バーベキュー
とある休日。
僕は
初日に歓迎会を開いてもらったお返しみたいなものだ。
アパートと違って寮では管理人と住人が毎日顔を合わせる。
特に僕は寮唯一の男であるし、早い内に彼女らと信頼関係を築きたい。
というわけで、皆さんと川辺のレンタルバーベキュー場にやってきた。
ここは食材さえ持参すれば、誰でもお手軽にバーベキューができるレンタル設備だ。
隣の設備とも距離が離れているので多少騒いでも問題ない。
川も
「ふぅ」
僕は調理台の
飲み物やら食べ物やらたくさん持ってきたのでちょっと肩が痛い。
まぁ帰りは軽いから楽だろう。
さて、じゃあ準備を始めるか。
「バーベキューの準備は僕がやっておきますから、皆さんはしばらくのんびりしててください」
「はぁ~い」
元気よく手を挙げたのは
彼女は早速クーラーボックスから缶ビールを取り出して、プシュッとやっている。
「……」
大人組は思い思いに過ごし始めている。
思い思いというかいつも通り?
まあリラックスしてくれてるならいいか。
と。
「お父さん、何か手伝いましょうか?」
キララが僕のところにやってきて手伝いを申し出てくる。
この子もこの子でいつも通りだ。
「気にしないでキララも遊んできていいよ」
「お父さんのお手伝いがしたいんです」
「んん」
そんなキラキラした目で見つめられると……。
「うん。じゃあ野菜とお肉切ってもらえるかい?」
「はい。分かりました」
「その間にお父さんはバーベキュー台の準備とかしとくから」
キララに食材の下準備を任せ、僕は力仕事に取りかかる。
バーベキュー台はロケーションも考えて、川のせせらぎが聞こえるくらいの位置に設置する。
台が倒れないように大きめの川石で脚を固定。
折りたたみ式の椅子にテーブルも簡単に設置し、紙皿と紙コップと割り
それからホームセンターで買った炭を運ぶ。
人数が多いので、これが結構重い。
台の傍に炭の入ったダンボールを下ろし、封を開ける。
「えーと、炭の量で強火・中火・弱火を調整する……と」
事前に調べた知識と照らし合わせつつ炭を並べる。
並べ終えたらいよいよ着火。
「って、結構つけづらいな……」
何度か失敗してから、何とかついた。
あとは炭全体が燃えるまでうちわで扇いだり、炭の角度を変えたりするだけだ。
これがなかなかの重労働だし、なかなか燃え始めない。
ヘタにひとりでやろうとしてたら時間がかかりすぎたかもしれない。
キララに手伝って貰ったのは正解だったようだ。
そんな感じで炭の準備を始めて十分ほど経った頃。
「パパー。準備はどーお?」
うちわを扇いでいる僕のところへ、セイラとサキさんがやってきた。
「まだちょっとかかるかな」
「ふーん」
セイラは頷きつつ、サキさんと一緒に折りたたみ式の椅子に座る。
それからテーブルに肘をつき、僕の作業を眺め始めた。
「暇だったら遊んできていいんだよ?」
「ヒマだからここに来たの。さっきまでその辺ブラブラしてたけど、何にもないんだもん」
「川とかで遊んだら?」
「やだ。濡れるし」
「そっか」
川遊び、僕は好きだったんだけどなぁ。
まぁ、女の子はそうもいかないか。
「ねぇー、パパまだー?」
「まだだねー」
「ヒマなんだけど」
「うーん」
「ねーねー」
セイラは不満げに足をパタパタさせている。
どうしよう。困ったな。
と思っていると、不意にサキさんがクスクスと笑う。
「なーにサキ?」
セイラもそれに気づいて、隣に座る同級生の方を振り向く。
「だって、お父さんに構って欲しがっているセイラさんが、なんだかかわいらしくって」
「なっ!?」
セイラの顔がみるみる内に赤くなる。
「だ、誰がパパに構って欲しがりゅりゅってぇ!?」
「ちょっと噛んでますよ」
「しっ知らない!」
セイラは顔を真っ赤にしたまま立ち上がり、どこかへ行ってしまう。
