第26話 「やります! いえ、やらせて下さい!」(1)

「ちょっと、フィーネさ〜ん。この階段、何段あるんですかぁ……」


 望月結衣は延々と続く長い階段にへたり込んで、すこし先を行くフィーネ・フリックに愚痴を言った。階段に座り足を投げ出してみる。刺すような日差しが顔に降りかかり、じっとしているだけでも体力を持って行かれそうな感じだった。


「もうちょっとだからね〜」とフィーネが手を差し伸べた。荒くなっていた息をなんとか整えながら、その手を取る。階段を見上げると、フィーネの言うように確かにてっぺんは見えていた。その奥には威圧感すら感じられる建物、王宮が見えた。


 今朝、総務課に結衣とフィーネが出勤してくると、ロッティが「おっ、良いところにきたな、結衣。国王からお呼びがかかってるぞ」と言ってきた。「友達が呼んでるぞ」みたいな軽い言い方に、思わず「はいっ! じゃ、早速行ってき……」と答えたところで「国王?」と疑問を感じた。


「そうそう、国王。この世界の国王だ。午前中に王宮に来いってさ」

「って、えええ!? 国王様が直々に私に?」

「凄いじゃない、結衣ちゃん。何かしらね?」何故かフィーネは嬉しそうだ。

「いや、凄いって言うか。え? 私、何かしました? 法に触れるようなことはしてないはずなんですけど……」

「……別に国王に呼び出されるからって、罪人扱いされるわけじゃないだろ。あー、もしかしてやましいことが――」

「ありません!」


 そういうやり取りがあり、訳も分からないまま、結衣は王宮へと出かけたのだった。フィーネが「私も行く」と言って聞かなかったので、心細かった結衣は二つ返事でそれを受けた。


 城下町までは馬車で行き、そこからはすこし歩く。やがて結衣の目の前に大きな階段が現れた。小高い山の上に建てられている王宮へ繋がっているその階段は、下から見た時でも圧巻だと思ったが、登っている内に「なんで、こんなところに王宮を」と文句のひとつも付けたくなってきていた。


 フィーネに引っ張られるようにしながらも、なんとか階段の頂上へとたどり着く。額の汗を拭いながら顔をあげると、大きな城壁が視界に飛び込んできた。城壁はブロックを積み上げられて作られていて、山を切り裂いた平地部分ギリギリまで広がっている。隅には一回り高い塔が設けられていて、そのちょうど中央には巨大な木製の門があった。


 門の前にはふたりの警備兵が直立不動の姿勢で立っている。警備兵のひとりが結衣を見て「おぉ、これは結衣殿」と声をかけてきた。「うちのラングドンより、噂はかねがね聞いております」と、先程までの厳格な雰囲気とは一転、親しげに話しかけてくる。


「ラングドン?」と一瞬誰のことだろうと疑問に思ったが、すぐにそれが警備課課長のデイモン・ラングドンのことだと思いだした。「結衣殿は、恋愛マスターであると、ラングドンが申しておりました。……あの、ぜひ今度は私の相談も」と小声で囁いてきたのを聞いて、結衣はグッとこぶしを握った。(マスター! 結衣は恋愛マスターの称号を得た!!)


 隣で、もう一人の警備兵のゴホンという咳払いの声が聞こえて、結衣は少し慌てた。手のひらを口元に当てながら、小声で「いつでも総務課に来て下さい」と言い残すと、開かれた門から城内へと入っていった。


 王宮はそれほど大きなものではなかったが、白い石材で作られており、立派なものに見えた。所々に飾り細工なども施されて、シンプルながらセンスの良さが感じられた。


 左右に目をやると、緑の芝生が広がっていて、その奥には噴水や池も見える。色とりどりの草花が植えられていて、目を閉じると花のいい香りが漂ってくるのが分かった。


「素敵なところですねぇ」結衣が感激しながらキョロキョロしていると、庭の一角で植木の手入れをしている男性がいるのが見えた。木製の台に乗って、大きなきりばさみで、松のような樹木の剪定をしているようだ。


 結衣は思わず、小走りでそこへ行ってみた。「こんにちは!」と声をかけると、男性は振り向いて優しそうな笑顔を見せながら「こんにちは。お嬢さん」と答えた。


 年齢は総務課のジーン課長より少し上くらい、50歳くらいだろうか。立派な白い顎髭が特徴的で、結衣は一瞬「サンタみたいだ」と思った。「おじさん、立派な植木ですね」と結衣が褒めると、嬉しそうな顔をしてホッホッと笑う。


「これはワシの趣味でな」

「へぇ。庭師さんじゃないんですか?」

「んー? まぁ、ここの庭は全てワシが管理しとるからのぉ。庭師と言えば庭師かもしれん」


 結衣が辺りを見回すと、それ以外にも大小たくさんの樹木が並んでいるのが目に入った。腰の高さほどのものから、結衣の背丈の何倍もあるようなものまで。赤いきれいな花をつけているもの、緑の葉が茂っているもの、足元には草花も植えられていて、そのどれもが良く手入れされているように見えた。


「うわー、凄いですねぇ」「そうか? そう言ってくれると嬉しいのぉ」「えぇ。本当にどれもきれいです!」思わずうっとり見とれてしまっている結衣の背後に、フィーネがやってきた。


「あらあら、結衣ちゃん。お仕事の邪魔をしちゃ駄目よ」

「だって、フィーネさん。見てくださいよ。このおじさん、凄いんですよ! ほら、こんなにきれいに手入れしてるし」

「おじさん……? あぁ、あらあら」


 フィーネが、そのおじさんに深々と一礼する。


「お久しぶりですね。国王陛下」

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