第10話 「それは直接本人に言った方が良いんじゃないですか?」(上)

「ええっと、それは直接本人に言った方が良いんじゃないでしょうか?」

「言えないから、こんなところに来ているんですよ!」


 結衣は総務課の応接室で、ひとりの青年と向かい合って座っていた。少し驚いた顔をすると、青年は慌てて「すみません。大きな声出しちゃって」と頭を下げた。


 結衣は「いえいえ」と苦笑いしながら、手元の「依頼書」をもう一度見てみた。「エリオット・スコーン」という名前と「所属:教練課」と書いてあり、その下に総務課への依頼内容が書かれていた。エリオットは転生者の訓練を行う「教練課」の職員で24歳の青年だった。


 依頼内容は、時々教練課の手伝いをしている、総務課のマックス・エルレンマイアーへの苦情だった。随分、言いたいことがあるらしく、細かい字で用紙にびっしりと記入されていた。


「かいつまんで言うと、マックスさんの指導方針に異論がある、ということでしょうか?」


 結衣がそう尋ねると、エリオットは「少し、かいつまみすぎすぎかと思いますけど」と若干不満そうな顔をした。結衣はもう一度、机の上に置かれた用紙へ目を落とした。よくもまぁ、ここまで細かく列挙したものだと呆れてしまう。


 剣術指南の指導方針から、訓練生に対する接し方、規定の時間外での居残り訓練、指導教官への駄目出し、果ては訓練で使った木刀をキチンとしまわないとか、声がデカイとかまで書いてあった。これは、実に……。


「面倒くさそう……」

「面倒? どういうことですか!?」


 しまった、またつい思っていることが口から出てしまった。「えーと、あのですねぇ」と笑顔で誤魔化そうとするが、エリオットは渋い顔のまま。「あれですよ、あれ。そう! マックスさんって、面倒な人だなぁって」心の中で(マックスさんごめんね)と謝りながら、の渾身の言い訳をはなった。


 エリオットはまだ訝しげな顔のままだったが「まぁいいでしょう」と言うと「訓練教官の数が足らず、マックスさんにお願いしているのは確かですが、だからと言って、我々の方針を無視したり『こうした方が良いだろう』と勝手に変えたり、そういうのはおかしいと思うんですよ! ねぇ、そう思いませんか!?」

「……は、はぁ……ですねぇ」

「でしょう? 大体ね、あの人。凄くいい加減なんですよ。使った道具とかしまわないし、授業が終わってるのに『もうちょっとだけ』と言って――」


 総務課にこの手の話が回ってくることは、月に何度かあるのだが、何故かフィーネもロッティもマックスもジーン課長すらも、そういう時に限って外出中であった。彼らには、何かこの手のセンサーみたいなのが付いていて、事前に察知してどこかへ行ってしまうんじゃないか? 結衣はそんな風に感じるようになっていた。


(とりあえず、誰か早く帰ってきてくれないかなぁ)


 表面上はエリオットの話に耳を傾けている素振りを見せながら、結衣は心の中でそう願った。その時、総務課のドアがドンッと勢い良く開く音が聞こえた。ん? あのドアの開け方は……。結衣がそう考える間もなく「おーい、誰かいねーのか?」というダミ声が聞こえてきた。


 結衣は咄嗟に、マズイと思った。一番来て欲しくない人が来て欲しくないタイミングで来た。応接室で息を殺すようにしていると、エリオットが「来客のようですか?」と言う。結衣は「しー」っと必至で、黙るように促すが、その甲斐なく「お、ここにいたのかぁ」と応接室のドアがドンッと開いた。


「なんだ、結衣。お前だけか? ジーンに用があるんだが」


 くわえタバコにボサボサの銀髪。2メートルはあろうかという巨体で、若干前かがみになりながら応接室へと入ってくる。ジロジロとエリオットを眺めて、フゥーっと煙を吐いた。エリオットは咳き込みながら「なんですか、このガサツなおっさんは。タバコ、ちょっと遠慮してもらえないですかねぇ」と睨み返す。


