父の日

『私のお父さんは世界で一番のお父さんです。

 まずとってもやさしいです。やさしいところがとても素敵です。素敵でやさしいお父さんが私はとてもとても大好きです。

 お父さんはお仕事をしている姿も素敵です。

 前は出版社にお勤めしていて、お父さんの携った本が本屋さんに並んでいるのを見る度に、私はとても誇らしい気持ちになりました。

 栃木に引っ越してきてからは寮の管理人を始めましたが、毎日お父さんのご飯が食べられてとても幸せです。

 お父さんのことは赤ん坊の頃から大好きですが、こちらへ来てから一緒にいられる時間が増えてとても嬉しくて、毎日幸せです。

 きっと将来お父さんと結婚したら、もっと毎日が幸せになると思います。

 結婚式では絶対にウエディングドレスが着たいです。お父さんはもちろんタキシード。結婚式には友達もみんな呼ぼうと思います。

 子供はふたりくらい欲しいです。男の子ならきっとお父さんによく似たカッコいい子に育つと思います。

 今も昔も将来も、私のお父さんはずっとずっと世界で一番のお父さんです。そんなお父さんに恥ずかしくないように、私も毎日たくさん頑張って、立派なお嫁さんになりたいと思います』


「うん、ありがとうキララ。とても嬉しいよ」

「えへへ、作文の朗読なんてなんだかテレちゃいますね」

「いや、とてもよく書けていたよ」

 僕がキララの頭をでると、彼女はほおを染めて喜びの表情を浮かべる。

 今読んでもらったのは、いつぞやの授業参観で彼女が書いた作文の一部だ。

 結婚云々はともかく、娘からこんなに愛されているのは父親的にとても嬉しい。

 他の父兄ふけいの前で読まれなくて本当によかったけど。

 ともあれ。

 何でその作文を今頃改めて読んでもらうことになったかというと、今日が「父の日」だからだ。

 父の日。それは年に一度の行事。

 父親に日頃の感謝を伝える特別な日だ。

 なので……今年は一体何が起こるのかと、僕は毎年身構えてしまう。

 去年は確かキララの申し込んだブライダルフェアに連れていかれたっけ。

 さすがに子供用のウエディングドレスはなかったけれど、僕はタキシードを着せられて、ふたりで写真を撮ってもらった。

 キララは大盛り上がりで、大人になったら絶対ここで結婚式を挙げるとはしゃいでいた。

 去年はまだキララも小学生だったし、まあ微笑ましい感じであちらのスタッフさんも応対してくれたけれども。

 まあそんな結婚式ごっこはわりとカワイイ方だ。

 もっとスゴかった年もあったし。

 なので、特にキララが女性として魅力的に育った今年は、いよいよ言い訳が利かなくなるかもしれない。

 そんな風に僕が身構えていると。

「ではお父さん、ちょっとこちらへ」

 キララがそう言って、僕を姉妹部屋の方へ案内した。

「うん……分かった」

 何が待ち受けているのだろう?

 若干緊張しながら姉妹部屋に入る。

「お父さん、こっちです」

 キララはそう言って二段ベッドの方へ僕を誘った。

 ベッド……一体何をするつもりなんだろう?

 娘に手を引かれるまま僕は二段ベッドの下の段に潜り込む。

 ちょっと天井が狭い……。

「どうしてベッドなんだい?」

「えっと、それが重要らしいので」

「?」

「それじゃお父さん、どうぞこちらへ頭を置いてください」

 そう言ってキララが示したのは、彼女の太ももだ。

「えっと?」

膝枕ひざまくらです」

「あ、うん」

 なぜ膝枕……と思ったが、とりあえずまだ健全の範疇はんちゅうなので従う。

「……!」

 思ったより柔らかい。

 改めて考えると女の子の膝枕なんて初めてだな。娘だけど。

「では耳かきしますので、あちらを向いていただけますか?」

「うん? うん」

 膝枕で耳かき。

 いや、変じゃないけど……変じゃないか?

 どうなんだろうと思いつつ、僕はキララの言う通りに横を向く。

「失礼します」

 すると、キララは本当に耳かきを始めた。

 あ、案外気持ちいい。

「どうですか?」

「うん。気持ちいいよ」

「よかったです」

 あれ、なんか思っていたよりまとも(?)だ。

 今年はどんなことされるのかと緊張していたけど……。

「次は反対側やりますから、こちらを向いてください」

「あ、うん」

 僕は寝返りを打つ感じで、今度は反対側の耳を上に向ける。

「これが終わったらマッサージもしますね」

「うん。ありがとう」

 横になっているためか、それともキララの膝枕が気持ちよい所為か、段々と眠くなってきた。

「それにしてもキララ、今年はなんだかその、いつもと違うね」

 うつらうつらとしながら僕は尋ねた。

「はい。今年はどうやってお父さんを喜ばせようかと思って考えまして」

「うんうん」

「それでお父さんくらいの年頃の男性が喜ぶことは何かと友達にたずねたら、なんでもというのが喜ばれるとか」

「うんうん……うん!?」

「キャッ! いきなり動くと危ないですよ、お父さん」

「あっ、ごめん」

 突然出てきた単語にビックリしてしまった。

 リフレって……あの、女子高生リフレとか、そういうアレだよね。

 言われてみれば、女子中学生にベッドで膝枕されて耳かきされてマッサージされるって、テレビのニュースとかで見たリフレのサービス内容とそっくりだ。

 いや、親子ならセーフだと思うけど……なるほど、確かにアラサーの僕が女子中学生の娘の膝に顔を埋めているって、端から見たら結構な絵面だ。

 とてもじゃないが人には見せられない。

 ていうか、人に言えない。

「キララ。間違っても外でこういうことやったり、人に言ったりしたらダメだからね」

「? 私がこういうことするのはお父さんだけですよ」

「そう……あと、アドバイスしてくれた友達もたぶん冗談で言ったんだろうけど、あんまり人の言うことを真に受けすぎないようにね」

「はい? えっと、分かりました」



 まあ、リフレ云々はともかく、今年は比較的無事に父の日を乗り切ることができた。

 ちなみに、その日の夜。

「ん?」

 寝る前になってふと気がつくと、居間のテーブルの上にラッピングされた包装袋が置いてあった。

 特に宛名も何も書いてなかったけれど……開けてみると、中からは新しいエプロンが出てきた。サイズも僕にピッタリだ。

「……!」

 そういえば、少し前にセイラと話している時に、「新しいエプロンが欲しい」的なことを言ったような記憶が。

 もしかして、と思うが娘たちはもう寝てしまったので起こすのには忍びない。

 それにコッソリ置いといたということは、面と向かって渡すのが恥ずかしかったのかもしれないし。

「ありがとう」

 僕は小さく姉妹部屋に向かってお礼を言って、明日からはこのエプロンを着て仕事をしようと思いながらとこについたのだった。

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