狩野紫凜の優雅なる休日

狩野かりや紫凜しりん

 毎度ご利用ありがとうございます。××××グッズ通販サイトです。本日お荷物の発送が完了しました。

 ご到着の確認は下記のリンクから~~~。』

 私は昨日届いたメールを読み返し、リンクから配送業者のお荷物追跡サービスを確認する。

「現在配達中、か」

 そりゃそうよね。

 10分前も配達中だったし。

 私はウェブとメールを閉じ、時計を見る。

 メールと繰り返しにらめっこしていたら、いつの間にかもう午後だ。

 お昼とか食べ忘れてたけどまあいいや。

 もうすぐ『仁義じんぎ忍道にんどうゴクドウちゃん』のゴクドウちゃんフィギュアが届く。

 完成品写真を見た時から心射抜いぬかれて、発売を何ヶ月も心待ちにしていた。

 届いたらどこに飾ろう?

 机の上?

 テレビ台?

 本棚の空いてるスペースとか?

 本当届くのが楽しみで仕方がない。

 このままではずっとソワソワしてしまう。

 適当にソシャゲでスタミナ消費でもしてようかな。

 コンコン

 私がスマホ片手に布団に寝っ転がろうと思った矢先、ドアがノックされた。

「……」

 来客と知って、つい私は身構える。

 正直、人付き合いはあまり得意な方ではない。

 人見知りだし、会話も苦手だ。

 正直居留守を使いたいが、今日はフィギュアが届く日。

 配達の人が来たらどの道部屋を出ねばならず、その時に居留守を使ったことがバレてしまう可能性がある。

 そんな場面、想像しただけで胃が痛い。

 ここでの居留守はハイリスクすぎる。

 私は観念かんねんしてスマホを枕の上に放り投げ、ドアへと向かった。

「はい?」

 ドアを開け、小声で応対。

 廊下に立っていたのは、管理人さんの娘さんの、たぶん妹さんだった。

「あの~パパが晩ご飯お蕎麦そばにするつもりなんだけど、アレルギーないか聞いてこいって言われて」

「あ、アレルギーはその、ないです。はい」

「了解でーす」

 妹さんは私の返事を聞いて軽く敬礼。

 その仕草はある種フレンドリーで、傍目はためにとてもかわいらしい。

 これがリアルJC女子中学生の若々しさ。

 マンガだったらたぶん背景メッチャキラキラしてる。

 私みたいな地味JD女子大生なんかそばにいるだけで光で浄化されて蒸発しそう。

 まあ、それは置いておくとして。

「……」

 改めて見ても、この子は美人さんだなぁと思う。

 もちろん双子のお姉さんも。

 美人姉妹という奴だ。

 特に妹さんはファッションもあか抜けてて今時っぽい。

 同じ教室で授業受けるだけで同級生男子からお金取れそう。

 回避不能JCリフレ。

 でもこの子になら喜んでお金払う人たぶんいる。

 って、あんまり変な想像するのも失礼かもしれない。

 というか失礼だ。

 あれ? でも妹さんも私の顔ジッとみているような……?

