プール開き

 桜舞おうぶ中学では七月の頭にプール開きが始まる。

 ちなみに私たちのクラスは今日からだ。

 っていうか、今からだ。

「セイラさん楽しそうですね」

「うん?」

「そんなにプール楽しみですか?」

「うん。結構好き」

 サキとそんな会話をしつつ、私は持ってきたスクール水着の入ったバックをくるくる回す。

 今はお姉ちゃんとサキとプールの更衣室へ移動中だ。

「それに最近暑いし、早くプール入りたいよ~」

「セイラ。廊下は走らない」

「むぅマジメ~」

「転んだら危ないでしょう」

「はーい」

 私は言う通り走るのをやめるけど、やっぱりソワソワしちゃう。

「けど確かに、今日も暑いわね」

 そんな私と対照的に、お姉ちゃんは落ち着いたものだ。

 まあ、お姉ちゃんの場合、自分の周りをソワソワさせてるんだけど。

 ていうか皆、お姉ちゃんのことチラチラ見すぎだし!

(水着……)

(水着……)

(キララさんの水着……)

 なんて、皆の心の声が聞こえてくるみたいだ。

「キララ? どうしたの私の顔ジッと見て」

「……はぁ」

「?」

 ホントこの姉は、無自覚なんだから。

 まあ、いつものことだし放っておこう。

 それよりプールだプールだ。

 プールの更衣室に着いた私たちは、早速スクール水着に着替えた。


 事件はそこで起きた。


 着替えを終えた私たちは更衣室を出ようとして――なぜか、お姉ちゃんがロッカーの前から動かないことに気づく。

「お姉ちゃん、先行っちゃうよー?」

「……」

「お姉ちゃん?」

「……」

 返事がない。

 あのお姉ちゃんにしては珍しい……。

 私は気になって室内に戻る。

「どしたの?」

 微動だにしないお姉ちゃんの顔を横からひょこっと覗く。

「……あ」

 と、そこで私はお姉ちゃんが動けない理由を悟った。

 スクール水着のサイズが合ってないのだ……胸の。

「あら……」

 こちらへ戻ってきたサキも驚きの顔で口許を押さえる。

 いつも落ち着いてお淑やかなサキですら、何も言えないみたいだ。

 それくらいもうピッチピチのパッツパッツ。

「サキ、どう思う?」

「えっと……サイズが合ってないみたいですね」

「だよねー」

「キララさん、これ去年の水着ですか?」

「はい……まだ入ると思ってました」

「……」

 ちなみに私の水着も去年のだ。普通に入る。

 とりあえず、今はそれは置いておくとして。

「お姉ちゃん油断しすぎ。ブラ買う時にサイズ測ったんでしょ?」

「まさかこんな風になるなんて思わなくて……」

「まあ、お姉ちゃんって普段着もゆったり目のが好きだしね」

「ところでどうしますか、これ?」

 サキが話を戻す。

 確かに授業ももうすぐ始まるし、脱線してる場合じゃないかも。

「けどこれじゃ水泳とか無理でしょ」

「なら見学ですか?」

「それしかないんじゃ……」

 私は肩を竦める。

 けど、お姉ちゃんは首を横に振った。

「ダメです。そんなことで授業を休むわけにはいきません」

「いやいやいや」

「水着だって着れていないわけじゃありません。授業は出ます」

「いや、だから、そんなんで水泳とか……だ、男子だっているんだよ?」

 男子と言われて、さすがのお姉ちゃんも一瞬たじろぐが、

「い、いえ、やっぱり出ます」

 と、顔を赤くしたまま拳を握る。

「こっ……」

 このクソまじめ姉~~~~。

「もうっ、そんなに言うならいいわよ!」



 というわけで、お姉ちゃんはホントにそのまま水泳の授業に出た。

 お姉ちゃんがプールサイドに現れると男子から――あと若干女子からも――どよめきが起こった。

 いやまあ、お姉ちゃんも「中1にしてはある」ってだけで、そんなグラビアアイドルみたいな爆乳ってわけじゃないんだけど。

 それでもやっぱり、あれだけ体のラインが出るとスタイルはよさが際立つ。

 ちょっと脇から見えてるし。

 あの鈍感姉でもこれはさすがに恥ずかしいらしい。

 なんか準備体操もカチコチだったし。

 あーあー、あんなに顔赤くなっちゃって。

 そんなになるなら普通に先生に言って見学させてもらえばいいのに。

 別に悪いことじゃないのに……こういう時、変にまじめだと損するよねぇ。

「はぁ。もう、仕方ないなぁ」

 私はため息をつく。

「お姉ちゃん」

 準備体操が終わったところで、私はお姉ちゃんに声をかける。

