第7話 「えっ? 恋の相談ですか!?」(上)

「えっ? 恋の相談ですか!?」


 目の前で黙ってうなずく男性を見て、望月結衣は思わず頬を赤らめた。考えてみれば、この世界に転生してからというもの様々な仕事に追い回されて、恋だの愛だのと言った話からはすっかり無縁の日々になっていた。


 久々に聞く「恋愛相談」というキーワードに、結衣の女子力センサーが機敏に反応したとしても、それは無理のないことだった。


 恋かぁ、うふふ〜素敵な言葉だなぁ。あれ? でも、私いつから恋ってしてないんだっけ? ええっと……あぁ、いやいや、今は私の話じゃないし。久しぶりにやって来た「お使い」でも「修理」でも「交渉」でもない、まっとうなお仕事だもんね。ここはしっかりとやり遂げて、実績を作っていかなくちゃ!


 そんな謎の使命感に燃えている結衣。机の向こうに腰掛けているひとりの男性を改めて見てみる。彼の名前はデイモン・ラングドン。28歳。「王立勇者育成専門学校」の治安を守る「警備課」の課長だ。


 同じ総務課員のマックスほどではないが、そこそこ筋肉質な体型。身長も高い部類であり、警備課のパリッとしたユニフォームが実に似合っている。28歳にしては少し老けている……と結衣は思ったが、それは常に獲物を狩るハンターのような表情がそう見せていたのかもしれない。


 結衣がフィーネに言われて、この警備課を訪れた際には、その鋭い眼光に、思わず開口一番「すみませんでした!」と謝ってしまったほどだ。実際のデイモンは、その見た目ほど苛烈な人柄ではなく、結衣がペコペコ謝っている姿を見て慌てふためいてしまったほどで、特に女性関係に関しては苦手意識を持っていた。


「恋の相談ならお任せ下さい!」という結衣の言葉にも、少女のように顔を赤らめてうつ向いてしまう始末。その様子に、多少戸惑ってしまった結衣は「ええっと、具体的にはどういう相談でしょうか?」と切り出してみた。


 ところがデイモンは「それはですね」とか「つまりですね」と繰り返すばかりで、なかなか答えてくれない。さすがに業を煮やした結衣が「誰が好きなんですか?」と直球ど真ん中の質問を繰り出してみた。


「……ィ殿」

「え? ごめんなさい。聞こえなかったんですけど」

「……ティ殿」


 「殿って」というツッコミを入れたくもなったが、それとは違う疑問が浮かび上がってくる。「……ティ。ん……? これはもしかして」と結衣はある人物の名を連想していた。


 いやぁ、さすがにそれはないか。いやいや、でも待って。性格はともかく、見た目は結構美人だし、スタイルだって良いし、そう考えると決してないことはないのかな。


「もう一度、きちんと言ってもらえますか?」念を押すように聞いてみる。デイモンは何度か深呼吸をしてから、一気に息を吐き出すように「ロッティ殿が大好きなんです!」と叫んだ。


 ロッティ・グレアムは総務課主任。結衣の上司にあたる。「総務課の影のボス」とも言われている。知的で武術も秀でているし、姉御的な性格で面倒見も良い。性格はさっぱりしており、裏表がなく、誰に対しても平等に接し、そしてとても大雑把。


 それが結衣のロッティに対する認識だった。結衣も何度かお世話になっていることもあり、個人的には尊敬すべき人だと思っていたが、時折見せる大雑把な部分に振り回されることもしばしば。特に、お酒が入ると近寄らないほうが賢明である、というサブ認識付きだ。


「ロッティさんって、総務課のロッティさんですよね?」念のため確認してみる。

「はい……ロッティ・グレアム殿。8月20日生まれ。しし座。24歳。B型。異世界生まれの異世界育ち。総務課主任になって2年。趣味は剣術、魔法などの訓練。意外なことに野草などの押し花集めも好き。お酒も大変お好き。好きなお酒は主にビネル酒、それに……」

「ちょ、ちょっと待って!」


 結衣の顔が青ざめる。何? この人なんで、こんなにロッティさんのこと詳しいの? もしかして、あれ? ストーカーってやつ? 危ない人なの?