「あ、ごめんなさい。待ってくださいセイラさん」
サキさんもセイラのあとを追いかけて席を離れていく。
さて、またひとりになったわけだが……。
「コノハっちー!」
「のわっ!」
突然、後ろから誰かに抱きつかれ思わず声を上げる。
誰かというか、この背中に当たる柔らかい感触は……。
「二ノ木さん! 危ないですから離れてください!」
「それよりーバーベキューまだー?」
二ノ木さんは僕の悲鳴を無視し、ぐりぐりと頬擦りしてくる。
同時に背中に当たる胸もぐりぐり。
ついでに酒臭い。
ちょっと目を離した隙にかなり呑んでいたらしい。
「もうすぐ準備も終わりますから、もうちょっと待っててください」
「えぇー、待ーてーなーい」
二ノ木さんは駄々をこねる。
ぐりぐり ぐりぐり
参った。
凄く困った。
どうしよう……。
「えっと、そうだ!」
僕はハッと思い出して、言う。
「実は大人用におつまみセットも買ってあったんですよ」
「えっ、ホント?」
おつまみを聞いて、二ノ木さんが目を輝かせる。
「ええ。あっちの荷物のところに置いてますから」
「わーい!」
二ノ木さんは喜んでおつまみの方に向かう。
と、途中でこちらを振り返り、にへらっとだらしなく笑って。
「コノハっちもあとで一緒に呑もうね~」
「はーい」
僕は二ノ木さんに手を振って、うちわを扇ぐ作業に戻る。
炭はもう燃え始めていて、次第にバチバチと音が鳴るようになった。
これくらい炎が静まってきたら、そろそろバーベキューの始め時だったかな?
「お父さん。お肉と野菜の
ちょうどよいタイミングで、キララがやってくる。
「ありがとう。
「はい。まだ切っただけです」
「じゃああとは一緒にやろっか」
「はい!」
キララは嬉しそうに
僕は一旦炭から離れて、娘と調理場の方へ向かった。
と、不意にキララが僕の顔を下から
「ところでお父さん、さっき二ノ木さんと何かイチャイチャしてませんでした?」
「シテナイヨ」
バーベキューが始まってしばらくして。
「アハハハー、お肉美味しいー! お酒も美味しいー!」
だいぶ酔いが回ってきたのか、二ノ木さんはすっかり上機嫌になっていた。
陽ノ目荘でもいつもそうだと言えばそうだけど、今日は特にテンションが高い気がする。
そういえば昨日脱稿したばかりと言っていたっけ。
このバーベキューに来るために頑張ってくれたらしいので、僕も今日は彼女へのサービスのつもりで、お酒とか多めに買っておいた。
とはいえ、もうちょっとお酒の度数とかは抑えるべきだったかもしれない。
「……」
一方、狩野さんは黙々とシイタケやカボチャを食べていた。
なんだか静かすぎて逆に心配になる。
「狩野さん、お肉取りましょうか?」
「……」
僕が声をかけると、狩野さんはゆっくりとこちらを振り向いた。
「……管理人さん」
「はい?」
「管理人さんは…………」
「?」
何だろうと思っていると、不意に狩野さんはクワッと目を見開いて。
「管理人さんはゴクドウちゃんシリーズの何期目がスキですか!?」
「あ……え?」
急に話を振られ、僕は
しかしそれに構わず、狩野さんはグイグイと身を乗り出してきて。
「私はやっぱり初期三部作の忍道シリーズが好きなんですけど興行的には五期の魔道シリーズが一番なんですよねでも私は新機軸に舵を切った四期の剣道シリーズもよかったと思うんですよ鉄板だった忍道を捨てたことで新たな可能性が開けたというかあれがなかったら十年続くコンテンツに成長することはなかったと思うんですが管理人さん的にはギョーカイ的にどう解釈を~~~~」
狩野さんの凄い熱量に圧倒される。
よく見たら、彼女の手元には酎ハイの缶が握られていた。
そういえば前にお酒に弱いと聞いたことがあったような気が。
「あーコノハっち~ってばシリンとばっかりズルいんだ~」