「セイラ?」

「今日は一日私がついてるから、離れちゃダメよ」

「でも、セイラ泳ぎたかったんじゃ……」

「いーから」

 私はお姉ちゃんを遮って、その手を取る。

「ありがとう、セイラ」

「はいはい。あっ、サキー」

 私はサキを呼んで、お姉ちゃんのフォローを手伝って欲しいと頼んだ。

「ええ、私でよければお手伝いします」

「ありがと、サキ」

「ありがとうございます、サキさん」

「いえいえ」

 まっ、というわけで今日はのんびりプールを楽しみますか。

「それで、どうします?」

「セイラとサキさんで決めてください」

「テキトーに水にぷかぷか浮いてみる?」

「ああ、いいですね」

「じゃあ、そうしましょう」

 そういうわけで、私たちはプールに入って木の葉みたいに漂うことにした。

 ぷかぷか

 ぷかぷか

 ぷかぷか

 あー、気持ちいい。

「これはこれでいいかも」

「日差しもプールの中だと気持ちいいです」

「ただ浮いてるだけなのも楽しいものですね」

「まあ、お姉ちゃんの場合はおっぱいで浮いてるみたいだけどね」

「もう! セイラ!」

「クスクス」

 まあ、そんな冗談も交わしつつ。

 上手く男子からの視線とかをガードしながら、授業の時間も半分を過ぎた頃。


「はい、それじゃあ25メートルのタイム計るから、出席番号順に端のレーンに来てちょうだい」


「……!?」

 と、本日二度目の大ピンチがやってきた。

「水泳のテストですか、キララさんとセイラさんはどのくらい……あっ」

 サキが何気なく尋ねてくるが、お姉ちゃんのくらーく沈んだ顔を見て察したようだ。

「実は私、泳ぐのも苦手で……」

「キララさんって意外と弱点多いですよね」

「ウッ!」

「あ、スミマセン。悪気はなかったのですが」

 サキは慌ててフォローする。

「少しくらい不得手なことがある方がカワイイと思いますよ」

「まあ、そういう話は置いといて」

 私は置いといてとジェスチャーする。

「お姉ちゃんって25メートルいけたっけ?」

「……ギリギリ」

「その水着でも大丈夫?」

「……たぶん、ちょっと食い込むけど動けるから」

 ホントに大丈夫かなぁ?

 とは思っても、お姉ちゃんはテストを受けるつもりのようだ。



 で。

「次、夏目キララさん」

「はい!」

 先生に呼ばれて、お姉ちゃんはプール脇のハシゴから水の中に入る。

 飛び込みできる人は飛び込み台を使うけど、お姉ちゃんは当然できない。

「お姉ちゃん、無理しないでよ」

 順番が次の私は飛び込み台の後ろに並びながら、お姉ちゃんの後頭部に声をかける。

 お姉ちゃんは一瞬振り返って頷き、再び前を向く。

「好きなタイミングで始めていいぞー」

「はい!」

 先生に返事をしたあと、お姉ちゃんは深呼吸をしてから壁を蹴ってスタートした。

 ううーん、ぎこちない。

 まさかあれも胸が邪魔でとか言わないよね?

 いや、大きくなる前からあんな感じだったっけ。

 しかし、過去の記憶分を差し引いても、今日は特にぎこちない気がする。

 やっぱり水着が小さいから……って、お姉ちゃん何してんの?

「~~~」

 ばしゃっばちゃっばちゃっ

 それまでいちおう泳げていたお姉ちゃんのフォームが急に乱れ始めた。

 あれって……もしかして、水着がズレて、泳ぎながらそれを直そうとしてる?

 って、そんなの普通に立って直せばいいじゃん!

 テスト中だからって何で泳ぐのやめないかな!?

 それで溺れそうになってたら世話ないっての!

「……もう!」

 だから今日は休んどけって言ったのに!

 私は順番を待たず、すぐにプールに飛び込んで泳ぎだした。

 お姉ちゃんはたいした距離泳いでなかったので、ゴール地点で待っていた先生より早く辿り着く。

「お姉ちゃん!」

「セ、セイ、ラ」

「いいから落ち着いて、あと……」

 ここつま先伸ばせば足着くから。

 と、言いかけたところで――軽くパニクっていたお姉ちゃんの手が、私の水着の肩に伸びた。

 ズルッ

「~~~!?」

 今度は私がパニックになる番。

 水飛沫で隠れて見えなかったと思うけど、今思いっきりて~~~っ!

「もうっ……お姉ちゃんのバカーーー!」

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