その少女、異界より来たる 08(Σ7)

「ちょっと買いすぎたね・・・・・・」


「身体一つでいらっしゃったのですから、これ位は必要ですわよ」


 鉄仮面先生の鬼畜な風魔法入門チュートリアルを終えた後。


 私とアンジェは遅めの昼食を済ませて、当初の目的でもある日用品の買出しに出かけた。

 今にして思えば、もう完全にアンジェとのデートだったのだが、あえてそういう事を口に出さない我慢強さを私は覚えたのだよ。

 彼女にとっては女の子同士のスキンシップ程度なのだろうが、ずっと組まれていた腕と押し付けられるオパイにドッキドキしていたけど我慢したよ。


 いわゆるウインドウショッピングの主な目的は衣類の購入だ。

 あまりファッションに頓着していなかった私は、当然そういったセンスなど無い。

 なので私服についてはアンジェリカのコーディネートに全てお任せしておいた。


 途中、下着を買いにランジェリーショップに行った際、胸囲の格差社会に思わず泣き崩れそうになったのも我慢した。


 それと、ハンターをやるなら相応の装備も必要である。

 武器だけでなく、防具も何かしら揃えねばならないと鉄仮面先生には言われたが、とりあえずこちらは保留しておく事に。

 当分は射撃場を借りての練習ばかりになるし、焦って揃えることもないだろう。


 盗賊から拝借したお金と、後日手に入る盗賊にかかていた懸賞金、そして鉄仮面先生に買い取ってもらった武器からマトバちゃんの代金と日用品の代金を引いたお金が私の今の全財産。

 この世界の物価について色々聞きながら計算したところ、小娘としては小金持ちだが長くは持たない程度の金額。

 日本円にすると総額50万円から諸々使って10万円くらいが残っている感じだ。


 なるべく節約しながら、暫くはアンジェのお家に甘えつつお金を溜めていかなければ。

 そう思いながらも今日結構使ってしまったけど・・・・・・


 さすがに食費くらいは払いたいので、それらの出費も考えるとお金的な猶予はそれほど残っていない。


 この世界での一般的なワンルームのアパートを借りるとしても、月に凡そ5万程度はかかる。

 ハンターとしてお金を稼げるようにならなければ、いま家を借りても1年暮らせないのが実情だった。


 世知辛い。異世界も何だか世知辛い。


「それにしても・・・・・・鉄仮面さん見た目からは想像できないくらい親切だったね」


「風貌は独特な方ですが、私のお父様もお世話になっている武器商ですもの。早百合にとっても良い買い物になった様で安心しましたわ」


「アンジェには足を向けて眠れないなぁ」


 現在は買い物を終えてアンジェの家に帰宅。

 時刻はそろそろ夜の18時を過ぎた頃。

 空は綺麗な夕焼け色から徐々に夜の帳へと色を染めはじめていた。


 与えられた自室の無駄に大きなベッドに寝転がって、夕食までの時間をダラダラとすごしている。

 何故かアンジェも部屋着に着替えて一緒にベッドでゴロゴロとしている。


 二人して特に何かするわけでもなく、本当にゴロゴロ、ダラダラしているだけ。

 しかしこうね。同じ寝室で気になっている女の子が、部屋着で無防備に自分の隣で寝転がっているとね。持て余しますよね。


 改めてみると、アンジェリカは本当に美人だ。

 キャラクターとしてデザインされた美しさって現実には存在しえないと思っていたのだけれど、こうして目の前に本物が居ると正直戸惑ってしまう。


 時折インターネットで目にしていたというか率先して探していた外人さんのコスプレ画像。

 アレがコスプレではなくて本物の銀髪、白い肌、青い瞳の人物として存在しているわけです。

 眉毛も、睫毛も見事な銀色。

 もしかして他も・・・・・・? いやいやいい加減にしろ私。


「どうかしましたの?」


「えっと・・・・・・銀髪綺麗だなぁと思って」


「ふふっ。ありがとうございます」


 思わず正直に答えてしまったせいか、妙な空気が流れ始める。


 なんだこの会話の途切れたお見合いみたいな空気!

