを、宙を漂う蝶の形として「観た」と言うのは、なにかこう、違う気がする。
自分で言い出しておいて、無いな。と結論付けようとしていたのだが。
「・・・やはり文学少女は伊達ではないの。お主、結構凄いやつかもしれぬぞ」
文学少女の件は置いといて、そもそも私どんな風に思われていたのか。
むしろそっちが気になる。
私とは反対に、テト様は結構今の案を押したいらしい。
「バタフライ効果は所謂「因果」の些細な揺らぎが時間経過と共に、とんでもない事態を招く可能性を例えた言葉じゃったな」
「ざっくり言えばそうですね。風が吹けば桶屋が儲かるみたいなやつです」
「左目はそれを感知して、お主に分かりやすい様「蝶」の形に翻訳したのではないか?」
「えっと、つまり?」
「あの蝶が見えた前後の出来事が、今回のループを解消するヒントになっておるのではないか、という事じゃよ」
一見なんの関連もなさそうな小さな出来事が、想像もしない大きな結果に結びついている。
それこそ正しくバタフライ効果なのだけれど、そんな単純な話なのだろうか。
今回の事態が、そういった細かい食い違いなどによって起こったものであれば、確かに可能性はある。
可能性はあるが、それでも疑問は残っている。
「だとしても、なぜそれが「テト様の左目」を借りている「私にだけ観える」んでしょう」
元々あなたの目が見せている蝶なのに、なぜテト様が蝶を知らないのか。
「それは全くわからぬ・・・わけでもないか」
「まず一つ勘違いを正しておこう。確かに今その目はおぬしの左目として貸し出されておるが―――その目は本来、人の言葉で「ラーの右目」と呼ばれておる」
ここに来てまた、とんでもない単語が飛び出してきた。
ラーって。
黒猫の姿をした神様って時点で何となく察していたけど、やっぱこの神は「あの神」なのだろうか。
テト様、だし多分間違いない。
その辺りは聞かない方がいいのかなと、何となくそう感じた。
ほら、神話の神様達にとって名前ってかなり重要だと言うでしょ。
安易にフルネームを名乗ったり言葉にしないほうがいいから、ニックネーム的なのを普段は使ってたり。
この神様が「本名」を名乗らないは、一応私や神様自身への配慮なのかなと思うのです。
それよりも、私の左目に搭載されているのが「ラーの右目」というのが引っかかる。
「・・・右目?でも私に貸し出されたのって左目ですよね」
左右が違う。
まさか目を貸す時に「ヤバイ左右間違えた。まかよいかの」みたいないい加減なやり取りがあったとか。
この神様の場合本当にありえそうだから怖い。
でもそれは私の勘違いというか、単純な思い込みによる食い違いだった。
「ワシがお主と向き合って、互いの目を交換するとどうなる?」
えっと・・・んん?どういう話なのだろう。
向き合って交換しても別に右目は右目で、左目は左目。
「おぬし、鏡を見た事はないのか?」
―――では無いのだ。
「・・・あぁ! そうか!」
鏡を見た時、鏡に映っている私は左右が逆になる。
人と向かい合ってもそれは同じ。
人は自意識というか知識として「鏡は逆に映っている」というのを知っているから、右目は右目、左目は左目と考える。
でも、鏡の自分に「右手」で手を触れようとすると、鏡の中の自分は「左手」でこちらに触れてくる様に映る。
要するに鏡合わせになった私とテト様は、交差的に部品交換したのではなく、直線的にパーツを交換したわけだ。
「なるほど、個人的にはスッキリしました。正直右腕と左腕の組み立てを間違えた模型みたいだな私とか思うところもありますけど」
「例えが何と言うか俗物的じゃのう・・・」
比喩としては間違ってないと思う。
俗物的なのは人間だから簡便して下さい。
そもそも、きのこVSたけのこ戦争してる神様に俗物的とか言われたくないです。
「・・・で。結局この目がその右目だったとして、何故「蝶」なんですか?」
まだその問題が解決していない。
むしろここが本題だ。
「細かい詳細は省くが、要するに「法則」を観たりする事ができるのじゃよ」
法則―――物事と物事の間に一定の関係がある時、その関係を示す言葉。
規則や基準の様な単体で完結した情報ではなく、あくまでも情報同士の関係性。
