UFOの日のサキ

 6月24日は世界的にUFOの日だ。

 アメリカでUFOが目撃された日にちなんでそう呼ばれている。

 まあ、だからと言ってUFOがやってくるわけでもない。

 今日もいつもと変わらない普通の日曜日だ。

 が、サキさんにとっては違うようだった。

「ミステリーサークルを作りましょう」

「……なるほど?」

 とりあえず、話を聞くことにした。

 僕はお茶をいれ、共用台所のテーブルにサキさんと座る。

「えっと、それでミステリーサークルでしたっけ?」

「はい」

 お茶を飲みながら、サキさんは微笑んで頷いた。

 ミステリーサークルというのは、有り体に言えば地上に描かれた不可思議な紋様のことだ。

 宇宙人からのメッセージとも言われるし、逆に宇宙人へのメッセージになるとも言われている。

 サキさんが作りたいと言っているのは後者のようだ。

「やっぱり今日がUFOの日だからですか?」

「そうですね。せっかくなので、UFOを呼んでみたくて」

 休日の昼間にミステリーサークルの話とはなかなかシュールだが、幸い僕とサキさんはお互いに秘密を共有する仲だ。滞りなく話は進む。

「しかし、場所はどうしますか?」

 一般にミステリーサークルは地面に描く。

 たまに畑の作物が刈り取られる形で突然現れることもあるが、イタズラという場合が多い。

 サキさんは能動的にミステリーサークルを作りたいみたいだが、もちろん大人としてイタズラはさせられない。

「近所に使っていない畑がありまして。持ち主の方に話したら、あとで元に戻すならやっていいと許可をいただきました」

 どうやらサキさんにその辺の抜かりはないようだ。

 あとは僕が頷くかどうかだが。

「……」

 実はちょっとやってみたい。

  娘のこともあって、SF雑誌のムーを購読していた時期があり、知識をつける内に興味も湧いた。

 しかし、出版社に勤めていたこともあって漫画やアニメなどの趣味が合う友人は多いが、こちら方面の同好の士は今まで身近にいなかった。

 だからというか、サキさんに「ミステリーサークルを作りましょう」と言われ、年甲斐もなくワクッとしてしまった。

「道具は?」

「ホームセンターで石灰を買ってあります。ローラーも学校から借りてきました」

「ミステリーサークルの図案はできてますか?」

「こちらに」

 サキさんはスッとプリント済のA4用紙をテーブルの上に置く。

 準備は完璧。

 用意は万端。

 これはもう、参りましたと言うほかない。

「是非やりましょう」

「ありがとうございます」

 僕とサキさんは熱い握手を交わす。

 というわけで、ということになった。



 外に出てみると、今日は梅雨とも思えない快晴だった。

 畑を使わせてもらう家の方にサキさんとご挨拶に行き、それからふたりでミステリーサークルを作る準備を始める。

 とりあえず昼の内に作り上げ、夜に改めてここへ戻ってくる予定だ。

「さてと、じゃあまず土をならしましょうか」

「はい」

 軍手をした僕らは、トンボを使ってデコボコの畑の土をふたりで均す。

 ひと通り終わらせて畑が平らになったところで、石灰をローラーに入れる。

「ではサキさんは図案を見ながら指示をください。僕が石灰でミステリーサークルを描いていきますので」

「分かりました。お願いします」

 地面に石灰で線を引くなんて高校時代以来だ。

 まあそれ自体は難しくない。

 難しいのはミステリーサークルを描くことだ。


「スミマセーン、そこ右じゃなくて左ですー」


「そこの円はもう少し小さくー」


「ごめんなさいー、線が歪んでますー」


「管理人さーん」


 うん、地面に大きな絵を描くのって難しい。

 自分で全体図が見えないから、気がつくと線が歪んだり、間違えてしまったりする。

 それにあんまり間違えすぎると、足跡でせっかく均した土がまたデコボコになってしまう。

 それでも時間をかけて何度も描き直していって……なんとか夕方前にミステリーサークルは完成した。

「できましたね」

「お疲れ様です。お茶買ってきました」

「ありがとうございます」

 さすがにノドが渇いていたので、早速サキさんから受け取ったお茶を頂く。

「では一度帰って、陽が沈んだらライトを持ってまた来ましょうか」

「あ、私LEDのランタン持ってます」

「それはいいですね。それにしましょう」

 僕とサキさんは使った道具を持って、陽ノ目ひのめそうへ帰る。

 何と言うか、不思議な充実感があった。

 ちょっと学園祭とか体育祭とか、学生時代のことを思い出してしまった。

「あっ、パパたち帰ってきた」

「ただいまセイラ」

 陽ノ目荘に戻ると、偶々セイラと出くわした。

「サキとどこ行ってたの?」

「え~と、まあちょっとその辺に」

「軍手して?」

「えっ、ああ、うん」

「……?」

 僕のヘタな誤魔化しに、セイラが怪訝な視線を送ってくる。

 と。

「今日ご近所で町内清掃があったんですよ。管理人さんと草むしりしてきたんです」

「えー、そうだったの?」

「はい。私はお手伝いです」

「なーんだ」

 サキさんの話を聞いて、セイラは興味を失ったようだ。

「フォローありがとうございます、サキさん」

「いいえ」

 僕とサキさんはコッソリと笑い合う。



 夜。

 夕飯もお風呂も終えた僕とサキさんは再び陽ノ目荘を抜け出して、ミステリーサークルを描いた畑へと戻ってきた。

「この時間になると周りも静かですね」

「そうですね。夜は車も通りませんし」

 僕らの会話もあっという間に夜の静寂に溶けていく。

 地面にランタンを置いた僕らは、明かりを挟んでそのまま腰を下ろす。

 それから空を見上げると、雲ひとつない星空が広がっていた。

「……」

 こんなにゆっくり夜に空を見たのは久しぶりだ。

 星が綺麗だな。

「これだけ星が綺麗だと、本当にUFOもやってきそうですね」

「はい……来てくれるといいんですが」

「……」

「……」

「サキさん」

「はい?」

「ちなみになんですが、サキさんはUFOを呼んでどうするつもりなのですか?」

 サキさんは自分を宇宙人だと言っていた。

 真偽のほどは彼女にしか分からない。

 それは置いておくとして、彼女はなぜUFOを呼びたかったのか?

 以前、陽ノ目荘の屋上でも宇宙人を呼ぶ呪文を唱えていた。

 もしかして、彼女は宇宙に「帰りたい」のだろうか?

「……それは」

「それは?」

「秘密です」

 そう答えたサキさんの表情は見えなかった。

 僕も僕でなぜそんな質問をしたのだろう?

「……」

 12年前、娘たちを拾った時に見たUFO。

 もし、キララとセイラがあのUFOから来た……つまり宇宙人だったら。

 それをあのふたりが知ったら、もしかして生まれ故郷に帰りたいと思うのだろうか?

 そんな不安が、あるいは心のどこかにあったのかもしれない。

「管理人さん、今日はありがとうございました」

「いえ、たいしたことではありませんよ。僕も楽しかったですし」

「……ふふっ」

 暗闇の中、サキさんが微笑む気配が伝わってくる。

「さっき秘密と言いましたけど、UFOを見つけて私以外の宇宙人に会えたらしたいこと、ひとつだけ教えます」

「何ですか?」

 気になって僕は尋ね返す。

「管理人さんはよい地球人だと宇宙人に紹介します」

「それは光栄です」

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