第5話 「奇遇ですね。実は私も」(上)
「えぇ!? どうして私が施設課の設備の交渉をしなくちゃいけないんですか!?」
その日、望月結衣は「王立勇者育成専門学校」の施設課に呼び出されていた。
「そう言うなって結衣。俺達はいつも、持ちつ持たれつ、だろ?」
そう言いながら拝み倒してくるのは施設課課長のライマー・ヘンケル。以前、結衣がライマーに無理をお願いしたことがあって以来、確かに彼の言うように、気軽に相談できる間柄にはなっていた。
「でも、設備の導入の交渉なんて……」
「どうしても、この機械が欲しいんだよ! な、ちょっと見てみろ」
そう言いながら、ライマーは一冊のカタログを結衣の目の前に置いた。施設課の一角に置かれた机に広げられたそれを見てみると、そこには黒光りしたゴツそうな1台の機械が描かれていた。
この世界は、鏡面世界の中でも特別なもので、他の世界へ「勇者」を派遣することを目的としていた。だから、当然あらゆる世界の技術などを導入することができたのだが、なぜかこの世界は中世のヨーロッパを模して創られており、技術的にもそれに沿ったものしかなかった。
「国王の趣味なの」と、フィーネは言っていたが、随分面倒な国王だと結衣は思った。お陰で、携帯もテレビも電気すらない。代わりに魔法はあるのだが、それも結衣は使うことができず、あまり恩恵を受けているとは言えない。
よって、この「カタログ」も写真などは使われておらず、手書きの「絵」が載っている。この機械がいかに優れているかを力説しているライマーの話を半分以上聞き流しながら、結衣は(絵って。絵じゃ分からないし)とツッコミを入れていた。
「な、欲しくなってきただろ?」
「あ、え……えぇ」
「そうか! 良かった! じゃ、頼んだぞ」
「って、ちょっと! ちょっと待って!!」
そう叫ぶ結衣だったが、ライマーはとっとと作業に戻ってしまい、聞こえないフリをしているようだった。「もう」とプゥっとふくれた結衣だったが、こうなってしまってはもう駄目なことも理解していた。
まぁ、一応購買課に行ってお願いしてやっぱり駄目でした、そう言えばいいかと思いながら、足を引きずるように購買課へとたどり着く。
「すみませーん」
ドアを開けて声をかけると、ひとりの中年男性が「なんでしょうか?」と顔をあげた。結衣は事情を説明したが、当然「それは設備課が直接言ってくるべきでは? それにそんな高価な機械、簡単に買えるわけないでしょう?」とけんもほろろに断られる。
「ですよね〜」と、引き下がる結衣。一応、ここまでは計画通りだ。すぐに施設課に帰って報告しようかと思ったが、あまりにも早いと「もっと粘り強く交渉してくれ」と言い出すに決まっている。明日にしようと思った。
「ただいま帰りました〜」
「あらあら、おかえりなさい。結衣ちゃん」
総務課に帰るとフィーネが出迎えてくれた。結衣はフィーネに今日あったことを報告した。
「もう疲れ果てましたよぉ」と愚痴を言うと、フィーネは笑いながら「まぁ、でもそれは購買課の方が言うように、施設課の人が交渉に行くべきよね」と正論を言った。
「そうなんですけどね。なんか、ライマーさん、購買課の課長さんと仲が悪いらしくって」
「あぁ、そう言えば、聞いたことがあるようなないような?」
「仲が悪かったって、お仕事なんですから、もうちょっと大人になって話し合って欲しいですよねぇ」
フィーネは何か考え込んでいる様子だったが、しばらくするとポンと手を叩いて「あぁ、思い出したわ。購買部の課長さん、確かクロスさん。女の方なのよ」
「へぇ、女性の課長さんって珍しいですね」
「そうねぇ。確か他にもひとりいらっしゃったと思うけど、確かに少ないわよね」
結衣はふと「私もいつか総務課の課長に……」と想像している自分に気がついた。「いや、私は勇者になりたいんだし」と頭をブンブンと振って、妄想を頭から振り払う。
その様子を生暖かい目で見ていたフィーネだったが「あ、そう言えば」と人差し指を立てた。それをグルグル回しながら、何か考えごとをしている。どうしたんだろう、と結衣が思っていると「結衣ちゃん、良いこと思いついちゃった」と笑顔で言った。
翌日、結衣は購買課から少し離れた廊下にいた。ちょうど出っ張った柱があり、そこに身を隠すように立っている。
「なんだか、ストーカーみたいじゃない」と文句を言いつつも、フィーネが教えてくれたことを思い出してみた。フィーネが言っていたことは理解できていたが、果たしてそれで上手くいくのだろうか、と結衣は疑問に思っていた。それに聞いた話の中で、何かが引っかかっている気もしていた。
そんなことを考えていると、突然ガラガラっと購買課のドアが開いて、中から女性が出てきた。背は結衣よりも高くフィーネと同じくらい。長い黒髪を後ろで括ってまとめている。部屋から出てくると、すぐに結衣とは反対方向に歩き出したので、顔はよく見ることが出来なかったが、結衣はきっとあれが、購買課課長のクロスさんだと思った。
そっと後をつける結衣。よく考えれば、こんなにコソコソしなくても良かったのでは? とも思うが、なかなか思い切って声をかけることができず、そのまま尾行するように後を追った。
女性は階段を降りると、1階にある食堂へとやって来た。カウンターで飲み物を注文し、受け取ると席に付いた。結衣もさり気なくカウンターへ行き、何か頼もうかとメニューを見た。
「あら〜、結衣ちゃんじゃない! 今日は何にするの? いつも通りカツ丼?」
と食堂のおばちゃんが大きな声をかけてきて、必死で「おばちゃん、ちょっと声が大きいです」と指を口に当ててシーっとする。「お昼はまだ早いですから、今日はジュースだけ下さい」と小声で頼み「なんかあったの?」と心配するおばちゃんに「また今度話しますから」と言って、女性の方へと向かった。
女性は席に座って、飲み物を飲みながら本を読んでいた。
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