姉妹でお風呂

 この春、私は栃木とちぎに引っ越した。

 当然いろんな環境が変わったわけだけど、まあなんとかやってる。

 けどやっぱり腹立たしいというか、がたいこともあった。

 それは何かと言うと……。


 お姉ちゃんとのお風呂の時間だ。


「セイラ。そろそろお風呂入りましょう」

「……はぁーい」

 お姉ちゃんの声に私はのろのろと返事をする。

「それじゃあお父さん、お風呂いってきますね」

「はい。いってらっしゃい」

 居間でテレビを観ていたパパは軽く私とお姉ちゃんを見送る。

 陽ノ目ひのめそうのお風呂は時間割制で、18時から23時までが女性時間だ。

 住人間では特に何時から何時までは誰という取り決めはなく、みんな好きな時に入る。

 たまにサキとかとバッティングすることもあるけど、ここのお風呂は広いので一緒に入る分には問題なかった。

 その辺りのルールは何でもいいとして……。

「はぁ~、ここのお風呂は足が伸ばせて気持ちいいわね」

「……そうだね」

 肩まで湯船に浸かって気持ちよさそうなお姉ちゃんに、私は鬱々うつうつとした気分で生返事を返した。

 別に、お姉ちゃんに同意しないわけじゃない。

 広いお風呂は私も好きだし。

 足を伸ばすのも気持ちいいと思う。

 じゃあ何で私がこんなにお風呂が憂鬱ゆううつなのかというと。

 原因は、私の横目に映るふたつの物体。

 正確には二箇所の膨らみ。

 即ち、お姉ちゃんのオッパイだ。

「……」

 私は黙って自分のを見下ろす。

 ない。

 何度まばたきしてみても、ないモノはない。

 さすがに「まな板」とまでは言わないけど、お姉ちゃんみたいな「オッパイ」って感じの膨らみはまるで見当たらなかった。

 これ絶対おかしいよね?

 去年まではこんな差なかったよ?

 私たちって本当に双子だよね?

 正直こればかりは血縁を疑いたくなる。

 いやだって、この成長差はちょっとビビるんですけど。

 他人同士ならいざ知らず、私たち双子でしょ?

 一体どこで差がついたのか?

 慢心?

 環境の違い?


 同じ環境で育ってる上にバストアップ体操とかむしろ努力は私の方がしてるっつーの!


 なのに何でお姉ちゃんだけあんな立派なオッパイがついてるわけ?

 神様不平等すぎるし。

 遺伝子もっと働いて!

 まあ、お母さんが巨乳だったのか貧乳だったのか知らないンだけども……。

 ともかく、お姉ちゃんとの成長の差を嫌でも見せつけられるので、最近はお風呂の時間がとってもツラい。

 嫌なら一緒に入るのを拒否すればいいんだけど。

 一回断わろうとして泣かれたから無理。

 逆に理由を問い詰められて誤魔化すのに苦労したし。

 お姉ちゃんのオッパイ見たくないから一緒に入りたくない……とか言えるか!

「……どうしたのセイラ? そんなにこっち見て」

「何でもないし」

「そう? 何か悩み事があるんじゃない?」

 あるよ。オッパイの悩みが。

 もちろん、それも言えない。

「悩みなんてないし」

「ウソ。お姉ちゃんには分かるわよ」

「それこそウソ」

「ウソじゃないわよ」

「ウソ」

「ウソじゃない」

「ウーーーソ!」

「ウソじゃないってば」

 本当に分かるなら察してよ! 恥ずかしいから!

「あーもうしつこい!」

 私は腹いせにお姉ちゃんの胸に手を伸ばした。

 で、鷲掴わしづかみ。

 ……予想してたよりスッゴい柔らかかった。

 マジか。

 マジか。

 オッパイってこんななるの?

「ちょっ、ちょっとセイラ!?」

「……」

 お姉ちゃんが恥ずかしそうにしているが。

 うん、黙って。

 私はちょっと今受けているショックを処理するのに忙しいし。

 なんか見た目だけじゃなくて、実際触ると実感させられる。

 これがオッパイなんだって。

 だって自分のじゃ揉めないから、こんな感触知らないし。

 もう段々ショックを通り越して感動してきた。

「セイラってば、いい加減揉むのをやめて!」

 とうとう我慢できなくなったのか、お姉ちゃんは無理やり私を引きがした。

 それから両腕で胸をまもるようにして、ジトッとした目で私をにらんでくる。

「もうっ! こんなイタズラする妹のことなんか知りません!」

 お姉ちゃんはプイッとそっぽを向き、湯船から上がって体を洗いに行ってしまった。

 まあ悩み事の件をはぐらかせたので、私としてはありがたい。

 けどちょっと調子に乗りすぎたかも……今度アイスでもおごってあげよう。

 と、その時。

「うーイ、誰か入ってるー?」

 ふと風呂場のガラス戸が開いて、肩にタオルをかけたオッパイ痴女ちじょさんが入ってきた。

「おっ、夏目さんとこのたちがいるじゃーん」

 私は心の中で「ゲッ」と声を漏らす。

 そもそもこのオッパイ痴女さんが苦手というのもあるけど。

 それ以上に、あだ名の由来ともなっているその胸。

 彼女のオッパイの質量はお姉ちゃんすら圧倒している。

 私と比べたら何と何?

