エロマンガ先生の修羅場

「うぬぬぬぐぬぬぬぬおぉぉぉ~~~」

 二ノにのぎさんが陽ノ目ひのめそうのエントランスでのたうち回っていた。

「二ノ木さん、どうしました?」

 放っておくこともできないので声をかける。

「ぬぐぐぐ……って、管理人さん」

 ようやく僕に気づいたようで、彼女はパチリと目を開けてこちらを見上げた。

「どうしたんですか?」

 僕は改めてもう一度尋ねる。

 まあ正直、二ノ木さんがこうなる理由は大体察しがつくのだけど。

「原稿が詰まったの~」

 やっぱり。

「来月はコミケもあるから、早めにそっちにも取りかかりたいのにー」

「そういえば同人誌も出してるんでしたっけ」

「そうなの~」

「……ちなみに2日目と3日目どっちなんですか?」

「その年の気分による~」

 喋りながら二ノ木さんは体を左右にゴロンゴロンする。

 内側で煮詰まったパトスを少しでも発散しているのだろうが……その、胸がスゴい揺れ方してるので、できればやめて欲しい。

「も~~……あっ、そうだ」

 その時、二ノ木さんがピンと来た顔をした。

 あれ? 嫌な予感が。

「スミマセン。僕ちょっと用事を思い出し……」

「管理人さん! また少し私の仕事手伝ってくれない!?」

 やっぱりその2。

 二ノ木さんはガバッと起き上がって僕の両手を掴み、「お願い?」とキラキラした目で頼んでくる。

「わ、分かりました」

「わーい! ありがとう管理人さん!」

「うわわっ! 抱きつかないでください!」

 僕が二ノ木さんに抱きつかれて慌てていると、ふと傍でガチャリとドアが開く音がした。

「……あ」

「あ~シリン! ちょうどいいや、シリンも手伝って!」

「え? え? 何ですか?」

 というわけで、狩野かりやさんもこの件に巻き込まれることになった。



 201号室。二ノ木さんの部屋。

「ほらほら、ふたりとももっと顔寄せて」

「……」

「……」

 僕と狩野さんは二ノ木さんに言われ、ベッドの上で彼女の指定したポーズを取らされていた。

 この前の取材もそうだが、彼女は案外資料を重視するタイプだ。

 さらに頭の中で構図を描くより、具体的に目の前に題材がある方が筆が進むタイプでもあるらしい。

 さすが服を脱ぐのは断わったけど。

 あとやるのはポーズまでで、実際に触ったりとかはもちろんしない。

 なので、ギリギリ健全の範囲での協力ではあるのだけど……。

「あっ、スミマセン狩野さん」

「い、いえ……」

 僕は今、ベッドの上で狩野さんを押し倒していた。

 もちろんあくまで漫画のためのポーズだ。

 しかし、やはり不健全な絵面である。

「あの、大丈夫ですか?」

「は、はい。管理人さんも、腕ツラくないですか?」

「いえ、僕は平気で……」

 お互い喋るのもぎこちない。

 いや、もう、だって……顔が近いのだ。

 触れないようにしているが、全身も密着寸前だし……。

「はぁ……はぁ……」

 ほおにかかる狩野さんの吐息もくすぐったい。

 彼女の顔はもうさっきからずっと真っ赤だ。

 男性に免疫がないのだろうが、そうでなくたってこれは恥ずかしい。

 僕も結構恥ずかしいし。

「うーん、管理人さんもうちょっとこうガバーッて、女の子のこと押し倒してる肉食系な感じ出せない?」

「無茶言わないでください……」

「確かに管理人さんって草食系っぽいしねー」

「そう思っといてください」

「まあ草食系が一番危ないってのも定番だけど」

 二ノ木さんはコロコロ笑いつつ筆を進める。

「シリン脚開いてー」

「はい……」

「管理人さん、シリンの腰抱いてー」

「はい……」

「シリン、ちょっとでいいからすそまくってくれない?」

「えぇ……こ、これくらいなら」

「いいよいいよー。次管理人さん、もーちょっと腰下げてくれない?」

「う……こ、こうですか?」

「うんうん。じゃあ、ふたりともベロチューいってみよー」

「「しません!」」

「ちぇー」

 たまに要求が上振れするから油断ならない……。

 一線を越えるお願いは断わっているとはいえ、そこはやはりエロマンガの資料……服を着たままでも結構際どいポーズもある。

 しかもお互いに体重を預けられない所為せいで、ポーズの維持にも体力を使う。

 おかげでそろそろ腕がプルプルとりそうだ。

「はぁ、はぁ……」

 狩野さんもさっきより息が上がっているし。

 無理なポーズで疲れたのか、額に汗が浮かんでいる。

 頬も上気してしゅに染まっていた。

 そして、やってることはエロマンガに使うポーズなわけで……。

 あくまでポーズなんだけど……いや、その……。

 ……あまり雰囲気に流されて変な気分にならないようにしないと。

「よーし、これなら何とかなりそう! ありがとーふたりともー! 今度おごるから、脱稿したら一緒に呑みましょ」

「はぁ、はぁ……はい」

 なんだか気疲れも相まって、最後は余計に疲れてしまった。

 腕もさっきよりりそうだし。

「お疲れ様でした狩野さん」

「いえ、管理人さんも」

 狩野さんも僕と似たような状態でベッドにグッタリとしていた。

「さて、それじゃあ僕はそろそろ夕飯の準備に……っと!」

 ベッドから立ち上がろうとして、僕は疲れの所為かうっかり脚を滑らせてしまった。

「えっ、きゃ!」

「うわっ!」

 そのままでは狩野さんの上に倒れてしまいそうだったので、僕は咄嗟に自分の体重を支えようと手を伸ばす。

「「……!」」

 が、次の瞬間僕と狩野さんは同時に固まった。

 なぜなら僕の手が――彼女の胸を掴んでしまっていたからだ。

「おおー! いいねそのハプニング乳揉み!」

 硬直する僕らとは正反対に、盛り上がる二ノ木さん。

「ちょうどいいから、ふたりともしばらくそのままでいてくんない? スケッチするから」

「「しないでください!」」

 僕と狩野さんの息の合ったツッコミが、陽ノ目荘中にこだました。

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