第12話 「それは直接本人に言った方が良いんじゃないですか?」(下)

 一体この人は何を言っているんだろう?


 結衣は青ざめる。オルランドは近くにあった丸テーブルに移り、肘を着いている。その腕は対面に立っているもうひとりの腕としっかりと組まれていた。腕相撲だ。


 オルランドの対戦相手はエリオットだった。嫌がるエリオットを「うるせぇ。学校長の言うことが聞けないのか」と、無理やり連れてきて腕を組ませたのだった。結衣はふたつの組まれた腕を見て、これはあまりにも無謀な勝負だと思った。


 エリオットの腕も、剣術教官と言うだけあって、筋肉もしっかり付いていたし、普通の人と比べるとかなり太い方だ。しかし、対するオルランドは巨体ということもあってリーチも長く、そして学校長にどうしてこんなに必要なのかというほどの筋肉の持ち主だった。


 ふたりがテーブルを挟んで、腕を組んでいるのをみると、まるで大人と子どもの戦いを見ているようだと、結衣は思った。どう考えても無謀だったので、結衣は止めに入ろうとしたが、フィーネは「まあまあ、結衣ちゃん。見てみましょうね」とそれを制止した。


「んじゃ、行くぞ」という掛け声で始められた、ふたりの勝負は、やはりあっけないほど簡単に終わった。バンっという音がして、エリオットの腕がテーブルへと叩きつけられた。いつの間にか、違うテーブルからも観客が集まっていて、ワッと歓声が上がった。


「んじゃ、もう一回」


 その後、何度も何度も同じ光景を見ることになった。オルランドは「今日はちょっと調子悪いわ」と肩を回している。エリオットは何度も叩きつけられた手を抱えて、若干泣き出しそうになっていた。


「俺、もう肩痛いわ。続きはマックス、お前がやれ」


 オルランドがそう言うと、マックスは「よっしゃ!」と言って立ち上がった。一体何を食べてどうしたらあんなに太くなるんだろうか? と結衣が疑問に思うほど太い腕をぐいっと曲げて、集まった観客に筋肉アピールをする。再び歓声が上がった。


「いくぞ、エリオット!」


 結果は明らかだった。オルランドとやった時と同じ回数ほど、エリオットの腕はテーブルに叩きつけられた。マックスは、もう一度観客に筋肉を見せつけていたが、エリオットはうなだれた様子で、自分のテーブルへと戻っていった。


 やがて集まっていた観客も自分たちのテーブルへと戻っていき、マックスも自分の席へとついた。隣のエリオットの腕を掴んで「お前も、なかなか良い筋肉をしてるが、まだまだだな」と豪快に笑う。結衣はハラハラしながら、その様子を見ていた。


 オルランドは横目でマックスとエリオットのやり取りを見ていた。マックスが豪快にエリオットの肩をバンバンと叩いているのを見ていたが、プイッと顔をそむけると、店員を呼んで何か注文をした。


 結衣は「注文よりもマックスさんを何とかしてぇ」と、一方的にしゃべっているマックスを見て思った。一体これは何なんだろう? エリオットにバシッと言って聞かせるわけでもなく、かと言ってマックスに言うわけでもない。


 これではただ、酒場に連れてきて、いじり倒しているだけじゃないの。お酒を飲んで憂さ晴らしをさせたいっていうのなら、もっとエリオットさんが楽しめるようにしないと意味がないじゃない。


 流石に結衣も見ていられなくなり、オルランドに「ちょっと良いですか?」と言おうとした時、店員が「お待たせしましたー」と追加の注文を持ってきた。「おー、こっちだこっち」とオルランドが手招きする。


 店員がテーブルにグラスを置くのを見て、結衣は「あれ? このお酒。どこかで見たような」と思った。もちろん、前に来た時とは店が違うので、グラスは異なるが、プーンと漂ってくるこのきつい香りには覚えがあった。


「ちょっと……学校長。そのお酒って」結衣がそう言おうとした瞬間、店員の「ヴォッカ、お待たせしました!」という声が響く。オルランドは、そのグラスを手に取ると、エリオットの前にドンと置いて「まぁ、飲め」と言う。


 あれ? これってデーモンさんの時と同じ展開じゃないの? あぁなるほど。酔わせて勢いで、エリオットさんに直接不満を言わせるという作戦なのか。なるほどなぁ。結衣は呆れを通り越して、むしろ感心した。


 エリオットは目の前に置かれたグラスを手に取る。それが何なのか知っているらしく躊躇していたが、オルランドが「どうした? グイッといけ!」とけしかけるを聞いて、意を決したように一気にグラスを傾けた。


 透明な液体は、みるみるうちにエリオットの口の中へと消えていく。「ぷっはー!!」大きな息を吐き、ドンとグラスをテーブルに叩きつけるように置いた。「良い飲みっぷりじゃーねぇか。おねーさん、コレもう一杯」オルランドが追加の注文をする。

