第16話 「お店を再建しましょう!」(4)
ジークムントたちと、ライバルの大手酒場に行ってから約2週間。結衣とフィーネは総務課の仕事に励んでいた。今回の依頼は、正式な総務課の仕事ではないので、仕事中に抜けて行くわけにはいかなかった。だから、課長のジーンに頼んで予め仕事を前倒しでやっておく代わりに、少し早く上がらせてもらうようにしていたのだ。
ジーンは「よく頑張りました。明日からしばらくは、おふたりともジークムントさんのお手伝いに行ってもらっていいですよ」と言ってくれた。そういうわけで、今日から「ウサギの耳亭」の店員として、働くことになっていた。
「こんにちはー」
結衣が店の扉を開けて中へと入っていった。まだ午前中と言うこともあり、お店は開いてない。カウンターの奥でエリーゼが食器を磨いていた。「あら、結衣さん、フィーネさん。こんにちは」
「こんにちは! どうですか? 調子は」早速聞く結衣に、エリーゼは「ええ、まぁ」と言葉を濁す。笑顔で応じているが、どこか疲れているようにも見えた。「今、主人は仕入れに行っています。もうすぐ帰ってきますので」と言うと、席に着くように促した。
少し雑談をしていると、ジークムントが食材を抱えて帰って来た。「あぁ、すみません。お待たせしちゃって」「いえいえ。で、どうですか? その後は」結衣の問いに、ジークムントの顔が曇る。
「お客さんはね、少し戻ってきたんですよ」
「わぁ。じゃ、成功ってことですか?」
「うーん……。確かに前の閑古鳥だった状態から見ると、そう言えるかもしれないんですけどね」
「なんか、歯切れが悪いですね」
ジークムントとエリーゼは顔を見合わせると、この2週間のことを語り始めた。結衣たちはライバル酒場「鳥殿下」から帰ると、早速看板を作ることにした。幸いにも今まで使っていたものがあったので、それを利用して鳥殿下と同じ値段に合わせたお酒をアピールする看板を作ったのだ。
その効果もあり、翌日から客足は戻ってきた。ジークムントとエリーゼのふたりは、久々に混み合っている店内を見てやる気を取り戻していた。その日、閉店後に計算してみると、思っていた通りきちんと利益が出ていることが分かって、ふたりで喜んだ。
翌日からもその勢いは衰えず、徐々に店内はごった返す状態になってきた。ふたりで切り盛りするのも限界になり、急遽店員を募集したが、集まったのはたったひとり。様子見に来ていたロッティがひとまず助けに入ったものの、新人スタッフもロッティも段取りが分からず、店内の混乱はますますひどくなっていく。
「おーい! 注文したのまだ?」「あ、はーい」
「こっちも料理追加したいんだけど」「はいはーい。すぐに参りまーす」
「お会計〜」「すみませーん。少し待って下さいね」
「うわぁ、混んでるねぇ。待ち時間どのくらい?」「ええっと……」
毎日来てくれていたわずかな常連客は、いつもと違う店内を見て「また来るわ」と言って帰ってしまった。ジークムントとエリーゼは、それでも充分に対応する暇もなく、店先でUターンしていく常連客をただ横目で見ているしかなかった。次の日から、その常連客は来なくなった。
1週間ほどすると、突然客足が止まり始めた。空席も出始めていた。一体どうしたのか分からないでいると、一組の客の会話が聞こえてきた。「大通りの『鳥殿下』って酒場あるじゃない? あそこ、昨日からビネル酒半額キャンペーンやってるんだって!」「えー、あそこ元々安かったじゃない?」「うん、そこから更に半額なんだって」「じゃあ、折角だしそっち行ってみようよ」その会話の後、客は店を後にした。
ジークムントは負けじと、ビネル酒を同じ価格にする。客足はまた戻った。しかし、鳥殿下は全てのお酒が半額というキャンペーンを開始する。再び、お客を取られる。
「そんな感じで、泥沼の展開になっているんですよ」ジークムントは疲れた顔でそう言った。そして「今日から対抗して、うちもお酒を全て半額にしようと思ってます。ここまできたら、とことん対抗して行こうと思ってるんです!」と身を乗り出しながら訴えた。
結衣は、このままで良いのか迷いながらも「分かりました! 今日からは私達もお手伝いしますので、頑張りましょう!」と言った。
その日の晩。お店はジークムントの狙い通り、お客でごった返していた。鳥殿下よりは狭い店内は、あっという間に満席になり、結衣は店頭で何度も頭を下げて「すみません。満席です」と繰り返すことになった。
店内もジークムントの言っていた通り混乱しており、フィーネやエリーゼ、それに途中から助っ人にきたロッティが動き回っている。所々で怒声にも似た声が響き、結衣はその度にドキッとした。
会計時のお客の顔を見ても、満足していると言うように見えないと結衣は感じた。中には「ここ、安くなったし、料理は美味しいんだけど、待たされることが多いし、鳥殿下の方が良いよね」と露骨に言う客もいた。
閉店後、結衣たちは店内のテーブルに集まっていた。ジークムントが今日の売上を計算している。「出ました」と、帳簿をテーブルの上に置いた。結衣は底に書かれた数字を見て愕然とする。
「えっ!? 今日の利益ってこれだけですか?」
そこには驚くほど少ない金額が書かれていた。売上から食材の原価などを引いただけのものなので、ここから人件費などを引くと、ほとんど残らないとジークムントは言った。
「結構頑張ったんですけどねぇ……」結衣はうなだれた。
「しかし、ここまできたら、徹底的にやるしかないと、私は思うんですよ」ジークムントはそう力説した。しかし、結衣はそれが正しいと思えなかった。ただ、数字を眺めれば眺めるほど、どうして良いのかも分からなくなっていっていた。
店内が重い空気になってきた時、結衣はふと、あることが気になった。ここで商売をしている人たちは、基本的にこの世界で生まれて育った人たちだ。どのような仕事をするのも自由で、それは結衣のいた世界と同様だ。
結衣は前にエリーゼが「店を閉めてもいいけど、他にしたいことがない」と言っていたのを思い出した。なんでジークムントはこの商売をしようと思ったのだろうか? 酒場をやることの楽しさや意義はなんだろう?
結衣はそれをストレートに聞いてみた。ジークムントとエリーゼは「そりゃ、来てくれるお客さんが『美味しかった』とか『楽しかった』と言って喜んでくれるのを見るのが、私たちの楽しみでしたから」と即答した。
「でも、今日やってみて思ったんですが、これってジークムントさんの言っているようなやりたいことじゃないんじゃないですか?」
「それは確かにそうかもしれません。でも、これは仕事ですからね。好き嫌いだけではやっていけませんよ」
「仕事……。それは確かにそうかも……」
「それに、このままだといずれ店は潰れてしまいます。今のままでは駄目なんですよ」
結衣はジークムントの「今のままでは駄目」という言葉にハッとした。「そうですよね! 確かに今のままじゃ駄目です!」そう言ってジークムントとエリーゼの手を握る結衣の目が輝いていた。
「変えましょう!」
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