第31話 「えっ 引き受けてくれるんですか!?」(1)

「えっ 引き受けてくれるんですか!?」

「ええ、もちろんですとも。国王陛下のお達しとあっては、断るわけにもいきませんし、何よりこんなキレイなお嬢さんに頼まれたものを、断るなどできませんからね」


 目の前で笑顔でそう言ってくれる男に、結衣は改めて頭を下げた。


 良かった。なんとかなりそうだ。ここまでの苦労を思い出して、思わずホッと胸をなでおろした。


 結衣は国王から直々に「コロッセオを建設せよ」という仕事を受けた。始めは「そんな壮大な仕事はちょっと……」と尻込みしたが「ここで国王に良い印象を与えておけば、後々良いことがあるのかも」という欲が勝ってしまい快諾したのだった。


 懸案だった用地の確保も終わり、やっと建設に向けて動き出すことになった。「まずは建設資材の調達からね」とフィーネにアドバイスをもらって、ふたりは城下町にある石材屋を訪れた。


「ごめんくださーい」


 城下町の外れにある「ウィンターズ ロック&ストーン」は、2つある石材屋のうち、規模の大きな方の店だった。フィーネが言うには「図面を見たけど、結衣ちゃんが知っているコロッセオに比べたら、半分くらいの大きさだから」らしいので、膨大な量の資材が必要というわけではなさそうだった。


 ただそうは言っても、一般的な建物を作ることを考えたら、十分巨大な建造物になるのは確かなので「大きいお店の方が良いですよね」という結衣の意見で、この店を訪れたのだった。


 結衣がもう一度声を掛けると、奥のほうからひとりの男が出てきた。施設課のライマーよりも少し年上に見える。細い目が鋭く睨むような視線を向けてくるのを見て、結衣は「また、怖い系の人だ」と震えた。


「なんだ?」

「私、望月結衣って言います。実は国王陛下から施設の建設を任せられていまして」

「お前が?」

「はい! それで、コロッセオに使う資材の手配をしているんですけど――」

「帰れ」

「はい?」

「帰れ」

「ええっと……」


 結衣は思わずフィーネと顔を見合わせた。これは断られているということなのだろうか……と言うか、それ以外解釈のしようがない。ただ「帰れ」と言われて素直に「はい」と言うわけにもいかない。


「話だけでも聞いてもらえないでしょうか?」

「帰れ」


 あまりにつっけんどんな態度に、思わず結衣は固まってしまう。


「あの、これは国王陛下直々のお仕事でして……」

「知らん」

「あの、ウィンターズさん? ですよね? 店名にそう書いてましたし。ウィンターズさん、何がいけないんでしょうか? お金のことでしたら、陛下から『気にしなくて良い』と言われていますので、十分なお支払いは出来ると思うんですけど」

「金じゃない」

「じゃ、どうして駄目なんですか?」

「言う必要がない」


 名前で呼ぶことで親しみ感を出し、お金の心配もないことをキチンと伝えた。それなのにこのウィンターズという頑固オヤジは、さっきから「帰れ」「知らん」ばかりだ。これでは埒が明かない。


「分かりました! もう良いです」


 結衣はプンプンと怒って、店を後にする。「あらあら、困ったわねぇ」と、フィーネがあまり困っていなさそうな顔で言ってくるのにも少しイラッとしつつ、大股で路地を歩く。そこへ「ちょっと待って下さい」という声が聞こえてきた。


 振り返ると、ひとりの青年が結衣たちの方へ走って来た。青年は二人の前まで来ると「すみません。さっきは親方が失礼しちゃって」と謝った。青年は自らを「フィル・コナー」と名乗り、ウィンターズの弟子であることを告げた。


「うちの親方、本当に頑固で」

「ええ、それはもうしっかり体験しましたので」

「あはは……。それで、どうするんですか?」

「どうするって……。とりあえず、もうひとつある石材店に行ってみようと思ってますけど」

「あぁ『アストリー ストーンズ』ですね。ええと……うちが断っといて、こんなこと言うのも何なんですが……」


 結衣は黙ってうなずく。


「あそこ、気をつけて下さいね。あんまり評判良くないんで」

「評判良くないって、具体的にはどういうことなんですか?」

「うーん、詳しいことまではちょっと……。ただ、ボッタクられたとか、質の悪い石材を扱っているとか、そういう噂があるんですよ」

「でも、仕事を引き受けてくれないところよりも、良いですよね?」

「あはは、厳しいなぁ。ま、僕もコロッセオ建設に携わりたいっていう、個人的な希望があるから、あんまり言えないんですけどね」

「コロッセオ、好きなんですか?」

「いえ、コロッセオが好きっていうか、大きな仕事じゃないですか? そういうスケールの大きな仕事って憧れますよね」


 真剣な表情になっているフィルを見て、結衣は「出来ればこの人たちに仕事を依頼したいかな」と思い始めていた。しかし、先程のウィンターズの態度を見る限り、それは難しそうだ。


 隣でやり取りを黙って見ていたフィーネが、スッと前へ出るとフィルの腕をそっと取った。「フィルさん……。なんとか親方さんを説得できませんか?」フィルは握られた自分の手を見て赤くなりつつ「ええと。どうかな〜?」と、さっきまでの真剣さはどこへやら、すっかりデレッとした顔になっている。


 結衣が呆れていると、フィーネは「どうして、親方さんは、この仕事をお受けにならないんでしょうか?」と聞いた。フィルは「うーん、流石にそこまでは分かりませんねぇ。聞いてみないと」と、締まりのない表情で答える。


「だったら、聞いてみてもらえないでしょうか?」フィーネがフィルの腕をグッと掴んで、胸元に当てる。「いい! いえ、良いですよ! もちろんですとも!」フィルはすっかり舞い上がって、手を振りながら「明日、また来てください!」と走って店へと戻って行った。


「フィーネさん、なんか聞き出し方がズルいです」

「何がかな? 結衣ちゃん」

「いえ、別になんでもないです……。一応、次の店行ってみましょう」


 腑に落ちない気持ちを押さえつつも、城下町のもうひとつの石材店「アストリー ストーンズ」へとやって来た。店主のウィルフレッド・アストリーは、ウィンターズとは違い、結衣が用件を告げると満面の笑みで「ぜひ、私どもにお任せ下さい!」と胸を叩いた。


「えっ 引き受けてくれるんですか!?」

「ええ、もちろんですとも。国王陛下のお達しとあっては、断るわけにもいきませんし、何よりこんなキレイなお嬢さんに頼まれたものを、断るなどできませんからね」

「うわー、良かったですね。フィーネさん!」

「でも、さっきのお店はどうするの?」

「だって、こちらが引き受けてくれるって言ってるんですから、もう良いじゃないですか」

「フィルさんの返事を待ってからの方が良くないかな?」

「良いんですって! あんなデレッとしちゃう人なんか」


 結衣とフィーネのやり取りをニコニコしながら見ていたアストリーが「では、明日にでも設計図をお持ち下さい。見積もりと納期をお知らせしますので」と言った。


 渋っているフィーネに構わず「お願いします!」と返事をして、店を後にする結衣。


「あらあら。結衣ちゃん、本当に良かったのかなぁ」


 フィーネの心配はその後的中することになる。

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