夏目キララの学校生活

 ある日の学校で。

「キララさん、何してるの?」

「花瓶の水が減っていたので替えていたんです」

「へぇー。あ、そうだ。実は次の授業で先生に当てられそうでさ、ちょっと宿題見てもらってもいい?」

「いいですよ」

「ありがとーいつも助かるよー」

「いえいえ」

 私は手を振り、彼女の宿題を手伝います。

 少し公式を間違っていたので、そこを訂正してあげたらとてもスッキリした顔でお礼を言われました。

「つまり、ここのxはこう求めるんです」

「そっかー、なるほどねー。なんか変な覚え方してたみたい」

「一度間違った方が印象に残って、かえって覚えられますよ」

「かもねー。それにしてもキララさんってホント頭いいよねー。いつ先生に当てられてもスラスラ答え出るもん」

「いえいえ」


 またある時。

「あのーキララさん?」

「はい?」

「キララさんってさ、お菓子作り得意だよね」

「それなりには」

「謙遜しなくていいよー。この前の家庭科で作ったウエディングケーキも凄かったし」

「え? ウエディングケーキを作りたいんですか?」

「違う違う! いや、当たらずとも遠からず……かも?」

「?」

「あー……うん、キララさんならまあいいかな。実は、ちょっと気になる相手がいて」

「まあ」

「それでさ、今度一緒に遊びに行くから手作りお菓子とか持ってこうかなーって」

「素敵です」

「えへへ。それでさ、キララさんにちょこっと、美味しいクッキーの作り方のコツとか教わりたいなーって」

「もちろん、いいですよ」

「ありがとう! キララさんってホント何でもできるよね」

「いえいえ」


 たまにはこんなことも。

「おーい、委員長」

「?」

「委員長?」

「もしかして、私のことですか?」

「そうそう。さっきから呼んでるだろう?」

「先生。このクラスの委員長は私ではありませんよ?」

「……あ。スマンそうだったな」

「いえ、大丈夫です」

「いやー、お前があまりにも委員長らしすぎてなー。選ぶ時の推薦も多かったし、ついうっかりな」

「いえいえ」


 というようなことが、わりとよくあります。

 結局、先生の頼み事も受けてしまいましたし、今日はちょっと人からの相談事が重なる日みたいです。

「何だねそれは? 遠回しな自慢かな?」

「いえいえ」

「ならいいけど、優秀な人の苦労話はともすると自慢話に聞こえるから程々にね」

 私の話を聞いていた四条さんは肩を竦めつつそう言いました。

 今私たちがいるのは図書室。彼女は図書委員だ。

 前に私がここでお父さんの元担当作家さんのライトノベルを見つけ、それを借りた時の当番が偶々たまたま彼女で、そこで話しかけられたのがキッカケで仲よくなりました。

「そう言われましても、さすがに疲れてしまう時もあります」

 私は軽い愚痴ぐちのつもりでため息をつく。

「何で皆さん、こんなに私に相談事を持ってくるのでしょうか?」

「まあ、単純に頭がよくて器用だからっていうのもあるけど」

「けど?」

「キララってファザコンでしょ?」

 四条さんは特に含みもなくその点を指摘しました。

 カウンターに背を預けていた私は、後ろで受付椅子に座る彼女を振り返ります。

「それが何か関係あるのですか?」

「キララみたいに美人で何でもできると、普通は人からやっかみを受けるものなの」

「……?」

「それがまー上手いこと相殺されてるっていうか、ギャップというか」

「ギャップ、ですか?」

「まあつまり、いいように作用してるってこと」

「はぁ、そうですか」

「じゃなきゃキララに恋愛相談なんて誰もしないよ。ライバルにならないからって思われてるの」

「……なるほど」

 よく分かりませんが、とりあえずうなずいておきました。

 そんな私を見て、四条さんは意地悪い笑みを浮かべる。

「けどまーキララも勿体ないよね」

「何がですか?」

「もうちょっと同級生に興味持ったら? 先輩でもいいけど。恋愛っていいものらしいよ、知らんけど」

「そう言われましても……困りましたね」

 私は恋愛的な意味でもお父さんが好きなのですが。

 それは周りに言うなとセイラから釘を刺されてますし。

 私が困って口を閉じていると、四条さんは苦笑いします。

「ていうか、キララとよく話す所為で私も取り次ぎ頼まれて面倒なんだよね」

「御迷惑でしたか?」

「いやいや、そういうんじゃないけどさ」

 四条さんは今度は普通に笑います。

「話を元に戻すけど、要するにキララは何でもできるし親しみやすいから、何かと周りから頼られやすい体質なんだよ」

「そんな……私にだって苦手なものくらいありますよ?」

「へぇー、どんな?」

「それは……」

 と、言いかけたところで壁にかけられた時計が目に入る。

「忘れてました。そういえば、先生に頼まれて図書室の資料を取りに来たんでした」

「えっ、そうだったんだ」

「四条さんが話しかけてくるからですよ、もうっ」

「それは八つ当たりじゃないかなー」

 まったくその通りなのでぐうの音も出ない。

「で、何の資料を取ってこいって言われたの?」

「えっと、図書準備室にあるそうなんですが、歴史の授業で使う……」

