第9話 「えっ? 恋の相談ですか!?」(下)
「あれれ〜? ロッティさんと、フィーネさんじゃありませんか〜」
酒場のテーブルに座って飲んでいたロッティとフィーネが振り返ると、結衣が手をブンブン振りながら歩いてきていた。隣にはうつむき加減で、結衣の背後に隠れるようにデイモンの姿もあった。
「あらあら〜、結衣ちゃん。奇遇ダネ〜」
結衣の演技力も雑だったが、フィーネのそれも負けてはいない。だが、当のロッティはそれに気づく様子もなく「おぉ、こっち来い。一緒に飲もう」と手招きしている。結衣は「それじゃ、遠慮なく」とテーブルに付いたが、そこに置かれていた空き瓶を見て青ざめた。
フィーネには、結衣たちがやってくる15分ほど前にロッティと酒場に来ておいてくれ、とお願いしていた。ところが、テーブルには既に5本ほどの空き瓶が転がっている。ちょっと、どういうことですか? と結衣がフィーネを睨むが、フィーネは困った顔をして手を降っている。
どうやら、15分でこれだけ飲んだようだ。前に飲み逃げされた時もそうだったけど、この人ペースが早すぎじゃないだろうか。
結衣は一瞬めまいがしたが、それでもフィーネに頼んでいた、もうひとつのお願い「魔法でお酒のアルコール分を下げる」ことは実行されているらしく、ロッティは5本もビネル酒を開けながらも、まだやや上機嫌という感じに留まっていた。
「それじゃ。改めましてかんぱーい!」
結衣たちはグラスを掲げた。当然結衣の飲み物はジュースだ。異世界で未成年も何もないと思うが、そもそも結衣はお酒に弱い。そうでなくても、今日は大切な日なのだ。酔うわけにはいかない。
何気ない会話をして場を盛り上げながら、その間にさり気なくデイモンの話を差し込んでいく。それもいきなりデイモン自身の話ではなく、結衣が手伝っている(と偽装している)警備課の仕事の話など巧みに組み合わせる。そこでやっと気がついたのか、ロッティがデイモンを指差してながら「あれれ、結衣の隣の人……」少し呂律の回ない口調で言った。
「ええっと、あー、……モン、……モン。誰モンさんだっけ?」
「デイモンさんですよ!」
「あー、そうそう。デーモンさんね」
「悪魔じゃないんですから……」
出鼻はくじかれたが、デイモンさんに話が行ったのは良い流れだと結衣は思った。ここは一気に攻勢をかけるべき展開だ。
「デイモンさんってね。結構固い人に見えるじゃないですか」
「そうそう、そうよねぇ。ちょっと怖いかなぁ」フィーネが合いの手を入れる。
「でもですね。実際のところ、結構モテるんですよ?」
「えぇ〜、そうなの〜?」少し白々しい感じだが、ロッティは気づいていない。
「訓練生の女子なんかにも人気で『デイモンさんってカッコイイですよね』って、よく聞くんですよ」
「すごーい。モテモテじゃないですか〜。デイモンさん」
デイモンは恥ずかしそうにグラスを両手で持って「いえ、それほどでは」と顔を赤くしている。ちゃんと聞いているのかロッティを確認すると、予想に反して目を見開いて食い入るように話に聞き入ってるようだった。
(これはっ、いける!!)
ロッティは頬を赤くしながら、ぼぅっとした目でデイモンを見つめている。最近、受けた依頼では満足のいく解決が出てなかったけど、今回こそはいけたんじゃないかな! 結衣はそう確信して、こぶしをぐっと握りしめる。
しかし、淡い期待を抱いたのもつかの間。ロッティの一言で話はややこしい方向へと向かっていく。
「そっかー。結衣、よかったねぇ」
「いやぁ……って、えっ? 何がですか? ロッティさん」
「だって。デーモンさんがモテモテで、結衣とくっついちゃったって話じゃないのぉ」
「ち・が・い・ま・す!」
「『ちょっと聞いてよぉ。私の彼ったらモテモテで困っちゃうの〜』っつー話じゃ?」
「だから、違いますってば!!」
どこをどうしたら、そんな勘違いを起こすのだろう? 結衣の首筋に冷や汗が一筋流れていく。これは……この展開は良くない! しかし、突然のことに頭が混乱して、一体どうすればいいのか分からなくなってしまった。
「フィ、フィーネさん!」すがるような目で、フィーネを見る。フィーネはコロコロ笑いながら上機嫌の様子だ。おそらく「話が違うみたいだけど、それはそれで面白い」と思っているんだろう。駄目だ、この人はもう当てにならない。
こうなったら……。結衣が最終手段に打って出ようとした時、ロッティが口を開いた。
「あはは。冗談冗談。ムキにならなくてもいいじゃん。結衣には、優馬っていう愛しの幼馴染がいるもんねぇ」
「……ゆ、優馬っ!? 優馬は関係ないでひょ!?」
「おぉ? 噛んでる? もしかして図星だった?」
「もー!!」
結衣は困り果てて、思わず隣に座っているデイモンの方へ振り返る。「……あれ?」デイモンの手には、透明な小さなグラスが握りしめられていた。強烈な香りが結衣の方まで漂ってくる。
この匂い、どこかで……。あぁ、そうだ。ずっと前にロッティさんとマックスさんが飲み比べ対決をした時に「この世界で一番強い」って言っていた「ヴォッカ」ってお酒の匂いだ。確か「どんな大酒飲みでも3杯でダウンする」ってロッティさん言ってた。あの時も、マックスさんが2杯で仰向けに倒れたんだっけ?
