パパのデート?

 ――「この後、ふたりで一緒に抜け出せませんか?」


「……!?」

 その声が聞こえて、私は思わず立ち止まった。

 今のって……シリンさん?

 ふたりはお昼の注文のためにカウンターに並んでいる。

 追加で焼きそばも頼もうと思ったら……トンデモナイ場面に出くわしてしまった。

「……ん?」

「やばっ!?」

 パパが振り向きかけたので、私は慌てて物陰に身を隠した。

 思わず隠れちゃった……。

 え? ていうか、どゆこと?

 何でシリンさんがパパを?

 抜け出すって……何しに?

「……」

 ふたりきりで誘うってことは、私たちには秘密でってことだよね?

 シリンさんも大学生……大人だ。

 大人がふたりきりで抜け出してすることって……。

「~~~」

 変な想像をしてしまって、私は慌ててその妄想を打ち消し、席に戻った。



 けどとしたら、抜け出す理由は何?

「……」

 全然分からない。

 もしかして私の知らないところで、あのふたりの間に何かあったの?

 いくら親子だからって、二十四時間一緒にいるわけじゃない。

 それにシリンさんは大学生だから、中学生の私とは生活リズムが違う。

 それでパパは昼間もずっと陽ノ目ひのめそうにいるわけで……。

 ふたりの仲がいつの間にか進展してても、私には知りようがない。

「むぅ~~」

 昼食を終えた皆は流れるプールでのんびりしていた。

 私はサキから借りた浮き輪でプカプカ浮きながら、パパの様子を観察している。

 今パパはお姉ちゃんと遊んでいる。

 傍目にはいつものパパだけど……。

 よく見ると時計を気にしてるようにも見える。

 まさか本当にシリンさんと抜け出すつもり?

 あの時つい隠れてしまったから、ふたりの会話の後半は聞こえなかった。

 だからパパがシリンさんの誘いに何て答えたのか私は知らない。

 でも、彼女の誘いを受けていたとしたら。

 どういうつもりでOKしたんだろう……?

 パパだってまだギリギリ二十代だ。

 十分若い。

 むしろ年齢的にはこれからが男盛り?

 それこそ同じ寮に住む女の人と間違いがあっても不思議じゃ……!

「セイラ?」

「うわあ!?」

 突然声をかけられ、私は驚いて浮き輪の上からひっくり返った。

 ドボンッとプールに落ちて、一瞬上下が分からず混乱する。

「……ぷはっ!」

「大丈夫?」

 何とか水面から顔を出した私を先程の声の主――お姉ちゃんが心配そうに見つめていた。

「もっ、もう! 急に声かけないでよ」

「ごめんなさい。でもセイラが変な方に流されてたから」

「え?」

 言われて気づいた。

 考え事をしている内に随分とパパたちから離れていた。

 お姉ちゃんは私を心配して追いかけてきてくれたようだ。

「あー、ごめん。ボーッとしてたみたい……」

 私はお姉ちゃんに謝りながら――もう一個の事実に気づく。

 ツヅラさんとサキのいる辺りに……パパがいない。あとシリンさんも。

「あれ!? パパどこ行ったの?」

「……あら?」

 私の言葉でお姉ちゃんもパパの不在に気づき、周囲をキョロキョロと見渡す。

「とりあえず、ツヅラさんに訊いてみましょう」

「うん」

 私たちは一度ツヅラさんのところに戻る。

「ツヅラさん、お父さんはどこ行ったんですか?」

「んー? ちょっとぶらっとしてくるから、その間キララちゃんたちのこと、あたしに見ててって言ってたよ」

「そうですか」

「……!」

 お姉ちゃんは納得したように頷いたが、私はむしろ慌てる。

「あ、あの、シリンさんは?」

「うん? あれ? そういやいないな。まあ、シリンも子供じゃないし、その辺にいるでしょ」

 軽ッ!

 いや、普通か。

 私たち中学生と違って、シリンさんはそんな心配されるような年齢じゃない。

 私だってさっきの会話を聞いてなかったら、こんなに気になってない。

「セイラ、どうかしたの?」

「お姉ちゃん……」

 耐えきれなくなった私は、お姉ちゃんに洗いざらい全部話した。

 話を聞いている内に、お姉ちゃんの目はドンドンマジになっていって……。

「今すぐお父さんたちを追いましょう!」

 そう言うや否や、即座にプールから飛び出した。

「おもしろそうね。あたしもついていくわ」

 ツヅラさんもおもしろがってプールから出る。

「サキはどうする?」

「ひとりで残るのもツマラナイですし、みなさんにお供します」

 というわけで、私たち四人はどこかへ行ったパパとシリンさんを探してプールサイドを移動した。

「あ! あっちです!」

「!」

 お姉ちゃんの指差した先は階段の上だった。

 パパの背中が見えたけど、すぐに人ごみに隠れてしまう。

 私は急いであとを追おうとするけど。

「セイラ、プールサイドは走らない」

「でもお姉ちゃん!」

「急ぎたいのは山々ですが、走るのはダメです。競歩で行きますよ、競歩で!」

「競歩とかダサーい!」

 と言いつつ、私もお姉ちゃんと並んでせかせかと歩く。

 階段をのぼると波のプールの辺りに出る。

 ほかにもちびっこ用プールとかあるけど……。

「……いない!」

「……いませんね」

 パパもシリンさんもこの近くにいない。

 けど階段の上にあるプールは限られているし、ほかにどこへ……。

「外出たンじゃないの?」

「「あ!」」

 あとから追いついてきたツヅラさんのひと言に、私もお姉ちゃんもハッとして、更衣室の方を振り向く。

 確かにふたりきりで密会するなら外だ!