 私が本のタイトルを言うと、四条さんは「ちょっと待ってて」と言い、数分で資料室からその本を持ってきてくれました。

「はい、これでしょ」

「ありがとうございます」

「いいって。暇潰しにつき合ってくれたお礼」

 四条はそう言って本を私に手渡します。

「キララはいい子だと思うけど、あんまり便利に使われすぎないように気をつけなね」

「? はい」

 私は四条さんにお礼を言って、その本を職員室に届けます。

「おお、助かったよ。ちょっとほかの野暮用で手が離せなくてね」

「いえ、大丈夫です。それでは失礼します」

 私は歴史の先生に頭を下げて、職員室を出ます。

 さて、用事も終わりましたし教室に戻りましょうか。

 と思った時。

「あっ、キララさん!」

「?」

 名前を呼ばれて振り返ると、そこには見覚えのあるクラスメイトがいました。

「ちょうどよかったキララさん! お願いしたいことがあるの」

「どうかしましたか?」

 とりあえず尋ね返します。

「実は球技大会のポスター作るんだけど、もうすぐ〆切なのにデザインが決まらなくて困ってるの。キララさん、この前の美術の時間も先生に褒められてたでしょ? ちょっと手伝ってもらえないかしら?」

「はい。いいですよ」

「ありがとー!」

 私がうなずくと、彼女は喜んで跳び上がりました。

 頼まれた時、先程の四条さんの言葉を思い出しましたが……まあ、私がいいと思うのだからいいでしょう。

「じゃあ、ちょっと今からで悪いんだけど一緒に来てもらえる?」

「ええ」

「よかった! じゃあ、こっちね」

 よっぽど急いでいるのか、彼女は私の手を引いて階段を駆け上がります。

「……?」

 てっきり美術室へ向かうのかと思いましたが、ちょっと方向が違います。

「あの、どちらに?」

「どちらって、ここだよ。パソコン室」

「え?」

「さ、入って入って」

「あ、あの」

 引かれるがまま、私はぱそこん室に入ります。

 中には彼女のポスター仲間と思しき方々が2、3人いらっしゃいました。

「あれ、キララさん? どしたの?」

「聞いて聞いて! キララさんもポスター作り手伝ってくれるって!」

「わっ! ホント? 助かる~」

 いきなり歓迎ムードです。

「えーと……」

 お役に立てると思ってついてきましたが……困りました。

「あの、なぜぱそこん室に?」

「え? もちろんポスター作るためだよ?」

「やっぱり……そうですよね」

 今は年賀状もぱそこんで作れる時代ですからね。

 たぶん、ポスター作りもぱそこんでやられるのでしょう。

 でも……困ったことに私はこういったはいてくには滅法弱いのです。

「スミマセン。お手伝いできればと思ったのですが、私ではお役に立てそうには……」

「え?」

 私が遠慮がちに言うと一瞬驚かれましたが。

「って、またまた~」

「え?」

「キララさん何でもできるんだから、そんな謙遜けんそんしなくていいってば~」

「え、いや、あの」

「じゃ、そっちのパソコン使って。私たちも何案か出してみるから、あとで皆でどれにするか決めよう?」

「あ、えっと…………はい」

 つい勢いに押しきられてしまいました。

「……」

 私は仕方なく指定されたぱそこんの前に座ります。

 画面には絵を描くそふとが起動していますが……どうしたものでしょうか?

 振り返ってみますが、皆さんすでに自分の作業を始められていて、質問できる空気ではありません。

「えっと……」

 とりあえず、まうすを握ってみます。

 確か、これでかぁそるを……あれ? 上手く動きません。

 何ででしょうか?

 ちっとも動いていない気がします。

「スミマセン。かぁそるが動かないようなのですが……」

「えっ、マウスの不具合かなー?」

 三つほど隣の席で作業していたクラスメイトは首を傾げます。

「ちょっとケーブル抜き差ししてみて」

「え? いいんですか?」

「うん? ダメだったら再起動してみてー」

「えっと……分かりました」

 私はおっかなびっくり頷きます。

 ぱそこんのことはよく分かりませんが、ケーブルってそんな簡単に抜いたり差したりしていいものなんですね。

 でも家電もたまに調子が悪い時はそうしてみますし、ぱそこんも同じなのかもしれません。

 納得した私はぱそこんが置いてある机の下に潜り込み――ぱそこんのを引っこ抜きました。

「うわっ!」

「画面消えた!」

「ちょっ、キララさん何してるの!?」

「え?」

 大混乱するパソコン室の中で、ひとり事態が呑み込めない私はポカンとしてしまいました。

 あとで教えてもらったのですが、どうやら抜いていいのはマウスのゆーえすびーケーブルで、パソコンの電源はいきなり抜いてはいけないそうです

 私は皆さんに平謝りし、その後普通に紙に描いたデザインをすきゃん(?)でぱそこんに取り込んでもらって、何とか無事にポスターは完成しました。

 失敗してしまいましたけど、最終的にお役には立てたのでよかったです。

 ただなぜか……あのあと私が機械音痴であることが一瞬で全校に広まりました。

 私にも苦手な物があると分かってもらえたのはよかったのですが……なんだかちょっと複雑な気分です。

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