私の左目は蝶を観る 01(Σ348)

 気が付くと、目の前には青い空が広がっていた。


 ・・・・・・はぁ。


 そよぐ風、頬を撫でているのは青々と茂ったゆらめく草木。

 あぁ。自分は今、草原に横たわっているのだなと、何となく理解する。


 いや―――私はそれを、知っている。


「その場から動くなって言ってたっけ・・・?」


 意識を失う前、私の耳には「天使」と思われる女性と、謎のババァ言葉の声が聞こえていた。

 その声によると、ここで待っていれば説明をしてくれるという話だ。


 アンジェの悲鳴が聞こえてくる事に関しても、何か細工するどうのって言ってたかな。

 まぁもし誰も現れずに悲鳴が聞こえてきたら助けに行くけどね。


 恋人の危機をスルーとかありえませんから。

 私それくらいの女気はハンターになって身に着けたのです。


 ・・・・・・はぁ。


「まぁ、説明してもらわなくても何となーく状況は察してるんだけどねぇ。文学少女ナメんなっての」


 死んだ際に色々聞いていたのもある。

 あの時の会話の中で、この状況に当てはまる単語がいくつかあるのだ。


 因果。因果律。

 バタフライ効果エフェクト

 時間を巻き戻して猫を云々。


 お察しすぎて笑いも出てこない。

 ファンタジー世界って何だよってなる。


「実際に自分が体験すると想像以上に気持ち悪い・・・オ●リン、ス●ル、貴方達すごいですよ」


 私自身もまだ答えの出ていない事が結構ある。

 それらについて自分一人でも正解は出ないのだろう。


 だからこそ今こうなってるのだと私は思う。


「果報は寝て待て、よね。寝よ 」


 私はその場から起き上がる事もなく、そのままもう一度目を閉じて眠りについた。




******




「おっそい。どれだけ待たせるんですか」


「ごめんなさい・・・これでも急いだのですが・・・」


 私の目の前では天使が正座している。

 正座させている。


 草原に寝転がり、ウトウトと眠りに入る少し前。


 念の為、現在の時刻を確認しておこうとスマホを取り出し、私は今が午前11時2分である事を確認した。

 そこから一眠りし、暫くして自然と目が覚めた時・・・未だに天使は来ていなかった。


 時間を再度確認すると、時刻は13時26分。

 実に二時間半近く眠りこけていたのだが、未だに天使の姿は無い。

 余りにやる事がなさすぎて、一つ、今自分が自覚している状況を整理しようとスマホのメモ機能に分かっている事、分からない事を箇条書きにしていく。


 んで。更に小一時間が経過した頃―――「すみません、お待たせしてしまいました」と、空から神々しいオーラを纏って大遅刻した天使がやってきたのだ。

 まぁ別に私はいいんだけどね。その分今回は出せる情報全部搾り出してもらうから。


「色々と質問はあるんですが、まず最初に、コレ」


 言って私は、天使の横で毛づくろいをしているを抱き上げる。

 両脇に手を入れて、ぶらーんと猫が伸びる形だ。

 毛づくろいを邪魔されてご機嫌斜めなのか、こちらをジットリとした目で見つめている。


「あの時の猫・・・ですよね。何かゴージャスな首輪とか色々ついてますけど」


 この手触り、この毛並み、この重さ。

 私にはこの猫があの時の黒猫だという妙な確信があった。


「猫神の祝福でしたよね・・・呪いの間違いじゃないんですか? ねぇ?」


 ぐいっと持ち上げた猫の顔を引き寄せ、1センチもない至近距離で私は問う。


「偶然とかじゃ説明できない事ばかりなんですよ。いくら因果が云々といっても限界があると思いませんか?」


 猫は答えない。天使も何もいわない。


 だが―――猫の耳は後ろに垂れ下がり、私と目を合わせるのをやめた。


「そうですか。では私にも考えがあります」


 絶対に自分からは口を割ろうとしない猫を、私は片手で襟足、つまり猫つまみ持ちにする。

 そしてもう片方の手で、そこらに生えているか細い草を1本抜き放ち・・・猫の鼻の穴に差し込んだ。


「・・・ふぁ・・・ふぁ・・・ぶあーっくしょいい!! 何するんじゃ小娘くそがき! 普通神様だと分かっている相手に鼻こよりかますかの!?」


「やっと喋りましたね猫神さま。さぁ全部話してください。じゃないともう片方の鼻にも挿します」


「わかったわかった!元々話すつもりで姿を見せたのじゃ!じゃからその草を捨てよ!ええい、いい加減おろさぬか!」


 腕の中でいやいやしながら喚き散らす猫神様。

 つまんでいた手をぱっと離すと、器用にその場に着地した。

 さすが猫の神。運動神経は抜群だ。


「っあー・・・まだ鼻が気持ち悪いわ。えっきし!・・・さて、どこから話してやるべきなのかの」


「その前に様。私の方で1点確認したい事がございます」


 二本足で立ち、腕を組みながら悪態をつく猫という少しメルヘンな姿に気をとられていると、天使から先に用件を伝えられた。


「汐 早百合さん。今、貴方には私の言葉遣いがどの様に聞こえていますか?」


「え? どの様にも何も別に普通の丁寧・・・な・・・」


 普通の、丁寧な、女性の言葉遣いに聞こえている。


 そう。いま天使はギャル言葉ではない。


「やはり認識介入が解けていますか・・・そうですよね、何せ347回も繰り返したのですから、そのくらいは起こり得ますか」




******




「あったま痛い・・・いえ、記憶のアレどうのじゃなくて、こう、メンタル的にです」


「なんじゃ驚かせおって」


 347回、繰り返した。

 

 何を? 誰が? どこを?


