第32話 「えっ 引き受けてくれるんですか!?」(2)

 翌日、結衣とフィーネは設計図一式を持って、再びアストリー ストーンズを訪れた。店主のアストリーは相変わらずの笑顔でふたりを迎えてくれ「今日は暑かったでしょう? 冷たい飲み物でもどうぞ」とお茶を出してくれた。


「思ってたより、良い人っぽいですよ。きっとフィルさんが仕事欲しさに適当なことを言っただけですよ」

「そうだと良いんだけどね」


 アストリーが見積もりのため、店の奥に引っ込んでいる間に、ふたりはそんな会話をしていた。30分もしないうちに、アストリーは再び戻ってきて「お待たせしました。出来ましたよ」と言った。


「もう出来たんですか? 早いですね!」

「仕事が早いのも、ウチのモットーですからね」


 アストリーはそう言って笑った。「これがお見積で、こちらが納期などを記した書類になります」と言うアストリーに「じゃぁ、それで進めておいて下さい」と答える。アストリーは「ありがとうございます」と礼を言うと「では、ここにサインをお願いします」と契約書を指し示した。結衣はサインを済ませ「よろしくお願いします」と言うと店を後にした。


「順調ぅ、順調ぅ」

「本当に良かったの? 結衣ちゃん」

「何がですか? だって順調じゃないですか? これで資材の準備も整ったし、後はうちの設計課の人に見てもらって、実際の工事の日程や人の手配をしたら良いだけじゃないですか」

「でも、ひとつのところだけで決めちゃうのは危ないかもよ?」

「フィーネさんは心配性ですねぇ。大体、あのウィンターズさんが受けてくれないって言うんだから、しょうがないじゃないですか」


 そんなやり取りをしながら、学校へ戻る。その足で設計課に向かった。




「あんた、これ。騙されてるよ」


 王立勇者育成専門学校設計課の課長リタ・ラーウィルは、結衣の持ってきた見積書を見て、そう断言した。


「ええ!? 騙されてるって、どういうことです?」

「ほら、ここを見てみな」

「……『ログナ石』『グレッド石』……って書いてあります」

「グレッド石って言うのは、まぁいいんだ。でも、問題はそのログナ石。柱や台座などに使うって書いてあるけど、ログナ石って言うのは、加工しやすい反面、強度が落ちるんだ。普通、こういう場所には『ラグナ石』を使うのが常識だね」

「ラグナ石……」

「ま、名前も見た目も似ているからね。あまり詳しくないヤツなんかは、見分けが付かない。しかもログナ石はラグナ石に比べて、半分以下の値段で済むから、質の悪い業者なんかだと、シレッとこういうことをやる奴もいるね」

「どどど、どうしましょう……?」

「契約してないんなら、キャンセルすれば良いんじゃない?」


 結衣は青ざめた。そう言えば、ついさっき言われるがままにサインをしたばかりだった。


「クーリング……クーリングオフを……」

「クーリング? なにそれ?」

「結衣ちゃん。この世界には、そんな便利なものないのよ」

「えええ?」


 更に青くなる結衣。フィーネは「今回は、私の言うことを聞かなかった結衣ちゃんが悪いからね」と、すがりついてくる結衣に言う。結衣は「そんなぁ」としばらく床にへたり込んでいたが、涙を拭うと立ち上がって「分かりました! 明日、もう一度アストリーさんのところに、行ってきます」と拳を握りしめた。




「そう言われましても、こちらとしてもすでに資材は手配済みですし、今更言われましても」


 翌日、結衣が店に行き石材が違うことを告げると、店主のアストリーはそう答えた。


「でも、設計図にはちゃんと石材の種類が指定してあったじゃないですか!? だったら、ちゃんと正しいものを用意してもらわないと困ります」

「ですから、先程から申し上げておりますように、私はキチンとお見積を差し上げて、契約書にサインも頂いております。私どもに不備はございません」


 アストリーの表情は、昨日までとは打って変わって笑顔が消え、淡々とした口調でそう繰り返す。結衣も一歩も引かない姿勢で、何度も訴えたが「契約書の内容に不満があるのでしたら、サインをする前に言うのが筋というものです。どうしてもご不満があると言うのでしたら、出るとこ出ても構いませんよ、私は」と威嚇するような口調で言い切った。


 結衣は打ちひしがれたまま店を後にした。城下町の路地をトボトボと歩く。「どうしよう……」力なくつぶやくが、今日はいつも返事をしてくれるフィーネは隣にいない。朝、結衣が起きた時には、すでにどこかへ出かけてしまっていたからだ。


 結衣は、もしかしたらフィーネは怒っているのかもしれないと思った。今回、フィーネは何度も「大丈夫?」と聞いてくれていたのに、自分はそれを無視するかのように勝手に契約を進めてしまった。


 立場が逆だったら、あまり良い気がしないのは間違いない。これからどうするかはまた考えるとしても、学校に帰ったらまずフィーネに謝っておこうと思った。裏通りを抜け、城下町の中央を貫いている大通りへと出た。


「結衣ちゃーん!」


 通りの向こうから走ってくるフィーネの姿が目に入ってきた。「フィーネさん!」フィーネは結衣の元までやってくると、珍しく息を切らしながら「ちょ、ちょっと待ってね」と呼吸を整えた。


「さっきね、フィルさんから連絡があってね」

「フィルさん?」

「ほら、断られたお店のお弟子さん」

「あぁ、あの人」

「そうそう。で、フィルさんが言うには『親方さんが断ったのはコロッセオだから』らしいのよね」

「えっ? どういうことですか?」

「コロッセオって、前にも結衣ちゃんに話したように、基本的には人が殺し合ったりする場所じゃない」

「ええ、そうでしたね。私はそんなのにしないようにしたいと思っていますけど」

「うんうん。でもね、ウィンターズさんはそれを知らないから、そういう暴力的な施設の建設には手を貸したくないって思ってるらしいのよね」

「あ……だったら」

「ね? 『そういう場所にはしません』って、ちゃんと説明すれば、きっと分かってくれるんじゃないかな?」

「そうですね……でも……」


 結衣は先程のアストリーとのやり取りをフィーネに伝えた。


「ごめんなさい、フィーネさん。私がちゃんとフィーネさんの言うことを聞いていれば、こんなことにはならなかったのに」

「あらあら、結衣ちゃん。随分落ち込んでるじゃない」

「そりゃそうですよ! ……私が勝手にしちゃったことだし」


 フィーネは結衣の頭に手を乗せるとポンポンと優しく撫でた。


「珍しく反省している結衣ちゃんに免じて、今回はなかったことにしましょう」

「ありがとうございます! って、『珍しく』は余計じゃないですか? 私、反省だけは良くしている気がするんですけど」

「あはは。冗談だよ」


 フィーネが笑ってくれるのを見て、結衣は救われた気がした。


「でも、どうしましょうね……。例えウィンターズさんのお店で契約できても、アストリーさんのキャンセル出来ないんだったら、意味がないし」

「ま、とりあえず、ウィンターズさんのところに行ってみましょう! 何か良い案があるかもしれないしね」

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