 お見合いしたことないけどさ!


 気まずい! ここは一度一人になったほうがいい!


「ゆ、夕食まで時間もあるみたいだし、先に私お風呂入ってくるね」


「あら、ではご一緒しますわ」


 待ったー! ストーップ! アテンションプリーズ!


 さも当然の様に言い出してるけど、私の方にまだ心の準備が出来てないのです!

 只でさえこの二日間で色々あってストレス的な物とかムラムラ的なものがグイグイ溜まっているのです!

 

 この状況で一緒にお風呂!? 無理無理! 私狂っちゃう!


「私あまり人とお風呂に入るの慣れてないから、ね?」


「・・・・・・私と一緒に入浴するのは・・・・・・お嫌ですの?」


 嫌なもんかい!

 そんな悲しそうな顔しないで! 上目遣いだめ! ズルイ!


「い・・・・・・嫌とは言ってないよ・・・・・・?」


「ではご一緒しましょう」


 うん。もう私の負けでいいや。


 諦めに至った気持ちを誤魔化す為、窓の外へと目を逸らす。

 これ以上彼女の瞳を凝視していたら余計変な気持ちになってしまう。

 平常心。平常心でございますぞ姫。


 窓の外には、まるで夕暮れの色に逆らう様な蒼い羽の蝶が一匹。

 ゆらりゆらりと空を泳いでいた。




******




 嗚呼、どうしてこうなったのだろう。

 

 嗚呼、どうして、こうなったの?


 嗚呼、なぜ私は今、こんな状況になっているの?


 嗚呼、なぜ私は今、こんなにも変なテンションなの?


 理由は分かっているよ?

 そんなものバレバレだよ?

 テレフォン? ライフライン? オーディエンス? フィフティフィフティ?

 そんなもの使うまでもありませんよ?


 私が己の欲望とか理性とかそういうのに敗北した。

 ただそれだけの話だよ。

 ファイナルアンサー?

 ファイナルアンサー。


 何か頭痛がする。


 ・・・・・・でもさぁ。異世界に来てまだ二日目だよ?

 正直どうなのさ、私という人間の姿をしたこの畜生めは。


 あー、小姫ほんとごめんね。

 私たぶん小姫が思ってるような女じゃなかった。

 もちろん小姫ラブ! という言葉に嘘偽りはないよ?


 でもさぁ。


「ホント・・・・・・本当に私って・・・・・・ここまで自分に正直だったんだ・・・・・・」


 思わず漏れる、自責の言葉。


 そんな自分への嫌悪も、軽蔑も、正直な事を言えば「そういう自分でありたい」という自己満足だ。

 いやうん。そういう自分でありたかった。ですね、はい。

 まぁ今更です、今更。


 ―――やっちゃったもんは仕方ないよね!


「ん・・・・・・んぅ・・・・・・スー・・・スー・・・」


 隣で寝返りを打つアンジェリカの声に、思わずドキリとしてしまう。

 自分のしでかした事を反芻してか、また頭痛がしてきた。


 えー・・・・・・皆様。


 ワタクシこと汐早百合はですね。

 異世界に来てたったの二日目にして、大人の階段を5段飛ばし位で登りきりました。

 

 もう全力疾走で駆け上がりました。


 もう私は乙女ではありません。


 もうこの先の異世界人生で我慢とか出来そうにありません。


 もう―――何も後悔はありませぬ!


「ぬあぁぁぁ・・・・・・超、満たされている自分が、超恥ずかしいっ!」


 

 ―――夕食前。


 結局アンジェの押しに負けて一緒に入浴を開始した私。 


 まぁ女の子同士ですし、普通に「髪綺麗だなぁ」とか「お肌綺麗だなぁ」みたいな会話はあるわけです。

 そんな流れで、背中を流し合ったりもするわけですよ。

 いわゆる裸の付き合いですから、友人同士の親睦を深めるって意味でも別に普通の流れなんです。


 身体を洗い、石鹸を流して、後はのんびり湯船に浸かりながら雑談でもしよう。

 そんな感じで何とか理性も抑えつつ、友人として、あくまでも友人として一緒にお風呂に入っていたわけですよ。


 でも―――事件はその湯船の中で起きました。


 事件ってのは会議室でも現場でもなく、湯船で起こるものだったのです。

 お風呂場で起こるものだったのです!


