第8話 「えっ? 恋の相談ですか!?」(中)
翌日。
非番であるというデイモンを連れて、結衣は中庭に来ていた。昨夜、仕事が終わってから、同室のフィーネにそのことを相談した結衣は、いくつかのアドバイスを受けていた。
「まずは『会う頻度を高めて、あれ? いつの間にか好きになっちゃったのかも作戦』です!」
「……なんですか? それは」
「良いですか? 人は近くにいる人ほど好意を持ちやすいものなのです。例えば、同じ職場、家が近所とか。あと幼馴染みと……」
「どうしました?」
幼馴染というキーワードを自分で口にした瞬間、結衣の脳裏に優馬の顔が浮かんできた。違う違う。優馬はそういうんじゃないし。どっちかって言うと、弟的なポジションだし? 不器用な弟を正しく導く姉。そんな感じだし。必死で言い訳を並べ立てていくが、キョトンとしているデイモンを見て、思わず我に返った。
「ゴホン。まぁ、そういう感じで、自分に近い人に好意を持つものなんですよ。でも、今のデイモンさんとロッティさんは、ほとんど接触がないでしょう?」
「はい。何度かすれ違ったことはありますが……。お話ししたのは、数回程度で」
「それじゃ、駄目なんです! もっと、こう、頻繁に会ったり、お話ししたりする間柄にならないと」
そう言うと、結衣はデイモンを連れて、総務課のある建物にやってきた。階段の影に隠れて、総務課のドアを見つめる。
「もうすぐロッティさんが、あそこから出てくるはずです」
「……はい」
「出てきたら、さり気なくここから出ていって『あ、ロッティさん。お久しぶりです』って感じで話しかけましょう」
「……そこからは?」
「適当に何でも良いから話をすれば良いんです。『最近どう?』とか『今日はいい天気ですね』とか」
「ハードルが高すぎます!」
むぅ。やはりそう来るか。結衣は頭を抱えたが、ここまでは想定内だと思った。「じゃ、私も一緒に行きますから」と代替案を示すと、デイモンの顔がパッと明るくなって「よろしくお願いします!」と頭を下げた。
「あっ! 出てきましたよ」
デイモンの背中を押しながら、廊下へと出ていく。「お、結衣じゃないか」それに気づいたロッティが手を振って近づいてきた。
「ロッティさん、おはようございます」
「どうしたんだい? ええと、こちらは……どこかで会ったような?」
「……警備課の課長のデイモンさんですよ」
「あー、そうだそうだ。前に無理言っちゃったことあったよねぇ」
「デイモンさん?」
一言もしゃべろうとしないデイモンの顔を覗き込むと、緊張からか恐ろしいほどの目つきになって固まってしまっていた。駄目、それは人殺しの目です……。結衣は絶望感を感じた。でも、ここで引いては先へ進めない。デイモンの脇腹をつついてみる。ピクリとも動かない。もう死んでるのかな?