「あの、お姉さんのそのメガネって伊達だてですよね?」

 ふと妹さんが小首を傾げながら尋ねてきた。

「え、これ?」

 いきなり話しかけられ、私は若干キョドりながら自分のメガネを指差す。

「うん、確かにこれは伊達だけど」

「やっぱり! それ、お洒落しゃれだなぁと思ってたんですよ」

「うぇ!?」

 ビックリしてつい変な声が出てしまう。

 だってこれは単に人の視線避けでかけていただけで、お洒落のつもりなんてサラサラなかったのだから。

 こんなお洒落な子に思わぬ誤解をされ、私はわけが分からず思わず赤面する。

「私も一個くらい持っておこうかなぁ。それかサングラスとか。あの、お姉さんのオススメのお店とかってありますか?」

「あ、の、えっと……!」

 どうしよう。

 どうしよう。

 どうしよう。

 慌てすぎて目が回りそう。

 もう冷や汗ドバドバ。

 逃げ出したい気持ちでいっぱいいっぱいだ。

 ていうか、どこで買ったかとか覚えてない。

 それならそれで正直に答えればいいのだが、コミュ障特有の『もしそれでガッカリされたらどうしよう』という不安に襲われ、何とか思い出そうと無意味な努力を続けてしまう。

 と。

「おーいセイラー。ちょっと手伝ってー」

 その時、共用台所から管理人さんの声。

「はーい。今行くって」

 妹さんは振り返って返事をする。

「スミマセン。なんか呼ばれちゃったんで、また今度教えてくださいね」

「あ、うん」

 私は小さくうなずき、妹さんと別れる。

「ふわああ~~」

 ドアを閉めたあと、私はズルズルとへたり込んだ。

 き、緊張した~。

 人と話すだけでもハードル高いのに。

 おまけにあんな美人な子にお洒落と勘違いされるなんて。

 もうなんだか恥ずかしくって顔から火が出そうだ。

「お洒落かぁ……」

 伊達メガネをイジりながら呟く。

 さすがにゼロとは言わないけれど、そちら方面にあまりお金はかけていない。

 私にとってお化粧はお洒落ではなく身嗜みだしなみだ。

 最低限、社会に溶け込むためのマナーと同じ。

 なので正直最低限できていればいいとしか思っていない。

 化粧品にお金をかけるくらいなら円盤BDマラソンするのが私。

 我ながら女子力低いなぁ……。

 意味もなくヘコむ。

 何か気分転換しよ。

 私は携帯ゲーム機ヴェータβの電源を入れ、イヤホンを耳に差す。

 画面に浮かぶのは『狩猟しゅりょう仁義伝ゴクドウちゃん』のタイトル。

 ゴクドウちゃんがなぜかモンスターだらけの世界に登場し、あれこれ狩りをしながら狩猟王を目指すというコンセプトのゲームだ。

『今日もモンスターの土手っ腹に風穴開けるよ!』

 今日もゴクドウちゃんの楽しげなボイスでゲームが始まる。

 アップデートで次々と新装備が増えるのが楽しい。

 特に最近追加された『極道ごくどう退魔忍たいまにん装備』は超欲しい。

 素材集めメチャクチャ大変だけど……。

 まぁ私はそういうのも嫌いじゃない。


 三時間後。


 欲しい素材が全然落ちない。

「やっぱりこのゲームバランス調整おかしいわ」

 私は文句を言いながらゲーム機をベッドに投げ出す。

「アイテムドロップ率だけはなー、ホントなー、そこだけ何とかして欲しー」

 でもキャラクターは凄い好み。

 装備もカッコいいのからエッチなのまで豊富だし。

 だからその装備を作る素材を何時間もかけて集めるのだけど……アホみたいに乱数が片寄った時なんかは凄い徒労感。

 極悪ごくあく極道ビキニ作りたいのに……。

 別名悪堕あくおち装備と呼ばれるビキニ姿のゴクドウちゃんを脳裏のうりに思い浮かべる。

「……うへへ」

 まだネット画像しか見たことないけど、あれいいよね。

 やっぱり欲しい。

「もうひと狩り行くか……」

 復活した私はもう一度ヴェータの電源を入れた。


 二時間後。


「き、キター!」

 やっとお目当てのアイテムが落ちた!

 思わずヴェータを持ったままバンザイをしてしまい、イヤホンが耳から引っこ抜ける。イタい!

 でもそんなこと気にならないくらい興奮していた。

「やったやった! これでビキニが作れる!」

 私はベッドの上でピョンピョン跳びはねながら、早速アイテムを合成して装備を作り始める。

 この合成画面がまた凝っているのだ。

 武器や防具が出来上がるまでの時間いつもワクワクしてしまう。

「フーンフーン……あれ?」

 合成画面を眺めて鼻唄はなうたを歌っていた私は、ふとバイクの発進音に気づく。

 あれ……もしかして配達バイクの音?

「……ヤバッ!」

 イヤホンしてた所為で配達の人が来たのに気づかなかったのかも。

 待望のゴクドウちゃんフィギュアが行っちゃう!!

 まだ間に合うかもと思って、私は慌てて配達員さんを追いかけようと部屋の外に飛び出る。

「キャッ!」

「わっ!」

 と、ドアの前にいた誰かに勢い余ってぶつかってしまった。

 管理人の夏目なつめさんだった。

「っと、スミマセン。お部屋にいらっしゃったんですね」

「あ……こちらこそスミマセン」

 私は思わず目をせながら謝る。

 うぅ……男の人苦手。

 近寄られるだけで緊張で尿意にょういもよおしてしまう。

 ていうか、何で私の部屋の前にいたんだろう?

「狩野さん、お荷物が届いてますよ」

「はい?」

 そこでふと私は管理人さんの手の中にある物に目を留める。

 見るからにフィギュアが入っていそうな大きさのダンボール箱。

 いや、それはいい。別にいい。

 私が目を剥いたのは、そこに張られた宅配ラベル。


「『仁義忍道ゴクドウちゃん』のゴクドウちゃんフィギュア 1点」


 た、宅配テローーーーー!?

「うわわわ!」

 私は慌てて管理人さんから箱をひったくる。

「なな何で管理人さんがこれを!?」

「いえその、配達の方がお部屋の扉をノックされていたのですが、狩野さんが出てこられなかったようなので、私の方でお預かりしておいたんです」

 やっぱりイヤホンをしてた所為で配達に気づかなかったらしい。

 いや、過ぎたことはもういい。

 それより問題なのは。

「あの……管理人さん」

「はい?」

「…………これ、見ました?」

 私は恐る恐る尋ねる。

 管理人さんは最初質問の意味が分からなかったみたいだけど、やがて何のことか分かったようで「ああ」と小さく頷いた。

「すみません。受け取る時に商品名に目が行ってしまって」

「あああ~~~~」

 私は呻き声を上げてその場に崩れ落ちた。

 まさかの趣味オタバレ!