 思わず震え上がった結衣だったが、それを見たデイモンが慌てて「違います、違います」と否定した。


「前に、剣術訓練の時に、別の総務課の方がいらっしゃって……。色々教えてくれたんですよ。お名前は忘れましたが、凄い筋肉の持ち主でした」


 マックスさんだ。あの人おしゃべりだな。って言うか、私の変な噂を流したのもマックスさんなんじゃないの? フィーネさんはああ見えて、あんまり噂話とかしないし、ロッティさんも人のことは言わないし。やっぱりマックスさんに違いない。今度会ったら、ちょっと問い詰めてみなくちゃ。


 ふと気がつくと、デイモンが「どうかしましたか?」と心配そうな顔をしていた。「いえいえ、こちらの話です。すみません」と謝ってから、結衣は意外とこのデイモンが良い人なのではないかと思い始めていた。


 口下手で、自分の恋の話も、人に相談しないと前進できないほどウブ。それ自体は間違いないところだった。ただ、それが良い人だとは結び付かないものだが、なんとなく、そう思えてしまう。


 結衣は今一度気持ちを整理して「じゃ、話を戻しましょう」と仕切り直した。


「それで、どうしたいんです? デイモンさんは」

「ええと……。それはですね。お……したい……できれば」

「もっとはっきり言って下さい」

「できればお付き合いしたい……と思っています……」


 真っ赤になってうつ向いてしまうデイモンを見て、自分より一回りほど年上にも関わらず、思わず「可愛い人だ」と思う。相手の気持ちの問題もあるが、なんとか力になってあげたい。ロッティさんは、そういう噂もないし、やり方によっては、時間がかかるかもしれないけど、上手くいくかもしれないし。なんとなく微笑ましい気持ちになってきていた。


「1年ほど前『カヤック山への護衛を頼めないか』という相談を受けたのが、出会いでした」

 

 カヤック山という名前に結衣は思わず反応する。それは、かつて学校長オルランド・ギッティに「勇者昇格試験」として行って来いと言われた場所だった。あの時、結衣についてきてくれたのは、マックスにロッティ、そして幼馴染の佐伯優馬の3人だった。


 ロッティが思いの外、手を回してくれていたことを知り、感謝の念を覚えた結衣は、ますますこの恋を成功へと導かねばという思いに駆られた。


「って言うか、その辺りからロッティさんのことが好きになっていたんですか?」

「ええ、それが縁で何度かお話させてもらっているうちに」

「つまり1年間、ずっと思い続けてきたってわけですか?」

「……はい」

「何か、アプローチはしたんですか? デートに誘ったりとか」

「それが出来ないから、こうやって相談してるんじゃないですか!」

「あ、いや。デートじゃなくても、ほら。お食事とか?」

「お食事!? そそそ、そんなこと、誘えるわけがないじゃないですか? 付き合ってもいないのに!」


 なるほど。これは手強い。結衣は頬に手を当てながら考え込んだ。自分のことも、そこそこ奥手な人間だと自負していたけど、これはレベルが違う。お付き合いするために食事などに誘って、距離感を近づけるというのが、結衣の認識であったが、これではまるで「鶏が先か、卵が先か」という問題だ。


 もしかしたら、手に余る問題なのかもしれないと思った。しかし、一度引き受けた依頼は、必ずやり遂げる! いつもより、深くそう決意していた。机の上に置かれていたデイモンの手を取り「分かりました! 私が100%協力しますから、頑張りましょう!!」とギュッと握りしめた。


 再び真っ赤になってしまうデイモンに構わず、結衣の瞳は闘志に燃えていた。

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