第3話 「もうちょっとまけて下さい」(中)

「はぁぁ」


 結衣は深いため息をついた。リストにはないものを買ってしまったからだ。マックスの上腕二頭筋に騙された、と結衣は思った。まぁ、とは言え2,000ゴルだから、まだ何とかなるだろう。


 そう思いながら馬車を進める。と、そこへまた声が聞こえてきた。


「おーい、結衣じゃないかー」


 さっきと同じ展開だ、と思いながら、声の主の方を見るとそこにはひとりの女性が立っていた。結衣より少し背は高いが、スタイルも抜群に結衣より良い。出るとこは出ているし、引っ込んでいるべき所は引っ込んでいる。身にまとっているタイトな服が、よりそのスタイルを強調しているようにも見える。


「ロッティさん。こんにちは」


 彼女はロッティ・グレアム。歳は詳しくは知らないが、結衣とマックスの中間より少し下、とだけは教えてもらったことがある。肩に僅かにかかるほどの赤毛を揺らしながら、結衣に近づいてきた。


「どうしたんだい、馬車何かに乗って? お使い?」

「ええ、フィーネさんに頼まれまして。途中でちょっとしたトラブルがありましたが……」


 結衣が先程のマックスとのことを話すと、ロッティは声を上げて笑った。


「あはは、あいつの言うことなんか、まともに聞くからだよ。あいつ、頭の中も筋肉で出来てんだから。深く考えずに言ってるだけなんだから」

「でも……なんか気がついたら買うことになってて」

「まぁ、買ったものはしょうがないよね。後でフィーネに言っとけばいいさ」

「うぅ……」

「そんなことよりも、ちょっとお茶して行かないかい?」


 結衣は少し嫌な予感がした。まずい、この調子ではドンドンお金がなくなっていく気がする。自分のおこずかいはまだ残っているが、まだ月の始まりなのだ。いきなりそんな散財などできない。


 そんな結衣の不安を察したのか、ロッティは「大丈夫だって。ここはお姉さんのおごりだから」と胸を叩いた。

 

 結衣はそういうことなら、とお調子よく賛成し、一緒に馬車に乗ると近くの茶屋へと向かった。店の前で馬車を止め「ちょっと待っててね」と荷馬の頭を撫でて、手綱を店の店員に預けた。


 店に入りテーブル席へと着くと、店員が注文を取りに来た。


「あたしはビネル酒、ジョッキで。結衣は何にする?」

「ロッティさん……それ、お茶じゃないですよね?」

「細かいこと言うなって。水みたいなもんさ、ビネル酒なんて」

「まだ勤務中なのでは……?」

「おいおい、結衣。なんかお前最近、お役所みたいなことを言うようになったね」


 お役所というキーワードに反応して、結衣は思わず黙り込んだ。ついこの前の記憶が蘇る。


 違うし。私、お役所仕事してないし。そもそもお役人じゃないし。勇者にもなれない、ただの総務課員だし!


 そんなことが頭の中を駆け巡り、ロッティのことは置いておくことにした。結衣は店員に「カルガミールティーを下さい」と注文し、その後で「チコリの実のパイのセットにしてもらえますか?」と追加を入れる。


「なんだよぉ。結衣だって、お菓子食べるんじゃないか」

「ロッティさんと一緒にしないで下さいね」

「あはは。まぁまぁ、細かいことはいいじゃないか」


 ロッティもマックスもお互いに「あいつと一緒にしないでくれ」と言うが、結衣からすればどちらも似た者同士だと思う。多少違いがあるとすれば、マックスの方が剣術の腕では上だが、普段の業務の割り振りなどはロッティの独壇場である。

 

「総務課の影のボス」と揶揄されているロッティは、結衣から見ても頭の切れる頼りになる上司だった。ただ、性格だけを見てみれば、ロッティもマックスも細かいことは気にしない、良く言えば大らか、悪く言えば大雑把という部分で共通している。


 とは言え、ふたりとも頼りになる上司だし、多少振り回されることもあるが、それを差し引いても助けられていることも多く、結衣からすれば悪い感情などはなかった。


「もう少し、女の人らしく振る舞えば、とても素敵なんだけどなぁ」と、結衣はロッティの事を考えていた。ロッティと向き合って座っていると、否が応でもその巨大な胸に目が行ってしまう。ふと、結衣は視線を下げて、自分のそれと比べてみる。そして深く後悔した。


 あちらが「雲をも貫く巨大な山脈」だとすれば、自分のは「なだらかな丘陵」みたいなものだ。何を食べたら、あんなに立派なものが……。遺伝子、遺伝子なの!? 持って生まれたものなの? 次に転生する時は、せめてその能力だけでも持って生まれ変わりたい! 


 そんなことを考えている内に、結衣の気分はドンドン下降していっていた。いけない、こんなことで落ち込んでいる場合じゃなかった。そろそろ、行かなくちゃ! そう気がついて、ふとテーブルの上を見ると、いつの間にか空のジョッキが5つほどに増えていた。


「ロッ、ロッティさん!?」


 慌ててロッティの姿を探すが、既にどこにもいない。「ロッティさん?」テーブルの下にもいない。「ロッティさんっ!?」トイレにもいない。「ロッティさぁん!!」店のどこにもロッティはいなかった。


「お連れの方は、先程帰られましたが」


 慌てふためいている結衣の元に店員がやってきてそう言った。


(や ら れ た)


 結衣はようやく事態を把握した。

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