 結衣は慌てて「ちょっと、オルランド学校長。こちらへ」と両手で、オルランドの背中を押して応接室の外へと押し出そうとした。「ちょ、なにすんだよ」と文句を言いながらも「おい、結衣。そこの男。お前のコレか?」と親指を立てている。


「違います!」

「あれ? そういやお前、男いなかったっけ?」

「優馬はそういうんじゃないですから!」

「へぇ〜。俺、別にあいつのこと、言ったわけじゃないんだけどなぁ」

「ちょ……もうっ!!」


 なんとか応接室の外へと押し出すと「ジーン課長は今日は出張で、帰りは遅くなるって言ってましたから、用件があれば聞いておきます!」と言った。


「なんだよ。結衣、顔赤いぞ?」

「そういうのいいですから! 用件をどうぞ!」

「なんだよぉ。ま、用ってのは急がないから、今度でいいや。それよりも、結衣」

「……なんですか?」

「さっきの男。何しにここに来てんの?」

「学校長には関係のない話です!」

「おいおい。学校のことで、俺に関係ない話なんてないだろう? 良いから、言ってみ」


 結衣は答えに窮した。オルランドはこの「王立勇者育成専門学校」の学校長だ。学校長とは言え、普段はろくに仕事もしていない。近隣にモンスターが出たとか、郊外のゴロツキが町を襲っているとか、そういう荒事になると進んで出て行っているようだが、学校運営の細かいことなどは「お前らで考えてやれ」と言うだけで、滅多に手を付けようとしない。


 それが、今回は珍しく首を突っ込もうとしている。これは余計に事態をややこしくするだけではないのだろうか? いや、オルランドの性格からして、必ずややこしくなるに違いない。ここは体よくお引き取り願った方が得策……。


 そこで結衣はハッと気がついた。よくよく考えてみれば、オルランドは腐っても学校長。ここはガツーンと言い聞かせてもらえばいいだけじゃないだろうか? 後々、それが問題になるかもしれないけど、その時はその時だ。


「えっとぉ、ちょっと困ったことになってましてぇ〜」

「なんだよ、急に気持ちわりな」


 渾身の「上目遣いでお願いポーズ」があっさり「気持ち悪い」の一言で切り捨てられ、結衣は深く傷ついたが、そう言っていられない。「じゃ、ちょっと一緒に聞いてもらえますか?」そう言うと、オルランドを再び応接室へと通した。


 応接室の中では、エリオットが直立不動の姿勢で立っていた。「も、申し訳ございません! 学校長とは知らず、失礼しました!」と、今までとは打って変わった態度で謝罪をする。


 オルランドは学校運営にほとんど関わらないため、このように学校長の顔すら知らないスタッフもいたりした。オルランドはオルランドで「で、誰?」と聞いている始末だ。結衣が「教練課のエリオット・スコーンさんです」と紹介すると「へぇ」と興味なさそうにジロッと眺めて、ソファーにドカッと腰を下ろした。


「で、どうなってんの?」足を豪快に組んで結衣に聞く。結衣は事情を簡単に説明した。オルランドはエリオットの持ってきた依頼書を眺めると「なぁ、これって総務課の仕事なの?」と聞いてきた。


 結衣は「さぁ……?」と答えるが、そう言われても総務課にこの手の話が舞い込んでくることは日常茶飯事のことだ。今更そんなことを言われても、というのが正直な感想。


 オルランドは「ふーん」と言いながら、依頼書を机の上に戻すと「よし! この件は俺がなんとかしてやる!」と言った。結衣はグッと拳を握りしめ「ガツンと言ってやって下さいね!」と心の中で密かに応援した。


 しかしオルランドは「じゃ、早速今晩ちょっと開けとけ」とエリオットに言う。そして「お前もだ、結衣。校門前に18時集合な」と言うと、豪快に笑いながら応接室を出て行った。


「どうしたら良いのでしょうか……?」


 そう尋ねてくるエリオットに「それは私が聞きたいです……」と答えた。

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