第34話 「えっ 引き受けてくれるんですか!?」(4)

「コロッセオの地下に、巨大な迷宮を作りたいと思っています!」

「何? 迷宮とな?」


 結衣はうなずくと、リタが新しく作ってくれた設計図を広げた。


「本当の……私のいた世界にあったコロッセオには、地下に施設がありました。猛獣と閉じ込めておく牢だったり、戦士たちの待合室などがあったようです。でも、陛下の下さった設計図には、地下施設がありませんでした」

「そうじゃの。地下は関係ないと思ったからの」

「ですよね。私も地下があるってことはフィーネさんに聞いて知ったんですが、その時『陛下は外観以外には興味がないんじゃないか』と思ったんです」

「ほほほっ。なかなか良い推理じゃの」

「あは。ありがとうございます。で、アストリーさんから買い付ける資材を、地下迷宮の壁や床に使用すれば、無駄はなくなると思うんです」

「ほぉ、そのログナ石というのは、そういう用途なら使えるのか?」

「はい。ウチの設計課のリタさんが、その点は大丈夫だって言ってくれました。もちろん、地上を支える柱などには使えませんけど、それらを繋ぐ壁なら可能だそうです」

「なるほどのぉ」

「それで、地下も娯楽施設になると思うんですよ。ほら、アトラクション的な」

「アトラクション?」

「ええと、入り口から入って、出口を見つけるゲームみたいなやつです」

「おぉ、と言うか、それは迷宮じゃなくて迷路ではないのか?」

「あっ、そうですね! 迷路です迷路」

「ふーむ、迷路……か」


 国王は黙って目を閉じた。結衣は気が気でなかった。はっきり言って、この提案は根本的な解決策などではない。「材料が余っちゃいましたから、余計なものを作りたいです」と言っているわけで、本末転倒どころの話ではない。


 それでも現状では、この方法しか思いつかなかった。国王に却下された時のことは、フィーネとも相談して考えないことにした。考えてもキリがないからだ。今はとにかく、この案をなんとか国王に認めてもらうことだけを考えるべきだと思った。


「ふむ。結衣がそれが良いというのなら是非もなしじゃ。思う通りにやるがよかろう」

「うわぁ、ありがとうございます、陛下!」

「ただし、条件があるぞ」


 結衣は「来た」と思った。国王が認めてくれた場合でも、条件をつけられることは覚悟していた。そして、それは恐らく「コロッセオの運営で、今回の赤字を補填すること」だろう。当初の予定より、長く運営に携わらないといけなくなるが、そこは仕方がないと思っていた。


「分かりました。お受けします」

「まだ、何も言っておらんがの」

「あ……。すみませんっ」

「うむ。条件じゃが……『毎月1度は、王宮へ遊びに来ること」じゃ」

「はい。謹んでお受け……って、え?」

「もしかして『責任を取って、黒字にするまで運営しろ』と言われるかと思ったかの?」

「いえ……ええ、はい。そう思ってました」

「先ほど言ったじゃろ? 結衣に任せた時点で、ワシの責任もあるのじゃ」


 国王は優しい笑顔でホホっと笑った。


「それに、金のことなら心配いらん。万が一足りなくなったら、オルランドのヤツになんとかさせれば良い」

「オルランド……学校長ですか?」

「そうじゃ。あいつはお前の上司じゃろ? なら、あいつの責任でもあるからのぅ」

「は、はぁ……。でも、責任って一体……」

「それは、お前が気にせんで良い。で、どうなのじゃ?」

「月に1度遊びに来るだけで良いんですか?」

「そうじゃ。ワシはお前さんの素直な所が気に入ったのじゃ。だから、月に1回くらいは顔を見せに来い」

「はいっ! 喜んで、陛下!」


 


 国王に別れを告げ、王宮を後にした。階段を降り終えた頃、結衣は突然身体の力が抜けて、その場にしゃがみ込んだ。


「あらあら、結衣ちゃん。大丈夫?」

「あはは……。なんか、緊張が一気に解けちゃったみたいで……今頃、腰が抜けました」

「あらあら。じゃ、ちょっとそこに座って休みましょうか」


 フィーネが近くにあったベンチを指差した。


「ところで陛下の言っていた『学校長に責任を取らせる』って一体どういうことなんですか?」

「あぁ、あれね。ほら、陛下も知らなくて良いって言ってたでしょ?」

「フィーネさん知ってるんですよね?」

「うん」

「教えて下さい。お願いします」

「うーん。じゃ、ここだけの話ね。私たちはね、学校で育てた人たちを、転生させることで、神界から『お金』をもらってるのよ」

「お金ですか?」

「厳密に言うと、お金じゃないんだけどね。物質だったりエネルギーだったり、この世界を構成、維持していくために必要なものね」

「はぁ……」

「そこは説明が難しいから、お金だって思っててね。それで時々ね、出稼ぎっていうのもあるの」

「出稼ぎ……。なんかイメージが湧かないんですけど」

「ふふ、そうねぇ。例えばある世界で、転生者だけでは対処できないような『問題』が発生することがあるとするじゃない。その時に、うちから直接職員を派遣して、解決してしまうことがあるのよね」

「はぁ、職員ってロッティさんとかマックスさんとかですか?」

「うーん。9割9分9厘、学校長が行っちゃうんだけどね」

「学校長が? 自分で?」

「うん。あの人、そういうの好きだから」

「あぁ、確かに。好きそうですね……」

「陛下の言っていた『学校長に責任を取らせる』っていうのは、そういうことね」


 あまりにも壮大で、あまりにも漠然とした話で、結衣はあまりピンと来なかったが、なんとなくは理解できたので、それでよしとすることにした。


「まぁ、問題は解決したんだし、良かったじゃない。結衣ちゃん」

「それはそうなんですけど……。ちょっと心残りなこともありますけどね」

「アストリーさんのところの件?」

「ええ。私のミスとは言え、あんなことが今後も起こる可能性があるっていうのは、なんとなく納得がいきません」


 フィーネは立ち上がり「もう大丈夫かな?」と結衣の手を取った。結衣は「大丈夫です!」と元気に返事をし、その手をとって立ち上がった。フィーネはニコニコ笑いながら「悪いことする人には、きっと天罰が下るわよ」と言った。


「漫画や小説では、そういうことがあるんですけど、現実にはなかなかないですよねぇ」そうぼやく結衣に、フィーネは「そうかもね」と答えた。




 数日後。ウィンターズに発注した資材が届き、ようやく工事の準備が整いかけた頃、結衣の耳に「アストリー ストーンズが倒産した」との報が入ってきた。思わず隣にいたフィーネを見る。フィーネはプイッと顔を背けた。


「フィーネさんが何かやったんですか?」と問う結衣に、フィーネは「知らない」とだけ答えた。

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王立勇者育成専門学校総務課 〜結衣のお仕事編〜 しろもじ @shiromoji

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