第14話 「お店を再建しましょう!」(2)
「だいたい分かりました」
結衣は一生懸命取ったノートをもう一度めくってみた。そこには、店主から聞いたこれまでの経緯が書かれていた。
「なんか、こんなこと頼める義理じゃないのに、すみません」店主のジークムント・シュタインマイヤーが頭を下げる。隣に座っていた、彼の妻のエリーゼも同様に申し訳なさそうにしていた。
「いえいえ、そんなことないですよ。元々ロッティさんに頼まれたっていうのがありますけど、このお店、私も好きですし」
結衣は店内を見回してそう言った。酒場「うさぎの耳亭」は、結衣が映画で見た「海外の酒場」のイメージがそのまま再現されたような店だった。店内は全て木の板張りになっていて、店の奥には大きなカウンターテーブル。店内には丸テーブルがたくさん置かれていた。
「どうか私のことはジークと呼んで下さい。妻はエリーゼです」
店内に入り結衣が事情を説明すると、店主のジークムントは驚いて席に案内し、冷たい飲み物まで持ってきてくれたあと、そのように自己紹介した。結衣たちも名前を名乗り「あの、お忙しいところ」と言いかけて、言葉に詰まった。
ジークムントは「いやいや、良いんですよ。ご覧のようにすっかり暇なんで」と苦笑いした。結衣たちが店を訪れて、すでに1時間ほどが経っていた。その間に客は2名しか来なかった。既に一般的には、酒場のピーク時間になっているはずだが……。結衣は疑問に思った。
「私、1ヶ月ほど前にも、このお店に来させてもらったんですけど、その時はもう少しお店にお客さんがいたような……」
「あぁ、その頃はすでに減ってきてはいたんですけどね。でも、まだ結衣さんのおっしゃるように、まだお客様はそこそこ来て下さってました」ジークムントは、頭に巻きつけていたタオルを取って机の上に置く。一見、この夫婦はロッティやマックスと同じくらいの歳に見えるが、落ち着いた様子から、もう少し上なのかな? というのが結衣の感想だった。
ジークムントは外したタオルを握りしめながら、話を進めた。
「ちょうど2ヶ月ほど前。城下町の大通りに新しい大きな酒場がオープンしたんです」
「へぇ? そんなの出来てましたっけ?」
「結衣ちゃん、この前行ったお店じゃない?」結衣の疑問にフィーネが答えた。
「あぁ、あそこか」
「あ、行かれたんですね」
「すみません……」
「いえいえ、そういう意味ではないので」
ジークムントは慌てて何度か頭を下げる。随分腰の低い人だな、と結衣は感じていた。今日会って話をしたばかりなのに、結衣はなんとなく親近感を覚え始めていた。ロッティがなんとかして欲しいと言っている気持ちも、なんとなく理解出来た。
「で、その酒場ができてから、段々客足が遠のいて行ったんです」
「始めは『できたばかりだからしょうがないよ。その内戻ってきてくれる』と主人とも話していたんですが……」エリーゼが夫の話を補足した。
「戻ってくるどころか、日に日に減ってきてまして。結衣さんたちが来てくれた時辺りはまだマシだったのですが、最近じゃ毎日こんな感じで」
「主人とも、もう止めようかと話していたのですが、かと言って閉めても、他にしたいことがあるわけでもないですし、まだ来てくださっているお客様もいるしということで、もうどうして良いのか……」エリーゼはそう言うと、少し涙ぐんだ。ジークムントは妻の肩に手を置いて慰めようとしているが、言葉が出てこない様子だ。
その光景を見て結衣は決心した。ここに来るまでは多少「まぁやってみて、駄目なら駄目でしょうがないか」という気持ちもあった。しかし、今は「何がなんでもここを再建しよう」という強い気持ちが生まれていた。
結衣はジークムントとエリーゼの手を取ると「やりましょう! きっとなんとかなります! いえ、なんとかします!!」と強く握った。それを聞いたエリーゼの顔が少し明るくなり「よろしくお願いします」とふたりで頭を下げる。
結衣は「もう私たちは運命共同体ですから、そんなにかしこまらないで下さい」とふたりに言うと、ノートを机の中央に置いた。
「ところで、どうして新しい酒場にお客さんを取られちゃったんでしょう? ここもいい雰囲気だし、お酒の種類だって結構たくさんあるし、料理も美味しかったですし……」結衣が、以前来た時のことを思い出しながら言う。隣のフィーネも「そうよねぇ。私も好きだけどな、このお店」と同意した。
「それは色々あると思うですが、一番は値段です」
「値段?」
「ええ。あそこの酒場は、とんでもない値段でお酒を提供しているんですよ」
「とんでもない値段と言うと?」
「ほぼ原価くらい。お酒の種類によっては、原価割れしているくらいの価格です」
その言葉に結衣は驚いた。「どうしてそんなことが出来るんですか?」思わず尋ねる。ジークムントは、詳しく知っているわけではないと断りながらも「お酒で利益を取らず、追加の料理で儲けているんじゃないかと思うんですよね。お酒はあくまでも撒き餌みたいなもので、実際には一緒に食べる料理がメインってわけです」と答えた。
「はぁ……」
結衣は、そんなことが可能なのだろうか? と不思議に思った。
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