と、そこへお酒片手に二ノ木さんも近づいてくる。
「コノハっち、あたしとも呑もうよ~?」
「管理人さんってば聞いてまふかぁ?」
二ノ木さんと狩野さんに前後から挟まれる。
というか、近い近い。
二ノ木さんはともかく、狩野さんもお酒の所為か距離感が密着状態だ。
自分より年下の女性に酔った勢いで挟まれる。
これは教育によろしくない。
具体的には、娘の教育によろしくない。
「もーーーー! おふたりともダメですダメですダメでーす!」
それは半ば予想通り、真っ赤に怒ったキララが僕らのところに飛び込んできて、無理やり二ノ木さんと狩野さんを引き剥がした。
「私のお父さんにそんなくっつかないでください! 半径一メートル以内に入る時は娘である私の許可が必要なんです!」
僕の腕を取り、キララはふたりを
「ここは危険ですお父さん、ちょっと向こうに行きましょう!」
「えっ、ちょ、キララ」
キララに腕を引っ張られ、僕は
いつもながら強引だが、今はちょっと助かった。
少し走ってキララが僕を連れてきたのは、すぐ傍の川だった。
「よい、しょ」
キララはおもむろに靴と靴下を脱ぎ始める。
「さあ、お父さんも脱いでください」
「えっと」
「川の中まであの人たちも追ってこないでしょう」
追ってこないも何も、二ノ木さんも狩野さんも追ってきてはいないのだが……。
まあ、いっか。
僕もキララと一緒に裸足になる。
それから娘と手を繋いで、ゆっくり川の中に入っていった。
「ヒャッ、春とはいえ冷たいですね」
キララはそう言って笑う。
ここの川は深くてもふくらはぎまでしか浸からないので、子供が遊ぶのにちょうどいい場所だ。
もっとも川底の苔はよく滑るので、キララの手は離さないようにしないと。
「キララ、いちおう足許には気をつけて……」
「キャッ!」
僕が注意している最中に、後ろから悲鳴が上がる。
驚いて振り返ると、そこには。
「もぉー、何これ最悪!」
と、セイラが川で尻餅をついてびしょびしょになって悪態をついていた。
「セイラも来たのかい?」
僕はちょっと驚きつつ、セイラが立ち上がるのに手を貸す。
セイラはちょっと恥ずかしそうに僕の手を掴みながら、
「だって……なんか今日パパがほかの人のことばっかり構うンだもん」
「え?」
「な、何でもない! ちょっと涼みたかった気分なの!」
「でもさっき濡れるのは嫌って……」
「そ、それは気が変わったの!」
セイラはそれ以上の反論を封じるように叫ぶ。
「いいじゃないですかお父さん。セイラも一緒に遊びましょう」
キララはそう言うと手を離して、川の水を僕らに向かってバシャンッとかける。
「わっ! ちょっとお姉ちゃん! また濡れるじゃん!」
「それだけ濡れたらもう一緒でしょう?」
「このっ、お返し!」
「きゃっ!」
セイラに水をかけられ、キララはなんだか楽しそうに悲鳴を上げる。
「えいっ!」
「うりゃっ!」
最初は乗り気じゃなかったセイラも段々楽しくなってきたのか、服が濡れるのも構わず水をかけっこし始めた。
「おっ、楽しそうなことしてるじゃーん」
「管理人さん、話はまだ終わってましぇんよ」
「あらあら」
親子で水遊びしていると、途中から陽ノ目荘の皆さんも交ざりだした。
これはこれで住人との交流は深められたから結果オーライかな?
帰ったら洗濯機がフル稼働しそうだけど。
あと地味に明日筋肉痛になりそう。
まあ、明日のことは明日でいっか。
「あ、今日ブラつけ忘れた」
「!?」
二ノ木さんのその発言で再び娘たちが凍りつく。
その後に起きたすったもんだについては置いといて、こうして第一回陽ノ目荘バーベキュー大会は幕を閉じたのだった。
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