長月流 その2

「アッハハハ!」

 陽ノ目ひのめそうに酔っ払いたちの笑い声がこだまする。

 ダイニングのテーブルの上には、ビール缶に酒瓶がゴロゴロ。

 晩酌ばんしゃくしているのは僕とナガレと二ノ木にのぎさんの大人組。

 さすがに子供たちは部屋に帰らせた。

 そうして酒が飲める三人だけで、延々とくだらない世間話を続けていた。

「へぇー、それじゃナガレっちとコノハっちは長いつき合いなのねー」

「まあ、親同士が仲よくて、子供の頃からのつき合いですからね」

「アハハ―、いいねーそういうのー」

 お酒でほおを上気させた二ノ木さんは楽しそうに笑っている。

「オウ! まー俺たちは親友だからなーコノハ」

 ナガレも盛大に笑いながら僕の肩に腕を回してきた。

「よく言うよ。大概お前の悪巧わるだくみに僕が振り回されていただけじゃないか」

 かく言う僕もだいぶ呑んでいて、つい軽口を叩く。

「いつ俺が悪巧みなんてしたよ?」

「年がら年中だ。特に生徒会長のお前が仕切った高校の時の学園祭なんかヒドかったろ」

「あれは生徒会としてイベントを盛り上げるためだった。仕方がなかった」

「僕は生徒会じゃなかったんだが……」

「優秀な奴は誰でも使う。俺の生徒会長としての手腕だな」

「ただの職権乱用だろ」

 旧友と酒をみながら昔話で盛り上がる。

 我ながら大人になったというか、としを取ったなぁと思う。

「まったく、僕もよくナガレとつき合いを続けたもんだよ」

 僕は苦笑いしつつツマミに用意したサキイカをかじる。

「親友になんて言い草だ」

「悪友の間違いだろ」

「友情の深さは変わねーよ」

「はいはい。そーだな」

 相変わらず何言ってもめげない奴だ。

 まあ別に僕も本気で言ってるわけじゃない。

 実際何度も苦労させられたが、結局僕も好きでナガレの手伝いをしていたのだ。

「いいねー。男の友情って感じ」

 二ノ木さんがニヤニヤしながら僕たちに向かって呟く。

 どうやら僕とナガレのやり取りを酒の肴にしていたらしい。

「ふたりネタに同人誌どうじんし描いてもいい?」

 と、突然とんでもないことを言い出した。

「やめてください」

「何か知らんがいいぞ」

 僕とナガレは同時に答える。

「なんだよコノハ、別にネタにされるくらいいいだろ」

「よく分からないのに返事をするなバカ」

「誰がバカだ」

「お前だお前」

「あーいいわねー。そういうの見てるとインスピレーションが湧いてくるわ」

 二ノ木さんの眼光がドンドン捕食者のソレになっていく。

「二ノ木さん、同人誌も描くんですね」

「ぶっちゃけ本業より儲けてる」

 彼女はグッと親指を立てる。

「けど本当に勘弁してください」

「えー、ダメー?」

「さすがに毎日顔を合わせる人にネタにされるのはちょっと……」

「いいじゃん。私とコノハっちの仲でしょ?」

「えっ、何? コノハってばもう住人に手ェ出したの?」

「出してない出してない」

「じゃー冗談か?」

「えー、でもコノハっち私にち〇こも見せてくれたじゃない」

「コノハ?」

「あれは資料として……」

「いや、ち〇こが資料って意味分からんのだが」

「だーかーらー」

 僕は普段あまり出さない大声を出して必死に弁解を繰り返した。

 その間、二ノ木さんは笑い続けており、ナガレもずっとニヤニヤして僕をからかい続けた。

 そんなバカなことをしながらもお酒は進む。

「ぐぅー」

 やがて一番多く呑んでいた二ノ木さんがまず机に突っ伏して寝始めた。

 僕はそこそこ抑えていたが、結構頭がフラフラだ。

「おーなんだコノハ、顔がブレてるぞ」

「そりゃナガレの目が回ってるんだよ」

「あーそっかー。ヤベェな明日も仕事なのに」

「泊まってくなら朝に味噌汁でも作るけど?」

「あー……いや、いいや。帰る」

「そか」

 もう夜の十一時を回っている。

 さすがに眠くなってきたし、そろそろお開きの時間か。

 空き缶と空き瓶を片付けないと……。

 あと中途半端に残ったおつまみも片付けて……。

 洗った皿も片付けて……。

 片付け……片付け……。

 ……。

 面倒臭い。

 片付けは明日の朝でいいか。

 なんて、僕が片付けのことで頭がいっぱいになっていると。

「そういやキララちゃんとセイラちゃんだっけ? あの子たちも大きくなったよなー」

 ふとナガレがそんなことを言った。

「まあ、もう中学生だからな」

「そっか。もう12年も前か……」

 ナガレは昔を思い出すようにしみじみと呟く。

「あの時はビックリしたな。まさかコノハがいきなり赤ん坊をふたりも抱えて現れるなんて」

「ナガレ!」

「あっと」

 ナガレはしまったというように口を手で抑える。

「その話は人に聞かれたくない」

「悪い」

「いや、こっちも怒鳴どなって悪かった」

「……あの子たちもう寝てるよな?」

「たぶん。それに、部屋までは聞こえてないと思う」

 どちらかと言えば僕の声の方が大きかった。

 過剰かじょう反応しすぎた。

 だが、その話は少々デリケートだ。

「……しかし、まだあの子たちには何にも話してないんだな」

 ナガレはお酒でくちびるを湿らせてから、声を小さくしてたずねてくる。

「まあ、まだ中学生だからな」

「でも敏感びんかんな年頃だろ」

 僕の言い訳に、ナガレはすかさずツッコむ。

「あの時は俺にすら何にも話してくれなかったが……さすがに娘には全部話しておいた方がいいんじゃないか?」

「……その内な」

 僕はそう返事をしてから、フラフラのナガレのためにタクシーを呼んだ。

「じゃーなーコノハー」

「またな」

 僕はナガレの乗ったタクシーを見送ったあと、ふと空を見上げる。

 ビルのない空は月と星ばかりで、それでも確かに明るかった。

「……」

 星を眺めながら、僕は先程のナガレとの話を思い出す。

 ナガレは、キララとセイラが僕の“娘になった”当時のことを知るひとりだ。

 その件では彼と彼の父親にはとてもお世話になった。

 今でも一生の恩だと思っている。

 そんな彼らにすら、僕は娘たちのことを全部は話していなかった。

 そうあれは、12年前のこと――

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