 月とすっぽん?

 いや、スイカと枝豆?

 もうなんか言ってて悲しくなってきた。

「やっほーセイラちゃん」

 こちらの気も知らず、オッパイ痴女さんは私の隣にやってくる。

「んーどしたの? 闇墜やみおちしそうな顔して」

「どんな顔ですか……」

「あはは、そんな顔」

 オッパイ痴女さんはこちらの態度など気にせず、よいしょっと一気に肩まで湯に浸かった。

「ふいぃー」

 極楽極楽と息を吐くオッパイ痴女さん。

「……!?」

 一方、私はまた新たな衝撃を受けていた。

 オッパイ痴女さんのオッパイがお風呂に浮いてる!

 この人と同じ時間に入るのがはじめてだからはじめて見た!

 え、ウソ、ホントにオッパイって浮くの!?

 本日二度目のオッパイショックに、私は頭がクラクラしてくる。

「……そんなにあたしの胸が気になる?」

「!?」

 チラ見がバレた!?

「ナ、ナンノコトデスカ?」

「そんなに見てたら気づくって」

 お姉ちゃんより鋭いこの人。

 いや、お姉ちゃんが鈍いのかも。

「思春期のお悩みなら聞いたげるよ」

 オッパイ痴女――ツヅラさんは笑ってそう言う。

「……」

 私はチラッとお姉ちゃんの方を見た。

 ちょうど髪を洗っているところで、たぶんこちらの会話は聞こえていない。

 ……正直、この人に聞くのも恥ずかしいけど。

 でもこの人は存在が恥ずかしいし?

 そしたら恥ずかしいと恥ずかしいでプラマイゼロみたいな?

 お姉ちゃんに相談するよりはまだマシだと思うし?

 あとこの前のブラジャーの件とかもだけど、意外とこういう方面のことなら頼りになりそうっていうか。

 あの件はいちおう感謝してるし。

 今こっそり相談してみてもいいかもしれない。

 それにどうやってその胸を育てたのかは物凄く気になるし。

「その、私の胸ってお姉ちゃんに比べて……小さい……じゃないですか」

「そうねー」

「それで、あの……どうしたら胸って大きくなるんですか?」

「そうねー」

 どうにも恥ずかしくて一部小声になってしまったが、ツヅラさんは特に聞き返してくることもなく軽く頷いた。

「まあ、セイラちゃんは成長期だから、よく食べて、よく運動して、よく寝るのが一番いいわね」

「それくらい知ってます」

「なら続ければ大丈夫よ。姉妹でも成長速度は人それぞれだから、その内追いつくって」

「……」

 うーん。

 思ってたより常識的なアドバイスばっかりだし。

「何かほかにないんですか?」

「ほかに? あとは揉んでもらうとか」

「……それも聞いたことありますけど、本当なんですか?」

 私はツヅラさんの大きな胸をジッと見ながら尋ねる。

「ホントだよー。なんなら揉んであげよっか?」

「っ!?」

 ツヅラさんの言葉に私は思わず身を引く。

 さっき私もお姉ちゃんにやったことだけど、いざ自分がとなるとやっぱり抵抗が……。

 と、思いっきり引いた私の反応を見て、ツヅラさんがケラケラ笑う。

「冗談、ジョーダンだって」

「……」

 また私の中でこの人がオッパイ痴女ちじょさんにランクダウンしそう。

「揉むと大きくなるっていうのはあれ、好きな人に揉んでもらわないと意味ないのよ。じゃないと女性ホルモンが分泌されないから」

「好きな人に?」

「だから、私が揉んでも意味ないのよねー。意味あるならじゃんじゃん揉ませてもらうけど」

「……」

 私はもう一度ツヅラさんから距離を開けた。

 それも気にせず、彼女は私の顔をニヤニヤと眺めてくる。

「てなわけでー、セイラちゃんって好きな人いないの? もしいるなら中学生の恋バナ聞きたいからお姉さんに教えて教えて」

「いや、そんな急に言われても……」

 そう言いかけて、ふと私の脳裏にパパの顔が思い浮かぶ。

 もしパパに私の胸を揉んでもらったら……。

「~~~」

 その場面を想像した瞬間、頭がカッと熱くなって、私は顔をお湯に沈めて口からブクブクと泡を吐いた。

 なんっっって想像してンの私は!

「おーいセイラちゃーん? なんかだこみたいになってるけど大丈夫ー?」

 ツヅラさんが何か言ってるが返事する余裕なんて私にはない。

 ……あれ?

 え? ていうかお姉ちゃんのオッパイってまさか。

 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!

 あり得ない!

 そんなのパパに限って絶対あり得ないから!


 でもお姉ちゃんのこの一年間の急成長はまさか……なんて妄想が頭から離れず、お風呂から上がってベッドに入ったあとも私は悶々もんもんとし続けた。

 翌日は寝不足になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る