恐る恐るテーブルの上を見ると、同じグラスが既に3つ空になって置かれている。慌ててデイモンを見上げると、グラスを口につけ4杯目を飲もうとしていた。「ちょ……」止めようとしたが、その瞬間グラスが傾き、あっという間にデイモンの口の中へと消えていった。
「ふぅ〜」
荒い息を吐く音が聞こえて、タン! とグラスを置く音が響いた。ゲラゲラ笑っていたロッティとフィーネが、その音に驚いて動きが止まる。「デ、デイモンさん……?」結衣が恐る恐る尋ねる。
「結衣殿……ック。色々迷惑を……ック。かけて、すまなかった……ック」
若干焦点の合ってない目でそう言うと、デイモンは立ち上がり、ロッティの隣へと歩いて行く。そして跪くと手を差し伸べながら言った。
「ロッティ殿……ック。私は……私が好きなのは……ッ。あなたなのです!」
「あ〜、そうなの? デーモンさんが好きなのはあた……ええっ!?」
「……初めてお会いした時から、ずっとあなたのことが頭から離れません。どうか私とお付き合いして下さい!」
おぉ〜。結衣は感動していた。お酒の力を借りたとは言え、あの口下手なデイモンが自分からきちんと告白している。凄い、凄いよ。デイモンさん! 気がつくと、小さく拍手までしていた。
当のロッティは大きく目を見開いたまま、固まってしまっている。頬が赤いのは酔いのせいなのか、照れているのかは分からない。何か言おうとしているようだが、小さく口をパクパクさせているのが精一杯のようで、言葉にならない。
フィーネだけが、相変わらずひとり、嬉しそうにニコニコと微笑んでいた。
◆ ◆ ◆ ◆
「で、あれからふたりはどうなったの?」
総務課の仕事で、結衣とフィーネは中庭の草むしりをしていた。まだ夏には早い季節だが、日差しの強さは夏のそれと言っても良いほどで、被っている麦わら帽子の網目からは、キラキラと光の粒が舞っているのが見えた。
「なんか『とりあえず飲み友達から始めましょう』ってことになったらしくって、毎晩飲み歩いてるみたいですよ」
「あらあら、ロッティさんらしいね」
「ですよねぇ」
ちょっと休憩、ということで、中庭にある木の影にふたりで座る。麦わら帽子を脱いで、汗を拭った。風が肌を撫でる心地よい感触に、思わず目を閉じて木に寄りかかった。
「そう言えば、あの時の結衣ちゃんの慌てっぷり、面白かったなぁ」フィーネがクスクスと笑う。「もー、笑いごとじゃないですってば」結衣は目を瞑ったまま、少し頬を膨らませた。
優馬は……。優馬はそういうのじゃないんだから。優馬は弟みたいな存在で、いつも頼りなくて、私がちゃんと見てあげてないと駄目で、ひとりじゃ何にも出来ないし、それで……私の幼馴染で……。
「あ、優馬さん!」
突然フィーネがそう言うの聞いて、慌てて飛び上がる結衣。フィーネが指差している方を見るが、もちろんそこに優馬の姿はない。
「もーー! フィーネさん!」
「あはは、ごめんごめん。だって、結衣ちゃん、優馬さんのこと考えてぼーっとしてたから」
「ちょっと! だから、もう止めて下さいってば。優馬はそういうんじゃないんですから!」
「俺が、どうかしたの? 結衣」
振り返ると、優馬が不思議そうな顔をして立っていた。「たまたま近くを通ってたら、フィーネさんが手招きするものだからさ」と頭をかきながら言う。
「あらあら、結衣ちゃん。優馬さんがどうかしたのかな?」フィーネが意地悪そうに聞く。
「なな、なんでもありません! 私っ、仕事しなきゃ」
コロコロと笑い声をあげるフィーネと、何が何やら分からないといった様子の優馬を背にして、結衣は立ち上がると再び日差しの下へと歩き出した。
暑い。まだ、夏になってないのに、なんでこんなに暑いんだろう。
その理由は、結衣自身気がついていたが、認めてしまうとフィーネの思う壺だと思って、頭を振って振り払った。
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