調理実習

 今日の家庭科は調理実習だ。

 課題はカップケーキ。

 それ自体は別にいい。問題ない。

 問題があるとすれば……お姉ちゃんが異様にやる気になっていることくらいだろうか。

「お父さんが管理人になられてから、私が台所に立つ機会が減ってしまいましたから。今日は私の全身全霊を込めたカップケーキを作って、お父さんにサプライズプレゼントします!」

「お姉ちゃん、ちょっと気合い入りすぎじゃない?」

「通常運転です!」

 本当にそうだから困る。

 いや、やっぱりいつもよりテンション高いか。

 久しぶりにパパに手作りお菓子を食べて貰うために張り切っているらしい。

「さあ! 皆さん早速取りかかりましょう!」

 気合い入りすぎて始まる前から暴走気味だけど。

「あーうん」

「えっと……うん」

 お姉ちゃんと同じ班の人たちは、その勢いについていけてないみたい。

 何人か私にヘルプの視線をチラチラ送っていた。

 でもごめん、そのお姉ちゃんは私でも止めるのは無理。

 せめて心の中でご愁傷しゅうしょう様と手を合わせておく。

 さて、私の班はお姉ちゃんたちの隣のテーブルだ。

 ちなみにサキとユイが同じ班。

「セイラさん、今日はよろしくお願いします」

「うん。よろしくね、サキ」

「セイラー、早く作ろう作ろう!」

「うわっ! ちょっとユイ材料テキトーに入れんな!」

「はーい」

 ユイってば大雑把なんだから。

 まあ、私も別に自分でお菓子が作れるわけじゃないんだけど。

「ちなみにサキってカップケーキ作ったことある?」

「カップケーキはありませんが、クッキーなら何度か」

「じゃあサキがリーダーね」

「あら、それはなんだか責任重大ですね」

 サキは困ったように微笑んで頬に手を当てる。

「まあお菓子作りは分量さえ間違えなければ大丈夫ですから」

「聞いたユイ? もう勝手にしないでね」

「はーい」

 ユイは笑って肩をいさめる。

「それでそれで? カップケーキは何味にする?」

「何味があるんだっけ?」

「先生が用意してくれたのは、大雑把おおざっぱにチョコとプレーンとマーマレードですね」

「じゃあその三つの中から選ぶ?」

「あとトッピングにチョコチップと、それにナッツと生クリームもありますよ」

「え? なんか思ったよりいろいろあるのね」

「家庭科の先生が調理実習好きなんでしょうか?」

「どうせなら全部盛りにしよーよ!」

却下きゃっか

「それは難しいと思いますよ?」

「なら全種類作ろー!」

「家庭科の授業でどんだけ手間かけるつもりなのよ!」

「だって全部食べれた方がお得じゃん?」

「しかも全部自分で食べる気なの!?」

 食いしん坊すぎるユイに思わずツッコミを入れる。

 私がユイくらい食べてたら絶対太るだろうなぁ……。

 ていうか、最近私も間食多いかも。

 今日の放課後はバスケ部に遊びに行かせてもらお。

 まあ、それは置いといて。

 ユイがあれもいいこれもいいと迷いまくったけど、何とかチョコチップ入りのチョコ味――これまた一番カロリー高そうなの――に決まって、やっと作り始める段階となった。

 そういえば、お姉ちゃんたちは今どんな感じだろう?

 私はお姉ちゃんの様子を見ようと後ろを振り返る。


「まだです! まだまだ味の追及が足りません! お父さんのためにもっと工夫を凝らさなければ!」

「キララさん! キララさん! 落ち着いて!」

「いいから早く追加のチョコチップを持ってきてください!」

「キララさーん!」


 ……見なかったことにしよう。

 私は視線を前に戻し、自分の作業に集中することにした。

 けどホント、お姉ちゃんもよくやるなぁと思う。

 いつも通り言動が小っ恥ずかしいのはともかく。

 よく事ある事にパパにいろいろしようって思いつくなぁって。

 もちろん皮肉とかそんなんじゃなくて。

 私なんて調理実習かー、かわいいエプロン欲しいなー、くらいしか考えつかなかったし。

 まあ、お姉ちゃんは料理上手っていうのもあるかもだけど。

 私は正直人並みだし。お菓子作りなんて素人だ。

 こういうのも女子力の差なのかな?

