第2話 「もうちょっとまけて下さい」(上)

「そこを何とか! もうちょっとおまけして下さい!」

「だめだめ。そんなこと言われたって、出来ないものは出来ないの」


 望月結衣は王国の城下町にある雑貨屋の店先で、女店主と押し問答を繰り広げていた。「お願いします」「だめ」「どうしてもですか?」「どうしても」そんなやり取りを、かれこれ20分ほど繰り返していた。


 女店主は「ダメなものはダメ」と言って両腕を組み直す。困ったなぁ。結衣は途方に暮れてしまった。どうしてこんなことになったのだろう? 


 事の発端は、今朝のことだった。


「結衣ちゃーん、今日はお使いに行ってきてくれるかな?」


 『王立勇者育成専門学校 総務課』に出勤してくると、フィーネにいきなりそうお願いされた。結衣にとってお使いという言葉は微妙な意味を持っていた。仕事のほとんどは学校内で行われることばかりだったので、たまの外出は良い息抜きにもなったし、新しい発見などもあって楽しいものであった。


 一方で、以前郊外のフェロッカ地区で野盗に襲われた記憶は、1年経った今でも鮮明に残っており、若干トラウマと言って良いほどになっていた。


 だから「お使い」と言われると、心は踊る反面、身体は正直でビクッとしてしまう。ただ、あの一件以来フィーネや総務課長のジーンは気を使ってくれていて、比較的危なそうな地域へはひとりで行かせないようにしてくれていた。


 今回のお使いも、王国の城下町の中心地。街角ごとに憲兵が立ち、治安の良さは抜群に良い。そういうわけで、ひとりで来ていたのだが、今回は野盗に襲われれるのとは違ったトラブルに遭遇していた。


 トラブル、と言うのは結衣の言い分で、実際には「結衣の自業自得」と言える部分の方が大きい。お使いの中身は「雑貨屋に行って、リストに書かれた品物を仕入れてくること」であった。リストには、食堂で使われる皿やフォーク、浴室や個室で使われるタオル類など消耗品が並んでいた。


 フィーネは麻袋にお金を入れて「これ、お代金ね。42,000ゴル入っているからね」と言って手渡してくれた。


 この世界にきてそろそろ一年になる結衣は、この「ゴル」という通貨単位にもそろそろ慣れてきてはいた。それでも、元々いた世界と比べると、根本的に物価の違いというものもあり、なかなか勘が働かない部分も残っていた。


 フィーネからは「たぶん少し残ると思うから、残った分でおやつ買ってきてもいいわよ」と言われていた。少しだけ「やった」と思いながら、一体どれくらい余るんだろうか、という変な心配をしながら馬車で出かけたのであった。


 城下町に着くと、そこは活気に満ち溢れており、通りにはたくさんの人々が行き交っていた。「ぶつからないように」と慎重に馬車の手綱を持っていた結衣に、大きな声が掛けられたのは、城下町に入ってすぐのことだった。


「おーい、結衣じゃないか」


 声の方を向くと、そこにはガタイの良いスキンヘッドの男が立っていた。


「マックスさん!」


 結衣は大きく手を振って答えた。マックス・エルレンマイアーは、総務課での結衣の先輩に当たる。通称「肉の塊」と呼ばれている通り、身体中が筋肉で覆われており、腕だけでも結衣の足よりも太いくらいだ。


「何してんだ? 買い物か?」


 そう大きな声で問いかけながら、マックスが近づいてきた。結衣がお使いだと説明すると「おぉ、ひとりでエライな」と褒めてくれて、思わず結衣は照れてしまう。


「おぉ、そうだ。ついでと言っちゃなんだが、これも買っといてくれ」


 そう言うと、マックスは道路脇の店に飛び込んでいき、店主に断ってから何かを抱えて帰ってきた。「これだ」と言いながら、それを結衣に手渡す。


「うっ! おもっ、重いです!!」思わず手が地面に落ちるかと思った。よく見ると、それは結衣の知っているダンベルの様なものだった。


「最近入った新人がな。これがヒョロヒョロなんだよ。だから、これでちょっと鍛えてやろうかと思ってな」とガハハと笑う。


「マ、マックスさん! とりあえず、これ! 荷台に置いて下さい!」

「おぉ、悪い悪い」

「ふぅ、肩が抜けるかと思った……」

「お前も少し鍛えた方がいいんじゃないか?」



 そう言いながら、マックスは自慢の上腕二頭筋を結衣に見せつける。結衣は「あはは……そうですねぇ」と言いながら、ピクピクしているそれを見て「生きてるみたいだ。あ、生きてはいるのか」と変なことを考えた。


「じゃ、頼んだぜ!」


 そういうとマックスはガハハと笑いながら、行ってしまった。結衣はそれを手を振りながら見ていたのだが、隣から視線を感じて振り向くと、そこにはマックスがダンベルを持ってきた店の店主が立っていた。


「2,000ゴル」

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