「一つ確認なんですけど、えっと、テト様? 私にそういう能力がある、とかではない。のは間違いないんですよね?」


「うむ。それはワシが保障しよう。直々に触れて確認しておるでの。今回の件はお主自身に原因は恐らくない」


 タイムリープ。

 あるいは、タイムリバース。


 私は自分でも知らない内に、この異世界にきた時点から二ヵ月後。

 カトリーヌさんのお店で制服を受け取った日の夜までを繰り返し続けたのだ。


 その回数が「347回」である。

 要するに今は私にとって、348回目の初日という事だ。


「因果が無関係とは言えませんが、それでも時間に干渉した存在は他にいるはずです。問題は当事者が自覚的か、無自覚かですが・・・」


「その誰か?が無自覚に私を巻き戻していたとしたら、具体的にどういう問題があるんですか?」


「その場合、会話などから原因となる人物を探し出すのが困難になります。何も覚えていないはずですから」


「だとすると犯人探しは難航しそうですね・・・」


 原因不明。犯人不明の時間逆行事件。

 金●一さんや江●川さんやシャー●ックさんが勢ぞろいしても解決できるのか。

 助けてワト●ン君。


 300回半近い巻き戻しの世界の中で、いわゆる当事者では無かった私も記憶は一切持ち越してなかった。

 実際には記憶は蓄積され続けてそれを「既視感」として感じてはいたみたいだ。


 そもそも記憶が残っている状態こそがバグみたいなもので、その辺りは神の恩恵関連のせいだという。

 脳みそが「強制的に忘れる」という事を怪我と誤認して保持し続けた。

 なんて迷惑な話だろうか。


 ただし当事者・・・つまり「観測者」ではない私は、それを思い出す事が本来無いはずだった。


 だが私は思い出した―――というよりも、限界を迎えた情報量に脳が壊れかけたそうだ。


 それこそがあの頭痛と左目の激痛。

 アレは私の脳が乱雑に押し込まれた347回に至る二ヶ月間、日数にして「20820日間」、年数にして「57年」近い「同じ日々の記憶」を整理できず陥った状態だという。


 人間は本来400年近い記憶を維持できると本で読んだことがあるが、今回に限っては年数よりも「情報の同一性」と「整理されていない事」が主な原因。

 神と天使の説明を簡単に言えば、同じ日を繰り返しすぎて「脳が今を自覚できない状況」に陥ってしまった。

 要するに、無意識のうちに私の気が狂ったのである。


 元々、神様と因果なんてものを持ち祝福も受けた私。

 その後は放置というわけでもなく、一応私に何かあったら分かる様にはしててくれたらしく、私が突然発狂したのでビックリして飛んできてくれたらしい。

 あのままだと、自分の脳を自分で破壊してセルフ廃人化してたと言われた。


 怖っ! さらっと言われたけど怖すぎる!


 流石に対処しないとマズい! という事で、猫神様が私の記憶を「57年普通に自覚して生きたらこう整理される」という感じで整理して助けてくれた。

 散らかしっぱなしの私の部屋を「お前ならこう片付けるだろう」と綺麗に掃除してくれた感じだ。

 簡単に記憶を弄ったみたいな事を言われると正直ゾッとしないが、一度死んだ身だし今更かなとも思っている。偉大なるオカンだとでも思っておこう。

 全面的にこの二人を信用するつもりはないが、敵対したり無闇に疑い続ける事もない。


 神には神の事情と都合がある。

 それくらいは私も承知するし無理を言いはしない。

 基本的に私はこの世界で好きに百合百合と生活させてもらえるならそれでいいのだ。


 ゴリラと戦える、もうちょっとマシなチート能力くれとは今でも思うけどね・・・


「とにかく、私がやるべきなのは「観測者」として事態の収拾という事ですよね」


「それは間違っておらぬが、お主にはその前にまずやるべき事があるぞ」


「え? この上でまだ他に何かあるんですか?」


「うむ。まずは―――明日まで何処で寝るか考えるべきじゃろうよ」


 ンンン? 意味が分からない。

 流れ的に、この後良いタイミングでアンジェの悲鳴が聞こえてきて云々ではないのだろうか?

 私はてっきりそのつもりだったのだが、もしかして観測者になったから都合が変わった?

 いやまって、それってもう結構なタイムパラドクス起こってるんじゃ・・・


 既に再スタート時点から不安要素いっぱいの私だったが、本当に心配すべき問題は―――確かに寝床の問題で間違いなかった。


「嗚呼。すまぬ説明しておらんかったな。アンジェリカという娘の悲鳴が聞こえてくるのは「明日」じゃよ。まだまだ確認したい事があるので一日前に戻るよう手を加えたのじゃ。なのでまずは、夜を越す拠点が人間のお主には必要じゃろ? 草原で夜通し雑魚寝できるならワシは別に構わぬがの」


 アンジェと出会ったあの日―――の前日。

 それが今居る私の時間軸であった。

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