一応ルールなんかも法則って呼んだりするけど、今言われているのは「関係性」の方で間違いない。
「ほれ。どこぞの勇者が人に化けたモンスターの真実を映し出す為に使った鏡があったじゃろ。あんな感じじゃ」
「例えが俗物すぎる」
あったじゃろって、その鏡は実在しませんよ。
只のゲーム内キーアイテムの名称です。
人の事を俗物って言っておきながら、自分の例えも大概じゃないですか。
確かに語源はこの目なんでしょうけど、それにしたって例えがゲームって・・・
「ワシ自身が使えば、もっとピュキ―ンという感じで法則というか関係性そのものが見えるんじゃが、お主の場合は蝶という形に翻訳されたとは先ほども言ったの」
ピュキ―ンが良く分からないけど、多分「後ろの敵が見える!」みたいな感じなんだろう。
ニュータ●プ能力みたいなのなら少し欲しいと思ってしまった。
「故に、お主の言った「バタフライ効果を観た」というのは十分ありえる。宿主の知識や感覚に目が合わせた結果じゃろうて」
法則を見るラーの右目。
つまり私が見たのは、蝶の形をした法則―――「因果」ではないのか。
事件との関係性。
すなわち「因果関係」がそこにあると左目が私に知らせている。
目の説明を聞いて、確かにそれならあの蝶について感じる違和感、そして「既視感」にも説明がつく。
何度も繰り返したからこそ左目はよりそれを「因果」として伝えようとして、私はそれを既視感として捉えていた。
「そんな曖昧な情報を参考に動いていいものなんでしょうか」
「人の世なぞ、そもそもが曖昧な情報の集合体であろう」
確かにそうだけど、説明不足の曖昧な言葉ばかりな神様にだけは言われたくないですー。
ただ、曖昧な情報と言われて私は一度記憶を反芻してみる事にした。
テト様に整理してもらった脳内の引き出しを「最初の1週目」から順番に開いていく。
二ヶ月の間の出来事を延々と、何があったのか、どこに差異があったのかを思い出していく。
整理された時点で、ある程度不必要な事は忘れているかとも思ったのだけど、驚くほどに57年分カッチリと記憶がある。
多分これは左目の効果であり、本来人はこうして記憶が整理されていれば大丈夫な生き物なのだろう。
人には陳述記憶、非陳述記憶の大枠があり、更に陳述記憶はエピソード記憶と意味記憶に仕分けされていく。
完全記憶能力者の人が記憶がパンクしたりしないというのがその分かりやすい例だ。
心理学的とか学問によってまた違うんだけど、その辺は割愛します。
そして、自分の記憶を反芻していて確定した事が一つだけある。
「―――1週目の記憶には、一度も蝶が出てきていませんね」
間違いなく1週目、つまりこの世界にやってきた「最初の二ヶ月間」において、私は「蝶を一度も」観ていない。
「それに現状、事態を動かす手がかりになりそうな物が他にあるわけでもない。ならば一度やってみれば良いじゃろう」
確かにこれ以上悩み続けても時間だけが過ぎていく。
どのみち明日の昼にはアンジェの悲鳴を聞きつけて助けに行かなければならないのだ。
ならば、まずは蝶を道しるべに進んでみるのがベターだと私も思った。
「なに。駄目ならまたここに戻されるだけじゃよ。コンテニューし放題じゃぞ? ゲームならばまさに無敵、これこそチートじゃ」
その能力が私の意志で発動できるならチートですが、この場合むしろそのチートこそが敵です。
人の身で時間とかいう無敵の相手に挑む身にもなってほしい。
私は左目にそっと触れる。
正直この目のせいで、今また面倒な事に巻き込まれていると考えると、少し憎らしく思えてくる。
「そうそう。ラーの右目ってぶっちゃけワシの本体みたいなものじゃから、大事に扱うのじゃぞ?」
「ちょっとー!? なんて物を埋め込んだんですか!?」
本体って・・・この目が潰されたりしたら貴女どうするつもりなの!?
馬鹿なの? 死ぬの?
こんな物騒な目は早急に返品したいけど、今の状況で蝶を見失うのはそれこそ最悪なのだと流石に分かっている。
今は―――私の左目が観る「蒼い蝶」だけが頼りなのだ。
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