 

 結衣はお酒を飲まないので、それがどういうことなのかよく分からない。店員は素早くおかわりを持ってきて、オルランドは「じゃ、もう1杯いっとこうか」と言う。エリオットは再びグラスを傾ける。


 そうして3杯の空のグラスが、エリオットの前に並んだ。エリオットの目つきがおかしい、と結衣は思った。先程までの暗い感じはなく、どこか覚悟を決めたような目つきになっていた。何かが爆発しそうな、そんな雰囲気を結衣は感じていた。そして、それはマックスの「おいおい、エリオット! お前結構飲めるじゃねーか」という声で起こった。


「あー、ちょっといいッスかね? マックスさん」


 すっかり座った目でマックスを見ながら、エリオットは言う。「俺、ずっと前からぁ……あんたに言いたいことがあったんッスよ」「お? なんだなんだ。言ってみろ」


 そこからエリオットの止まらないマシンガントークが炸裂した。当初は、目を丸くして見ていたロッティやライマーたちも、エリオットが「だーかーらーぁ。あなたのやり方がおかしい……っ、僕は思うんッスよ」と、グデグデになりながらも話し続けるエリオットを見て「いいぞ、もっと言ってやれ!」と野次を飛ばしだした。


 当のマックスは、毛のない頭をかきながら「参ったなぁ」と言っている。結局、エリオットの一人舞台は、かれこれ1時間に渡って続いた。結衣は頭を抱えていた。





 翌日、結衣は部屋のドアをノックする音で目を覚ました。ベッドから出て、二段ベッドの上を見ると、フィーネはまだ寝息を立てながら眠っていた。音を立てないようにそっと歩き、ドアを開けた。


「朝早くすみません」


 そこにはエリオットが立っていた。結衣は慌てて「ちょっと待ってて下さい」と部屋に戻ると、パジャマを脱ぎ服を着替えた。忍び足でもう一度ドアを開けて、部屋の外へ出る。


「お待たせしました」

「いえ、こちらこそ。こんなに朝早くからすみません」エリオットがペコリと頭を下げた。エリオットの顔は、昨日の酒のせいか酷いものだった。目の下には立派なクマが出来ていたし、肌のツヤもなく青白い。


 しかし「気のせいかもしれないけど、昨日依頼に来たときよりはスッキリした顔立ちになっているのかも」と結衣は思った。ふたりはそのまま廊下を歩き、近くにあったベンチへ腰掛けた。


 エリオットは、もう一度結衣に頭を下げると「昨日の依頼は取り消します」と言った。結衣はありがたい申し出なのに、突然の撤回に戸惑った。「え? どうしてですか?」と聞いてみた。エリオットは少し考え込んでいたが「自分でもよく分からないのですが、もうどうでも良くなっちゃいました」と答えた。


「それって、もしかして……」

「あー、いえいえ。自暴自棄になっているってことじゃないですよ。ええっとですね、なんて言えば良いのかなぁ……。心がスッキリしたっていうか」


 結衣は「なんだそれは」と思ったが、エリオットの方は「色々ご迷惑を掛けちゃいましたが、本当にもう大丈夫です」と言う。全く納得していなかったが、仕事としては完了しているわけで、これ以上引き止めるわけにもいかないと思った。


 エリオットが礼を言って去っていった後、結衣は部屋へと戻った。フィーネはようやく起き出してきていた。今あったことを伝えると、フィーネは「言いたいことを言わない人にはね、無理にでも言わせた方がいいこともあるのよね」と言う。結衣は首を傾げた。


「エリオットさんって、根は良い人だから、きっと面と向かっては言えない人なのよ」

「あぁ、それは来た時にも言ってました」

「でしょう? そういう人が持っている不満ってね。根本的は『改善して欲しい』っていうよりは『誰かに聞いて欲しい』っていう思いの方が強いことがあるのよね」

「はぁ」

「結衣ちゃんは、何でも言う人だから分からないかもしれないけどね」

「なるほどー……って、私、そんなに何でもかんでも言う人ですか!?」

「あはは。まぁまぁ。だから、結衣ちゃんに聞いてもらった時点で、きっとだいぶ心は軽くなっていたんだと思うよ。それで、マックスさんに面と向かって言ってみて、完全に吹っ切れたんじゃないのかな?」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものよ。きっと」


 結衣はまだ半信半疑だったが、その後、マックスとエリオットが仲良さそうにふたりで歩いているのを目撃したり、マックスが「おい、結衣。使ったものはちゃんとしまえ」とか総務課で言い出したのを見て「男の人は、よく分からない」と思いつつも、フィーネの言っていた通りなのかもしれないと思った。

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