第27話 「やります! いえ、やらせて下さい!」(2)

 まさか、庭師のおじさんが国王陛下だったとは。


 待っているように言われた部屋の中で、結衣は真っ赤になっていた。


「あの、フィーネさん。私、とんでもなく失礼なこと、言ってました?」若干、挙動不審になりながらも、そう聞いてみた。フィーネは、少しいたずらっぽい笑みを浮かべて「あらあら、結衣ちゃん。心配なの?」と答える。


「だって! 国王陛下ですよ? ここで一番エライ人なんでしょう? って言うか、何で国王陛下が自ら庭の手入れをしているんですか……」

「趣味なのよ。陛下、庭いじりとか好きだし」

「うー。初対面で、いきなりあんなこと言っちゃうなんて……。大丈夫ですよね!? 知らなかったんだし」

「んー。まぁいきなり『打ち首だっ!』ってことには、ならないんじゃない?」


 結衣の顔が、今度は真っ青になる。赤くなったり青くなったりしている結衣を見て、フィーネがニコニコと笑っていると、部屋のドアが鈍い音をたてながらゆっくりと開いた。


「おぉ、待たせてすまなかったな」そう言いながら、国王が入ってくる。「まぁ、かけなさい」と結衣とフィーネに座るように促した。学校の食堂くらいの長さがある机の端に、ちょこんと座る。「あの……陛下? 先程は大変失礼を……」と口にしたものの、どう謝って良いのか分からずにモゴモゴしてしまう。


「ほっほっほっ。よいよい。気にしておらんよ」

「ほっ、本当ですか!?」

「結衣ちゃん。陛下はとても気さくな方だから、大丈夫よ」


 その台詞、さっき言って欲しかったな、と思いつつも、結衣はホッと胸をなでおろした。「それはそうと、今日は呼びつけて悪かったのぉ」と顎髭を撫でながら「お前さんの噂は聞いておる。そこでひとつ頼みがあるんじゃよ」と言った。


 噂。どんな噂なんだろう? はっ! もしかして、先週食堂のお手伝いをしている時に、お皿を割っちゃったこと? いや、違うか。なら、前にお使いに行った時に、こっそり買い食いをしたこと……? あっ、あれかな。学校の庭木の剪定をしている時に、うっかり切りすぎちゃって、でも「元からこうでした〜」って顔をしてたことかな? さっき趣味だって言ってたし……。


 結衣が妄想にまみれて不安になっているのを見透かしたかのように、国王は「いやいや、そんな悪い噂ではないぞ」と言う。あぁ、そりゃそうだよね。いくらなんでも、そんな細かいところまで国王陛下が知ってるわけないもんね。そう思って結衣は安心した。


 隣でフィーネが「お皿とか、買い食いとかの話じゃないと思うよ」とささやいてきた。 バレてる! って言うか、ちょっと黙ってて!! 


 冷や汗をかく結衣に構わず、国王は窓の側に来ると、手招きして結衣に来るように促した。結衣が恐る恐るそこへ行くと、国王は「どうじゃ、美しいじゃろう」と窓から広がる景色を指して言った。


 指差す方を見ると、そこには城下町が広がっていた。王宮を中心に放射状に広がる町は、碁盤目に整備された道路で規則正しく区切られている。区画ごとに建物の高さや屋根は統一されており、オレンジやブルーの彩りがとてもきれいだった。


 普段見慣れている町並みだったが、このように見下ろすことは初めてだった結衣は「すっごいキレイ……」と感動した。国王は「そうじゃろ?」と、どこか得意げだ。


「ワシが全部、デザインしたんじゃからな」


 本当に自慢だった! 結衣は心の中でツッコミを入れながらも、それでもこの美しい街並みを作ったということには、素直に感心した。それを見た国王は嬉しそうにホッホと笑っている。


 結衣は考えていた。先程、国王は「頼みがある」と言っていた。仕事柄か、頼まれることには慣れっこになっていた結衣だったが、この所の変な人による変な依頼に、少々うんざりしていた。


 その点、この国王は多少変な所もあるけど、それでもこうして見ていると、普通のおじちゃんって感じで好感が持てるし。今回はきっとまともな依頼に違いない。


 ここで結衣は決定的な思い違いをしていた。「普通のおじちゃんで好感が持てること」と「まともな人であること」それに「まともな依頼が来る」ことに、相関関係などはない。これはいわゆる「ハロー効果」というもので、ひとつ良い所を見つけたら、それが他のものでもそうであるかのように錯覚してしまうのだ。この時、結衣はその間違いに、まだ気づいていないのだった……。

 

「何、独り言を言ってるんですか? フィーネさん?」結衣の素朴な疑問に、フィーネは慌てて「ううん、何でもないよぉ〜」と答えた。「なんか、怪しいなぁ……」と訝しげに見る結衣。


 だが、国王のゴホンという咳払いで、結衣は我に返った。国王は「ところで、この町並み。何か足りないとは思わんかね?」と聞いてきた。結衣はもう一度景色を見ながら、首を傾げた。


 足りないもの? 何だろう……。公園、とか? でも、郊外に出れば、いくらでも遊べる広場あるしなぁ。ボーリング場……なんて、この世界にはないよね。この時代的な娯楽施設……。酒場はあるしなぁ。


 結衣は思い切って「もしかして、娯楽施設的な何かという感じでしょうか?」と一体何が言いたいのか分からない答えを言ってみた。


「娯楽か。少し幅が広いが、当たりと言えば当たりじゃな」

「えっ!? 本当ですか!」

「うむ。結衣の言う通り、ここには国民が楽しむ、娯楽施設が必要なのじゃ」

「やったー! 私も大歓迎ですよ!」

「そうかそうか。それで結衣に頼みたいのが、その娯楽施設の建設と運営なのじゃ」

「へ? 建設と運営……?」

「うむ。ずっととは言わん。軌道に乗るまでで良いのじゃ。図面などはこちらで用意するからの。結衣にやって欲しいのは、工事の人員を集めて、責任者を任命して、それらが滞りなくいくよう、監督して欲しいのじゃ」


 結衣は突然のことに、思わず頭が混乱しかけた。今までの依頼とはスケールが違いすぎるとも思った。しかし、娯楽施設というものなら、なんとかなるのかもしれない。街中に建てるみたいだし、国王も言っていたように国民が楽しめる施設というのであれば、それほど危険もなさそうだ。


 それに、ここで国王に良い印象を与えておけば、いずれ色々と良いこともあるかもしれない。断ればそこまでだ。やれ、やるんだ、結衣! 君しか出来ない、君なら出来るさ!!


「やります! いえ、やらせて下さい!」ハイハイっと手を上げながら、結衣は言った。それを見た国王は目を細めて「そうか、そうか。そう言ってくれると思っておったぞ」と満足げだ。


「では、早速じゃが、資料を渡しておこうかの。これが建設予定地で、これが設計図じゃ」


 そう言って、国王は1枚の地図と1冊の分厚い本を結衣に手渡した。地図を見ると、王国のやや外れの区画が赤い塗料で塗られている。塗ってない箇所がぽつりと中央にひとつあるけど、これは塗り忘れかな? と結衣は思った。


 本のほうを開くと、最初に外観図が載っていた。丸い円筒状の建物のようだ。建物の中は円に沿ってぐるりと一周、席が設けられるようになっていて、中央はステージのようになっている。


「へぇぇ。なんだか、カッコイイデザインの建物ですねぇ。これ、劇場ですか?」


 娯楽施設としか聞いていなかった結衣は、何気なくそう訪ねた。国王は満面の笑みを浮かべながら答える。


「うむ。コロッセオじゃ」

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