12年前 その1

 ――12年前。冬。

 それは高校から家までの帰り道での出来事だった。


「雨とかツイてないなぁ」

 僕は傘を持ち上げ、冷えた両手に息を吐きかける。

 ナガレの生徒会を手伝ったおかげで、すっかり遅くなってしまった。

 夜に降る雨は殊更ことさら冬の空気を冷たくしていた。

 こんなことならナガレの口車くちぐるまに乗るんじゃなかった。

 頭の中でため息をつくが、さほど本気でもない。

 ナガレが僕に手伝いを頼んだのは、彼なりの気遣いだろう。

 どうせ家に帰っても、ひとりでやることもないのだし。

 なら生徒会の手伝いでもしている方が気は楽だ。

 ただまあ、帰る時間くらいは気にするべきだったかもしれない。

 おかげでバスを乗り逃がした。

 次のバスまで一時間も雨の中待つのが億劫で、ついこんな夜道をひとりで延々と歩き続ける羽目はめになっている。

「はあー」

 もう一度息を吐きかけ、両手を擦り合わせる。

 裸の手は氷のように冷たい。

 手袋を家に忘れたのは失敗だった。

 帰ったらインスタントラーメンでも作ろうか。

 野菜は冷蔵庫にあっただろうか?

 なければカップ麺でもいい。

 そんなことを考えていると、ふと雨がやんだことに気づいた。

 いや、雨音は聞こえている。

 僕の周りだけ降っていないのだ。

 なぜなのかと思い、傘を上げて頭上を見上げる。

「え……?」

 そして、僕は驚きのあまり傘を落としてしまった。


 は僕の頭上に浮かんでいた。


 デカい。

 丸い。

 それを正しく何と呼ぶべきのかは分からなかった。

 ただ世間一般で云われる名称は覚えがある。

 未確認飛行物体。

 いわゆるUFOだ。

「……」

 僕はぽかんと口を開けて、ただボーッとUFOを見上げていた。

 人によっては叫んだり逃げたりする場面なのだろうが、僕はそこから動けなかった。

 その圧倒的な存在感を前に思考がストップしていたんだと思う。

 UFOもしばらくそこを動かなかった。

 頭上の船体はほのかに明滅を繰り返している。

 まるで月か星のようだと、若干間の抜けた感想を抱いた。

 やがてUFOは飛び去った。

 飛び去る時は一瞬で音もなく、本当に気がついたらいなくなっていたというのが適切だった。

 UFOという屋根を失い、再び雨が頭の上に降り始める。

「……」

 あまりの現実感のなさに、僕は傘を拾うのも忘れていた。

 今のは本物だったのか?

 それとも幻覚か?

 僕は夢を見ているんじゃないか?

 ナガレに話したら信じてくれるだろうか?

 そんな益体やくたいもない思考が頭をグルグルと回る。

 機能停止した僕の目を覚ましたのは、足許あしもとから上がった声だった。


「おぎゃー!」


「!?」

 呆然ぼうぜんとしていた僕はビックリして、その場でスッ転んでしまった。

「痛てて」

 僕が打った尻をさすっていると、再び例の声が聞こえてくる。

「おぎゃー!」

「ふぎゃー!」

 増えてる……。

「……」

 僕はそこでようやく自分の傍に段ボールが落ちているのに気がついた。

 ありふれた引っ越し屋の段ボール。

 その中から声は聞こえていた。

 僕は恐る恐る手を伸ばし、そのフタを開ける。

 するとそこには、予想通りがふたり入っていた。

「……」

 僕はまた機能停止する。

「ふぁ?」

「あぅ?」

 赤ちゃんたちもいきなりフタが開いたことに驚いたらしく、目をまん丸にして僕のことをジッと見つめ返していた。

 その赤ちゃんたちは顔が瓜二つだった。

双子ふたご……?」

「えぅ」

「あぅ」

 双子は肯定こうていするように返事をする。

 その顔に雨がポタポタと降りかかる。

「えっと……あ」

 僕は慌てて傘を拾い、赤ちゃんの上に掲げた。

「…へぷちっ!」

 赤ちゃんがクシャミをする。

 傘で雨は防げても、この寒さまでは防げない。

 このままでは風邪かぜを引くし、赤ちゃんの体力を考えたら最悪凍え死……。

「っ!」

 迷っている暇もない。

 こうして外にいるだけで、この子たちの体はドンドン冷えていくのだ。

 僕は赤ちゃんたちの入った段ボールのフタを閉めると、それを両腕で抱えて急いで家まで走った。

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