「・・・・・・ど、どうしたのアンジェ?」


 突然握られる、私の手。

 

 隣に居るアンジェが、突然湯船の中で私のお手々を握って来たのです。

 ぎゅっと。きゅっと。しっかりと握ってきたのです。

 シ●ジ君がカヲ●君に手を握られたときってこんな感じだったんだなーってのをリアルに追体験したわけです。

 そりゃ赤くもなるよね。仕方ないよねこれ。


「あ、アンジェ??」


 無言なんですよ。無言で手を握ってこちらをずっと見てるんですよ。

 またこの目が綺麗なんですよ。

 キラッキラの、うるっうるなんですよ。


 勿論冷静な私は離れようとしましたよ。

 スピードワゴン並にクールに去ろうとしましたよ、私は。

 アンジェとは反対側に、ずいっと離れてみたんですがね、追従してくるんですよ、ずいっと。


 無言のまま、そんな感じのやりとりを数回して、私は逃げるのを止めてしまいました。

 一応言っておくと、あまり露骨に離れるのは彼女に何か失礼な気がしただけで、決して私の理性とかそういうのが負ける事を良しとしたとは思わないで下さいね。


 んで、お次は腕を組んできました。

 分かりますか? 私達、今、全裸。

 つまり腕を組まれると、こう、もんにょりと、当たるんですよ、もんにょりが。

 もんにょりがもんにょりでもんにょりなんですよ。わかれよ。


 流石にこれはアカン、ワイ、このままやとアカン!って、関東生まれ関東育ちなのに何故か心の中に巣食う謎の関西人が警告を出してきたので、思わずその場で立ち上がったんです。

 失礼とか以前にこのままではいけない、と、それはそれは冷静な判断の元に行われた行動でした。


 決っして私の中のチキンハートが全力で逃げ出そうとしたワケではありませぬ!


「ごめん、先にあがるね!」


 まぁぶっちゃけ逃げだけどね、逃げるしかなかったのよね。


 正直自分を褒めてあげたいですよ。

 よく我慢した! お前は本当に偉い! と褒めてあげたい。

 国民栄誉賞くれってくらい褒めて欲しい。


 この状況、このシチュエーションで立ち去るとか普通できます?

 OKサインの出ている据え膳を食わないってもう正直拷問っすよ。

 新しい地獄としてあの世の新プランに提案したいくらい。


 その後、妙に気まずい空気のまま夕食を頂き、歯を磨いて、私はそそくさと寝室に駆け込んでベッドに潜り込んだんです。

 ズザーっと逃げるように潜りこんだんです。


「駄目駄目もうダメ。さっさと寝る。このままだと間違いなくアンジェにエッチな事しちゃう」

 

 この時にまず気が付くべきだったんですよね。

 妙に私のベッドから、私ではない凄くいい匂いが漂ってるなって。


 なんか柔らかい物が手に触れているなって。


 これは誰かのオパイだなって。

 

「しましょう―――早百合。エッチな事」


 ゲームオーバー。


 そのままズッキューン! と唇を奪われた所からもう記憶なんてねぇです。


 いや嘘ですよ。ありますよ。

 めっっっっっっっちゃ鮮明に覚えてますよ!

 忘れてなるものかよ!


 何なら、どこにキスされてどこにキスしたか全部図解できるくらいバッチリカッチリ記憶してますけど。

 描こうか? 絵心なんて全く無いけど、それでもいいなら全部描こうか?


 ハッ! 嘘だよ!

 んなもん、説明なんぞしてやる義理はねぇ!

 アンジェの身体の秘密は私だけのものだ!



 ―――てなわけで。


 ワタクシ、汐(うしお) 早百合(さゆり)は。


 この日、異世界で人生初の彼女が出来ました。

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