「そういや、珍しい組み合わせだね?」不審そうな顔をしながらも、ロッティがそう尋ねてきた。
「ほら、警備課から依頼が来てたじゃないですか? それの相談してたんですよ」
「あー、そういや、そんなの来てたね。あれ、なんだっけ?」
「ええっと……。あっ! 警備の打ち合わせです! 学校の警備体制を見直したいという相談でして」
「……そんなこと結衣に尋ねてどうするんだい?」
「あはは、ですよね〜」苦笑いする結衣。しかし、恋の相談という依頼に燃えていた結衣の頭は、かつてないほど冴えていた。
「そうなんですよ! だから、ロッティさんにぜひご相談したいなって」
「あたしに?」
「ええ、ええ! ロッティさん、そういうの詳しそうだし」
「うーん、警備に詳しいかどうかは分からないけど、まぁ学校の構造とか、警備シフトの組み方とか、そういう部分なら相談に乗れるかもね」
「ですよね!!」
思わず結衣は満面の笑みになった。「じゃ、ここからは若いお二人にお任せして」と言い残すと、そそくさと後退していく。振り返ると、デイモンが涙目になりながら、結衣の方を見ていた。一瞬、戻りそうになったが「駄目。駄目よ、結衣。ここは心を鬼にして! 獅子は我が子を千尋の谷へ突き落とすと言うじゃない。デイモンさんだって、いざとなれば、きっと出来るはず。信じるのよ、結衣」そうつぶやきながら、その場を後にした。
総務課に帰り、溜まっている事務仕事をしていると30分ほどでロッティが帰ってきた。ちょっと早すぎないか、と思った結衣が尋ねてみるとロッティは困った顔をしながら言った。
「なんだか、おかしいんだよ。あのデイモンさんて」
「何か変なこと言われたんですか?」
「何もしゃべらないの。あたしが『警備のシフトを見せて』って言っても、黙ったままファイルを手渡してくるだけだし『ここのシフトは無駄が多いから、もうちょっと別に移した方が効率的じゃないかな』って提案しても、無言でうなずいて書き直すだけだし」
「ちょっと、デイモンさん……」
結衣は勢い良く立ち上がると「ちょっと、結衣?」と戸惑っているロッティに「少し出てきます!」と言い残し、警備課へと向かった。
「どういうことですか?」
「だって……」
警備課の椅子に腰掛けて、結衣は再び頭を抱えていた。確かに多少無茶ぶりな部分はあったかもしれない。でも、少し会話をすることだけということが、こんなにも難しいとは。
とは言え、ここで諦めるわけにはいかない。「恋愛相談=望月結衣」の図式を確立して、いつか「恋愛マスター」と呼ばれるその日までの第一歩なのよ。こんなところでつまずくわけにはいかないわ。
いつの間にか「デイモンの手助け」が手段となり、目的が変わってしまっていることに結衣は気がついていなかったが、やる気だけは充分残っていた。
「じゃ、次の作戦行きましょう! 今度は『手に入らないものほど欲しくなる! 障害が多いほど恋は燃えるものなのよ作戦』です!!」
「……障害?」
「ええ。ほら簡単に手に入るものって、あんまり価値があるように思えないじゃないですか?」
「それは確かに」
「一方、入手困難と聞くと、なぜか欲しくなったりすることってないですか?」
「あぁ、それも確かに」
「でしょう? 人は手に入れられないかも、って思ったものを欲しがってしまうものなんですよ」
「……つまり?」
「デイモンさん自体が『手に入りにくいもの』になれば良いんですよ。『あれ? この人、結構簡単じゃないのかも』ってロッティさんに思わせれば、もうこちらの思う壺ですよ」
「おぉ、なるほど! なんだか、いけそうな気がしてきました」
結衣は既に手を回していた。フィーネに頼んで、今夜ロッティを飲みに誘い出す手はずになっている。そこへ結衣とデイモンが現れて「あれ〜、奇遇ですね。一緒に飲みますか?」となり、そこで、結衣とフィーネが緩衝材になりつつも、ふたりの距離を縮めていく。
これは、前回の作戦で不発だったものの応用だ。そして、ここからが本作戦の出番。さり気なく「デイモンさんて、結構もてるんですよ」という話題を出していき、ロッティに意識させる。そして「みんなで飲むのって楽しいですね。また、飲みましょう」という流れに持っていき、ロッティさんに空いている日を聞く。そこでデイモンさんが「色々忙しいので、その日はちょっと」と言って「簡単に手に入らない感」を演出。
しかし「この日ならなんとか」と忙しい合間を縫って、やりくりしている雰囲気を醸し出しつつ、次回の飲み会の約束を取り付ける。これを数回繰り返せば、きっとロッティさんは「デイモンさんを何とかして手に入れたい」という気持ちになるはずです!
結衣はそう力説した。
デイモンはまるで神を崇めるかのような顔をして「結衣さん。よろしくお願いします!」と両手で結衣を拝んだ。
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