第21話 「違います! そういうんじゃないんです」(3)

 フィーネの条件は「自分にも協力させろ」というものだった。ロッティが「協力?」と聞くと「ええ、そうそう協力」と目を輝かせながら言う。


「協力ったって『らのべ』の意味さえ分かれば、あとは結衣に『優馬と黒須はらのべ友達だってさ』って言うだけだと思うんだけど」

「そんな……そんなの、おもし……冷たいじゃない。折角だし、ちゃんと最後まで結衣ちゃんを導いてあげないと」

「お前、今『面白くない』って言いかけなかった?」

「気のせい気のせい」

「まーいいや。うーん、しかし、最後までって……どこまで?」

「それは、結衣ちゃんの恋が成就するまで、でしょう?」


 ロッティはしばらく黙り込んだ。


「面白そうだな!」

「でしょう?」


 そうして協力者がふたりになった。フィーネは「良い案があるのよ」と早くもノリノリで説明を始めた。ロッティは黙ってそれを聞いていたが、八割ほど聞いた所で「おいおい、それはやりすぎじゃないか」と口を挟んだ。ところがフィーネは「良いじゃない。障害が多いほど、恋は燃えるものなのよ」と楽しそうだ。


 ロッティとフィーネは、しばらく話し合って段取りを決めた後、すぐに取り掛かることにした。「じゃ、後でね。ロッティ」と手を振りながら去って行くフィーネを見て「いつになく輝いているな」と思うロッティ。


「じゃ、あたしも取り掛かるか」


 まずは購買課だ。その後は、総務課に戻ってマックスにも声を掛けておくか。それと……。これは忙しくなるぞ。


 普段の仕事よりもロッティは張り切っていた。




 やや日が傾きかけた頃、結衣は自室でひとり夕日を眺めていた。時折「はぁ」とため息をつく。手の平に巻かれた包帯を見て「一体、なんであんなに動揺しちゃったんだろう」と自問した。


 今日ロッティに「休め」と言われて部屋に戻った結衣は、しばらくベッドに寝転んでいたが、あまりにも気が滅入りそうで何かしようと思った。本棚に行き、本を一冊手に取る。何気なく取った本がラノベだったのを見て、結衣は黒須のことを思い出してしまう。本をそのまま戻す。


 気を取り直して部屋の掃除などをしてみた。掃除をしている間は無心になれてよかったのだが、流石にもうやることもなくなってしまっていた。「部屋、ピカピカだよ」窓のサッシを指でこすって、そうつぶやいた。


 突然ドアが勢い良く開き「大変だ! 結衣!」とロッティが入ってきた。


「うわっ、びっくりした。どうしたんですか? ロッティさん」

「大変なんだ、結衣。優馬が……優馬が!」

「優馬……?」

「とにかく、来い!」


 ロッティは結衣の手を取った。部屋を飛び出し廊下を走る。「どうしたんですか?」意味が分からず、走りながらそう尋ねる。ロッティはチラッと結衣の方へ振り向くと「捕まったんだよ! 優馬が」と叫んだ。


「捕まった? 誰にですか?」

「ええっと、悪の秘密結社にだ!」

「……はぁ?」


 ロッティは「とにかく黙ってついてこい」と言う。ふたりは階段を降り、昇降口を抜け、校庭へと飛び出した。そのまま、グルッと回って中庭へと向かう。校舎の角を曲がり中庭に出ると、突然甲高い声が響いた。


「よく来たな! お前の大切な優馬は預かっている!!」




「で、この状況はなんですか?」


 結衣は白けた顔で尋ねた。結衣の目の前には一組の男女がいた。ひとりは中庭の木にロープで縛り付けられている。優馬だ。もうひとりは、黒い頭巾のようなものを被り、手には鞭を持っている。時々、その鞭を地面にペシンペシンと叩きつけて「さぁ、大切な優馬を助けたければ、かかってきなさーい」と言っていた。


 頭巾で顔は見えないが、どう見てもフィーネだった。


 横を見ると、ロッティが少し気まずそうな顔をしながらも「結衣、助けないと」と優馬を指差していた。結衣は大きくため息をつきながら「どういうことですか?」と少し怒った顔で問い詰めた。


「いや、ほら、結衣。優馬が秘密結社に捕らわれているんだぞ」と、ロッティはまだ小芝居を続けるつもりのようだった。結衣はツカツカとフィーネの方へと向かっていった。フィーネは「そ、それ以上近づいたら、優馬の命はないぞー」と鞭を優馬の首元に向ける。


「もう……」

 

 ややムッとした表情で、フィーネの被っていた頭巾をスポンと取る。「何がしたいんですか?」と言うと、フィーネは苦笑いしながら「ええっと、結衣ちゃん、ノリが悪いなぁ」と誤魔化そうとした。


「ノリの問題じゃありません」とブツブツ言いながら、優馬を縛っていたロープを解こうとする。しかし、意外と固くしまっており、なかなか解くことができない。四苦八苦していると「フハハ」という笑い声が中庭に響いた。


 声の方を見上げると、校舎の屋上にひとりの女性が立っていた。フィーネと同じような頭巾を被り、首にはスカーフを巻いていて、それが風にたなびいていた。普通のものより5倍くらいは太そうな剣を肩に担いで「そこまでだ、結衣! ここからは私がお相手しよう!」と言っていた。


 結衣は手を止めそれを見ていたが「何してるんですか? 黒須さんまで」と言う。黒須は「へ? どうして分かったの?」と動揺を隠せない様子だ。ロッティが「おーい、もうバレちゃってるぞ。降りてこーい」と寂しそうに言った。


 屋上の黒須はがっくりとうなだれて剣を降ろすと「はーい」と言いながら、視界から消えていった。結衣はようやく、優馬を縛っていたロープを解くと、4人を並ばせた。


「一体どういうことでしょうか?」

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