第25話 「違います! そういうんじゃないんです」(7)

「くっ……くっつく!? 私と優馬が!?」

「そそ。転生者が唯一転生を回避する方法。それはこの世界の住人の配偶者となること、だ」

「……配偶者……って、つまり」

「結婚ってことだな」


 結婚……。単語的には当然知っている言葉だったが、それを自分のために使ったことはあるわけもなく「いつかするのかなぁ」程度にしか思っていないもの。そのたった二文字の言葉に、結衣は頭が真っ白になりかけていた。


「お前は一応、特例でこの世界の住人っつーことになってるからな。お前と優馬が結婚すれば、それはもう俺でも覆せねぇ。どうだ?」

「どうだって言われましても……」

「別にさぁ、今すぐしろって言ってるわけじゃねぇんだよ。『そのうちする予定です』ってのでも良いぞ」

「ええっと……急にそんなこと言われても……。ちょ、ちょっと考える時間を下さい!」

「駄目だ。今決めろ。ここで決めなきゃ、認めない。この部屋を出たら、優馬は転生させる手続きをする」

「えええ!?」


 結衣はうろたえながらも、後ろを振り返った。優馬は顔を真っ赤にしながら、結衣と目が合うとお互いサッと目を逸してしまう。困ったなぁ、なんでこんな展開になっているんだろう……。駄目だ、頭が回らない。私が優馬に……け、結婚するって言わないと……優馬は転生しちゃう。別に死ぬわけじゃないんだけど、なんだか嫌だ。でも……。


「おーい。俺も暇じゃねぇんだ。早くしてくれよ」

「いっつも暇そうじゃないですか! ちょっと待ってください!!」

「あー、もう面倒くせえなぁ。もう『好き』って言えば、許してやるよ。ほれ、言ってみ?」


 オルランドの言葉に、結衣は「なんだかハードルが下がった」と思った。「結婚」が「好き」になっただけだが、それでもなんだかそれなら出来そうな気がしてきた。


「……です」

「あ? 聞こえねー」

「……きです」

「だーかーらー。聞こえねぇってんだよ」

「好きです!」

「誰を?」

「優馬を」

「誰が?」

「私が優馬を!」

「『私が優馬を』なんだって?」


 一瞬殺意を覚えた結衣だったが、ここは我慢、とグッとこらえる。振り返って優馬を見ようと思ったが、恥ずかしすぎてとても出来ない。大きく息を吸って吐いて、吸って吐いて、吸って吐いて……。


「私は優馬が好きです!!」


 目をギュッとつむりながら目一杯の声でそう叫んだ。もうどうにでもなれ、と思った。優馬が転生してしまうことに比べれば、なんでもない。でも、顔が燃えるように熱い。足が震えている。平衡感覚がなくなっているのは目をつむっているから? でも、とても目を開けそうにもない……。


 そう思っていると、オルランドの笑い声が聞こえてきた。小さな、殺すような笑い声。


「だってよ」


 そっと目を開く。オルランドは相変わらずデスクに足を投げ出して、椅子にもたれかかって笑いをこらえていた。恐る恐る後ろを振り返ると、優馬。そして、その後ろにロッティ、マックス、黒須、フィーネ……。


「……えっ」


「良かったなぁ、結衣。遂にやったじゃないか」とロッティが走ってやってくると、結衣の肩をバンバン叩きながら言う。

「結衣、男らしかったぞ、って男じゃねーか。ガハハ」とマックスが大笑いしていた。

「結衣ちゃん、おめでとう。なんだかちょっと感動しちゃった」と黒須はなぜか涙ぐんでいた。

「結衣ちゃん結衣ちゃん。おめでとうね。よかったねぇよかったねぇ」フィーネも釣られてちょっと泣きそうになりながらそう言った。


「……えっと? どういう……ことでしょうか?」

「いやぁ、どうしてもロッティの奴が『結衣と優馬をくっつけるんだ』って聞かねぇからよ」

「この前のほら、中庭の件。あれあたしが提案したんだけどさ、黒須に『もうちょっと練らないと』って言われちゃってさ」

「そりゃ、そうですよ。今時、あんな陳腐な展開。ラノベだってやりませんからね」

「それで、うーんと頭を捻って考えたのよ。優馬さんが怪我をしたのはイレギュラーだったんだけどね」

「そうそう。あたし、そこで進展するんじゃないかなぁって思ってたんだけど、お前ら全然そうならないしさ」

「んで、俺が学校長に頼み込んで『転生』の話に持っていったってわけだ」

「うふふ。結衣ちゃーん。結果オーライだよね」


 好き勝手に言っている4人を前に、結衣の魂は抜けかけていた。


 なにこれ? もしかして、もしかしなくても、騙されてたの、私? 初めから最後までずっと騙されてたの? え? 私、さっき「優馬のことが好き」って言ったよね。これ、夢じゃないよね。


「よーし、今日は祝いだな! 飲みに行くぞ!」

「おー、学校長太っ腹!」

「んなわけねーだろ。総務課につけとけ」

「おー、総務課太っ腹!」

「あ! そう言えば良いお店があるんですよ。うさぎの耳亭って言うんですけど、ちょっと落ち着いたお店で、料理がとっても美味しいんです」

「よし、そこ予約しとけ!」

「了解!」


 周りで皆がはしゃいでいる中、結衣は抜け殻のように固まっていた。どうしよう……どうしたら良いの? これ。ギクシャクしながらも、そっと優馬の顔を見てみた。優馬もどうやら騙された側のらしく、目が点になって固まっていた。


「ほら、お二人さん! もっとくっついてくっついて!」


 ロッティが優馬の手を取って、結衣の横へ連れてくると、ふたりを並ばせた。ふたりとも真っ赤になりながら、ぎこちなく肩を並べる。


「おー、こうして見ると、やっぱお似合いだね」

「だよなぁ。なんだか微笑ましいっていう感じだな」

「ですよねぇ、本当に良かった……」

「うんうん、お似合いだよ。結衣ちゃん、優馬さん」


「ちょっと! もう! いい加減にして下さいよ! 騙してたんなら、さっきのは――」無効だ、と結衣が言いかけると、すかさずオルランドが「一応言っておくがな。さっきのは本当の話だからな」と忠告してきた。


「さっきの話?」結衣がたくさんありすぎて、どのことを言っているのか分からないでいると、フィーネが「結衣ちゃん、結婚と転生のことだよ」と囁く。


 結衣の顔が再び真っ赤に染まった。しかし、騙されたことには少しムッとしていたものの、不思議とそこまで悪い気もしていないのかも、と思う。優馬の顔をそっと見上げた。ここに来る前の世界では、自分と視線の合っていた青年は、いつの間にか成長し、今では結衣が見上げるようになっていた。


 優馬は少し苦笑いしながらも「困ったね」と言った。結衣も思わず笑って「だね」と答えた。

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