 ツヅラさんにすら隠し通してきたのに。

 よりにもよって、まだ会って間もない管理人さんにバレるなんて。

 鬱だ。死のう。

「あ、あの狩野さん?」

「……」

 管理人さんが声をかけてくるが、それに答える気力もない。

 私が力なくうずくまっていると、管理人さんはふと咳払いをした。

「狩野さんが何を気にされているか大体察しはつきますけど、その、安心してください」

「……?」

 私は何がと思って顔を上げる。

「実は私この前まで出版しゅっぱん社でつとめてまして、ライトノベルの編集をやってたんです」

「……!」

「もちろんマンガもアニメも好きですし、ゴクドウちゃんも見てましたよ」

 なんだか凄いフォローされてる。

 というか、え?

「編集さんって、どこの出版社のですか?」

幻想社げんそうしゃです」

「幻想社って……マジですか」

 私もよく知っている出版社だ。

 そのレーベルのラノベもたくさん持ってる。

 ヤッバ、興奮してきた。

「じゃ、じゃあ上坂かみさか先生とか餓斗がと先生とかともお知り合いなんですか!?」

「え、ええ。直接担当したことはありませんけど、パーティーとかで挨拶くらいは」

「〇〇先生の新作っていつ出るんですか!?」

「えっと、スミマセン。そういうのは答えられないというか……」

「じゃあ……――」

 私はぐいっと前のめりになりながら管理人さんに詰め寄る。

 だって自分の好きな物を作る世界にいた人が、こんな近くにいるなんて。

「それじゃああの作品の続編は」

「えーと」

 知りたいこと訊きたいことがたくさんありすぎて、気がつけば管理人さんがたじろぐほど質問攻めにしていた。

「ちょ、ちょっと待ってください狩野さん」

「はい?」

「近いです」

「え……あっ!?」

 言われて気づいた。

 いつの間にか凄く顔が近い。

「すっ、あえ、っと、ご、ごめんなさい!」

「いえ、大丈夫ですから」

 勢い余ってついやってしまった……。

 この時たま暴走してしまう癖で何度も失敗しているのに、我ながら全然りてない。

 ていうか純粋に今のは恥ずかしい。

 だって男の人にあんなに顔を近づけて……。

「そろそろ夕飯ですので、お荷物置いたら食べに来てください」

「あ、はい……」

「それじゃあ」

 管理人さんはぺこりと頭を下げてきびすを返す。

 きっと夕飯の準備をしに行くんだろう……けど。

「あ、あの!」

 私は共用台所に戻る途中の管理人さんを呼び止める。

「はい?」

「えっと、あの……」

 私はその先を言うか迷う。

 正直恥ずかしい……けど。

 もう趣味オタバレしてしまったし。

 それに……ゴクドウちゃんの話とかしてみたいし。

「よ、よかったら、その、また編集さんだった頃の話とか聞かせてください」

「ええ、いいですよ」

 管理人さんはあっさりと頷いて、今度こそ共用台所に入っていった。

「…………っ!」

 管理人さんの後頭部が見えなくなったあと、私は全力で自分の部屋へと戻り、ベッドに顔からダイブして足をバタバタさせた。

「なーんーでーーーあんなこと言っちゃったンだろうーーー!?」

 オタ趣味全開の半ヒキコモリがなんて大冒険!

 いや、もはや蛮勇ばんゆうと言っていいのではなかろうか!?

 またっていつ!? あんな約束しちゃった手前、私から話しかけなきゃマズいよね!? そんな勇気どこから振り絞ればいいの!? 無理ゲー!!

「……」

 でも嫌な顔はされなかったし……。

 それに編集さんだったっていうなら、いろいろと理解もあるわよね?

 アニメも好きって言ってたし。

 年上なのに、さっきも凄い丁寧に答えてくれて。

 管理人さん……凄いいい人なのかも。

「いやでもそれも全部“大人の対応”だったのかもー!? ていうかどっちにしろまた私から話しかける問題が解決してないし!」

 男の人に私から話しかけるのがまず難易度高い。

 けど話しかけずに無視し続けるのもそれはそれで胃が痛くなりそうだし……。

 ああもう私はどうしたら!?

 助けてゴクドウちゃん!


 その後、部屋で悶々とし続けた私は、再度夕飯に呼びに来た管理人さんとまともに顔を合わせることができず、その日は終始うつむいたまま晩ご飯を食べました。

 お蕎麦はとても美味しかったです。

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