 いや、相手パパだけどさ。

「キララさんスゴい迫力ですね」

「同じ班の人たち引いてるけどね」

 話しかけてきたサキに私は苦笑いしつつ返事する。

「セイラさんもお父さんのために、美味しいもの作らないとですね」

「えぇー私はどうだろーなー。私じゃお姉ちゃんに敵わないし……」

 私がそう答えると、サキはニコッと笑って小さく首を横に振った。

「料理は愛情ですよ、セイラさん」

「……!」

 愛情と聞いて、私は思わず計量カップを落としそうになる。

「ああ愛情ってべ、別に私はパパ相手にそんなお姉ちゃんみたいな変なアレとかかか考えてなんてあばばば」

「……?」

 慌てふためく私にサキは小首を傾げる。

「私、そんなに変なこと言ったでしょうか? ある意味テンプレートなセリフだったと思うのですけど」

「……ハッ!?」

 言われてみればそうだ。

 それなのにこんな取り乱して何してんの私!?

 サキに変な誤解を与えちゃうじゃん!

「いや、その違くて! えっとあのっ! な、何の話だったかなぁ~?」

「お父さんにカップケーキを作る話ですよね?」

「うん! そう、それ! よーし、お姉ちゃんに負けないカップケーキ作るぞ!」

「受けて立ちます!」

「うっわあ!?」

 突然後ろから大声を出されたかと思ったら、いつの間にか私たちの話を盗み聞きしていたお姉ちゃんが立っていた。

「妹といえど容赦はしません! この前の『スマッシュシスターズ』の借り、今日ここで返してあげます!」

「いや、あれはお姉ちゃんから勝負吹っかけてきたんじゃん!」

 私はツッコミを入れるが、お姉ちゃんは話を聞いてない。


「こうなったらさらなる高みを目指すため、一から全部作り直しです! 皆さん、いきますよ!」

「ヒエェ~!」


 な、なんか巻き込んじゃってゴメンなさい。

 私は心の中でお姉ちゃんの班の人たちに謝りつつ、どうしようと頬を掻く。

 ていうかゲームならともかく、料理で私がお姉ちゃんに勝てるわけが……。


『料理は愛情ですよ、セイラさん』


 と、そこで先程のサキの言葉を思い出す。

 料理は愛情。

 古典的文句だけど、悪くない言葉な気がする。

 変に言い訳するより、よっぽどいいかも。

 ま、まあ愛かどうかは別として、パパのことは嫌いじゃないわけだし?

 日頃の感謝を伝えるくらいいいのかもだし?

 べ、別にお姉ちゃんに感化されたわけじゃないんだから!

「サキ、2、3個だけ自分で作ってみたいから、作るの見ててくれる?」

「ええ、いいですよ」

 私の頼みに、サキはこころようなずいてくれる。

 ホント、こういう時のサキは頼りになるなぁ。

「味見は私に任せろセイラー!」

「ユイの分はないわよ!」

 パパの分って言ってるでしょ!

 まったくもう……。

 でもちょっといい具合に力が抜けた。

 みんなで作った分は、大きいのをユイにあげよう。

「さーて、じゃあいっちょ頑張りますか!」



 最初にサキが言っていたように、お菓子作りは分量さえ間違えなければ、案外何とかなった(でもちょっとだけ焦げたけど……)。

 サキが傍で見ててくれたのもあり、無事にパパへのカップケーキは完成した。


 一方、圧倒的優勢だと思っていたお姉ちゃんだけど……。

「夏目キララさん! お題はカップケーキですよ? 何でこんなウエディングケーキみたいな物作ってるんですか!?」

「スミマセン先生! お父さんへの愛が暴走しました!」

 まあなんか、そんな感じで家庭科の先生に材料の使いすぎとかで怒られていた。

 ちなみに作ったウエディングケーキは持って帰る方法がなかったので、クラスのみんなと先生で分けて食べた。メチャクチャ美味しかった。

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