第13話 「お店を再建しましょう!」(1)

「ふむふむ〜、なるほどなるほど〜」


 結衣は目の前に座っている中年男性の話聞きながら、熱心にメモを取っていた。持ってきた新しいノートに書かれたメモは、既に10ページにも及んでいた。たくさんメモを取ることが、熱心さと繋がらないということもある。ただ、今回の結衣に限っては、その熱意がページ数に現れていたと言っても良かった。


 結衣は珍しく張り切っていた。


 ことの発端は2日前。ロッティに呼び出されたことだった。「結衣、ちょっといいか?」と自分の席に呼び寄せたロッティに、結衣は「そう言えばロッティさん。デイモンさんとはその後どうなっているんですか?」と興味津々で聞いてみた。


 ロッティは「あー」と宙を見上げながら「あぁ、それと関係しているって言えば、関係してるんだけど」と言って、一枚の用紙を結衣に手渡した。そこには王国の城下町の地図と、下半分には何やら文字が書かれていた。結衣は地図を見ながら「あれ、これって……」と思った。


 ロッティは「ほら、デイモンさんとお前たちと初めて飲んだ酒場、覚えているだろ?」と聞いてきた。結衣は地図をもう一度見て「あぁ、そうか。あの時のお店だ」とようやく気づいた。地図には、お店の場所に赤い丸印が付けられていた。


「あのお店がどうかしたんですか?」結衣が尋ねると「あそこさ、私のお気に入りの酒場なんだけど、総務課御用達のお店でもあるんだよ」「御用達……?」「うん、まぁお気に入りってことだね」「へぇぇ」


 そこまで言うと、ロッティは黙ってしまう。結衣は困って、手元の用紙に視線を落とした。地図の下には店の屋号や住所などが記載されている。そして、その更に下にはたくさんの数字が並んでいた。その半分ほどは赤い字で書かれたもので、マイナスの記号が付いている。


「これ、もしかして、ロッティさんの飲み代のツケ、とかじゃないんですよね?」

「違うって! 私はツケじゃ飲まないんだよ」

「あ、そう言えばロッティさん、この前の飲み代。まだもらってないんですけど」

「お前よく覚えてるなぁ」


 ロッティは財布から2枚の金貨を取り出すと、結衣の手を取ってそっと置いた。結衣はそれを見て震えた。「ちょっと……。これって1万ゴル金貨2枚! 2万ゴルもあるじゃないですか!? 飲み代、こんなにしていませんよ?」結衣が慌てて返そうとすると「まぁまぁ、利子と諸々込みってことで」と言う。


「モロモロってなんですか?」結衣は、サラッとロッティが言った言葉に引っかかった。ロッティは「いや、そんな大したことじゃないんだ。ちょっとお願いを聞いてくれるだけで」と笑う。


「そこに書いている数字さ」ロッティが結衣の持っている用紙を指差した。「それ、そのお店の経営状況なんだ」そう言われて、改めて用紙に視線を向ける。先程の数字が、ロッティの言う経営状況、つまり赤字状況を指すというのであれば……。結衣は軽く身震いした。


 そこに書かれていた数字は、ロッティから貰った金貨とは比べ物にならないほど、多額の赤字になっていることを表していたからだ。


「総務課御用達ってことで、そこの店長は良く知ってるんだけど、泣きつかれちゃってさ」

「はぁ……」

「なんとかしてあげたいな、って思ってて、色々相談にも乗ってたんだけどね。どうして良いのか分からないんだよ」

「えぇ? ロッティさん、そういうの得意そうじゃないですか?」

「うーん、そうなんだけど。あんまりにも入り浸っているせいか、もう普通の客視点では見れないって言うか」

「そんなに行ってたんですか……」

「あはは、まぁまぁ。色々はやってみたんだよ? でもやることなすこと、裏目に出てさ。総務課の仕事のことなら、客観的にみられるんだけどねぇ。今回ばかりはお手上げなのさ」

「ロッティさんに無理なものが、私に出来るとも思えないんですけど……。それに、私酒場経営なんて素人ですし」

「いやいや、意外と素人目線の方が良いってこともあるって」

「自信ないなぁ」

「そこをなんとか! もう結衣だけが頼みの綱なんだ!」

「私だけが……」


 後々考えると、どうやら今回もうまく乗せられてしまったようだということに気がついたのだが、それでも結衣は燃えていた。この世界に来る前、あまり将来の夢などなかった結衣だったが、唯一「いいかも」と思っていたのが「小さくても良いから、自分の店を持ちたい」というものだった。


 具体的に何の店かまでは考えてなかったが、その時々で「洋菓子屋さん」とか「花屋さん」とか「ファンシーショップ」とか色々思いついていた。要はその程度のものであったのだが、結衣の興味が「小さいお店の経営で」であったことには違いなかった。


 そういうわけで、その日の終業後、早速依頼先の酒場の店先へとやってきていた。「私も行く!」というのでフィーネも隣に立っている。


「夕方に来ちゃ不味かったですかね?」

「そうねぇ。もしかしたらお邪魔かも」


 あまり深く考えていなかったのだが、酒場の混雑する時間を避ければ良かったかな、と結衣は後悔していた。しかしここまで来たのだ。話は出来なくても、客として入ってみて、様子を見るくらいはしても良いだろう。


「ごめん下さーい」


 結衣は扉を開けて店の中へと足を踏み入れた。


 お客は誰一人いなかった。

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