第15話 「お店を再建しましょう!」(3)

「うわー、やっぱり混んでますねぇ」


 結衣とフィーネ、それからシュタインマイヤー夫妻の4人は、例のお店の前に立っていた。見上げると大きな「大衆酒場 鳥殿下」と書かれた看板が掲げられていた。そこから見るだけでも、かなり店内に客が入っているのが分かる。


「とりあえず、入ってみましょう」

「そうね。すみませーん。4人なんですけどぉ」


 少し待たされたが、店員がやって来て結衣たちはテーブル席へと案内された。「さっ、メニュー見てみましょう」フィーネがテーブルの上に置いてあったメニュー表を開いた。4人が一斉に覗き込む。「うわぁ、確かに安いかも」酒場の相場にあまり詳しくない結衣でも、かなり安い値段になっていると思った。


「ほら、このビネル酒なんて、うちの価格の3分の1の値段になっているんですよ」ジークムントがそう言うので、結衣は「それって利益あるんですか?」と聞いてみた。


「ありません。と言うか、うちだと原価割れですね」

「他のお酒ものほとんども、同じ感じです」エリーゼがそう補足した。


 とりあえず注文を済ませると、結衣たちが話の続きをしている間に、どんどんお酒やジュース、料理が運ばれてきた。「結構早いですね」「味も結構美味しいんですよ。まぁ調理しやすいメニューが多いって言うのもありますが」


 結衣は料理を口に運んでみる。「うん、確かに。美味しいです」「びっくりするくらいってわけじゃないけれど、充分と言えば充分かもね」フィーネも一口食べてそう言った。


「料理の値段はどうなんですか?」

「料理は、ちょっと安いものもありますが、お酒ほど激安ってわけじゃないですね。中には、そこそこいい値段をしているものもありますし」

「ほら結衣ちゃん、この『牛肉のバルジ和え』なんて、美味しそうだけど、お値段も結構高いよ」

「本当ですねぇ。お肉系統は高めなのかなぁ。あ、でもこの『ポタトフライ』も、意外と高いかもしれません」

「価格が安めの料理は、予め調理しておくことができるものや、日持ちがするものが多いですね。でも、全体的にも料理の値段は普通です」

「やっぱり、お酒でお客さん呼んでるんですねぇ」


 4人でテーブルの上の料理を分析していたが、結衣は「ごめんなさい、ちょっとトイレに」と席を立とうとした。椅子を後ろに引くと、その後ろに座っていたお客の椅子に当たった。「あ、すみません」と謝って、四苦八苦しながらなんとか脱出した。


 トイレから戻ってきた時も「うー、狭い」と文句を言いながら、なんとかテーブルと椅子の隙間に身体をねじ込んでいった。


「結衣ちゃん、ちょっと太ったんじゃないの?」

「そんなことないです! と言うか、ちょっとテーブルの間が狭すぎじゃないですか?」

「まぁそれは確かに。でも、これだけ混んでいるからねぇ。ほら、空いている席もないみたいだし」

「でも、もうちょっとゆったりしてる方が、私は好きなんですけど」


 結衣は店内を見回してみた。フィーネの言うように、確かに店内は満席になっていた。客席同士がかなりくっついて設置されているので、余計に混雑感があるようにも思えた。


「最近の若い人は、このくらいでも気にならないみたいですよ」とジークムントが言うのを聞いて「私も、そこそこ若いんだけどな」と言いたくなるのをグッと我慢した。


「それに混雑しているように見えた方が、流行っている感じもするしね」とフィーネが言う。それは確かもそうかもしれないと、結衣は思った。結衣がオルランドに連れられてここに来たのが1ヶ月ほど前のことだった。あの時は、まだここまで混んでなかったと思うし、客席の数も少なかったはずだ。


 安いお酒でお客さんをたくさん呼び込む。お店は当然混雑する。それを見たお客は「ここは流行っているんだな」と思って、より「良い店なんだろう」と感じる。こういう展開になって、このお店は急激にお客さんを増やしていったのかもしれない。


「これは思ってたよりも大変かもしれませんね」結衣がそう言うと、ジークムントとエリーゼはうなずいた。「一応ね、ロッティさんにも相談してたんですが、うちでも、この値段でお酒を出してみようかと思っているんです」ジークムントがそう言う。「このお店で出来るのなら、うちでも出来るんじゃないかって」


 結衣はもう一度店内を見回しながら「本当にそうだろうか」と考えた。確かに、お酒で利益が出なくても、まずはお客さんを呼び込むことが大切だというのは分かる。でも、何か違うような気がしてならなかった。


 そんな結衣を見てジークムントは「それに、料理だけだったら、うちの妻の方が美味しいものを作れると思うんですよ」と胸を張った。結衣は、以前ジークムントの店で食べた料理を思い出してみた。あの時はロッティとデイモンのことがあって、料理の味をじっくり堪能できなかったが、今思い出してみるとジークムントの言う通り確かに美味しかった記憶はある。


 お酒の値段が一緒で、料理の味が上ならば、勝てるかもしれないという気になってきた。結衣は「そうですね。一度試してみましょう」とふたりの手を取って言った。

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