「お姉ちゃん!」

「セイラ!」

 私たちは急いで更衣室に入って水着から着替える。

 いちおう着替えながら周囲を見回したけど、シリンさんは見つからなかった。

 それからなるだけ早く外に出たものの……やっぱり出遅れたロスが大きくて、完全にパパたちを見失ってしまう。

 仕方なく、私たちはテキトーにプールのある井頭公園を探し回るけど。

「あーもう! この公園広いし!」

 しかも私たちは来たの初めてだから、どこに何があるか全然分からないし!

 ていうか夏ッ!

 暑い! 走ると余計に暑い!

 プールでせっかく涼んでたのに、汗だくでもう台無しだし!

「そしてお姉ちゃん遅ッ!」

「はぁ、はぁ……待って~セイラ~」

 お姉ちゃんもヨロヨロだ。

 運動が苦手でもないハズなんだけど、この夏の日差しの下走り回るのはやっぱりキツかったらしい。

 サキも少し遅れ気味だけど、あれはお姉ちゃんを待っているみたいだ。

「ていうか、ツヅラさんは案外余裕でついてきてるね」

「普段が屋内仕事だからねー。逆に健康に気をつかって運動してるのよ」

「へぇー、ちなみに聞きそびれてたけどツヅラさんの仕事って……」

 その時、「わああああ!」という歓声が公園のどこかから上がった。

「え? 何?」

 私は驚いて周囲をキョロキョロする。

「あっちから聞こえるね」

「何かのイベント?」

「もしかしたらふたりもいるかもしれないし、行ってみましょ」

「ぜぃ、ぜぃ……」

「もー、お姉ちゃんしっかり!」

 バテバテのお姉ちゃんの手を引っ張るようにして、私たちは歓声のした方角へ向かう。

 そこで私たちが見たのは……。

 長方形の舞台。

 その前に並んだ観客席。

「みんなー! 今日も仁義じんぎ切ってるー?」

 司会のお姉さん。

「ハーイ!」

 大盛り上がりの子供たちにその保護者。

 この光景は、私も小さい頃に見たことがある。

「これって……」

「『ゴクドウちゃんショー』と書いてありますね」

 サキが舞台の上にかかった看板を見ながら言う。

 そうだ、これってデパートの屋上とかでやってるヒーローショーだ。

「こんな公園とかでもやるんですね」

「場所によるんじゃない?」

 まあ、フェスとかも大きな公園でやるもんね。

「って! こんなの見てる場合じゃないし! 早くパパ探さないと!」

「まあ待ってよセイラちゃん」

「何ですか?」

「お姉さんが限界」

「……うぅ」

 いつの間にかお姉ちゃんは芝生の上にへたり込んでいた。

 汗もダラダラで、もう本当に立つのも厳しそう。

「うぅ~、そ、それじゃあ私とサキは先に行くから、ツヅラさんはお姉ちゃんのこと看てて!」

「ダメダメ。管理人さんに皆のこと見ててって頼まれてるんだから」

「でも」

「でもはナシナシ。ほら、休憩ね。私はそこの自販機でジュース買ってくるから」

「む~」

 すっかり話を纏められてしまい、私は仕方なく芝生の上に腰を下ろす。

 そこは日陰になっていて、休憩にはちょうどよかった。

「ご、ごめんなさいセイラ」

「いいから、お姉ちゃんは休んでって」

 ていうか、座ってみたら私もスゴい疲れてたっぽいし。

 闇雲に走り回ったんだからそりゃそうか。

「……」

 パパとシリンさんはどこにいるんだろう?

 まさか公園の外には行ってないだろうけど。

 さすがに帰りの時間までには戻ってくるつもりだったろうし。

 問題は、今何してるのかってことだけど……。

「わあああああ!」

 人の気も知らずにショーは盛り上がっている。

 昔は私もああいうのパパに連れて行ってもらったなぁ……。

「はい、セイラちゃん」

「あ、ありがとう、ございます」

 ツヅラさんが戻ってきて、私たちにジュースを配り、自分も芝生に座った。

「いやー暑い暑い。今プール戻ったら気持ちよさそうね」

「そうですね……」

 パパのことを考えていた私は、ついおざなりな返事をしてしまう。

 すると、ツヅラさんは軽く笑った。

「セイラちゃんってよっぽどお父さんのこと好きなんだねー」

「なっ!?」

 何急に変なこと言ってんのこの人!?

「そんなことないし! ファザコンなのはお姉ちゃんだし!」

「そう? セイラちゃんもスゴく必死に見えるけど?」

「気のせい!」

「ふーん」

 うぅー! ニヤニヤされてるし!

「ふふっ、セイラったら……テレちゃって」

「お姉ちゃんはおとなしくくたばってて!」

「死んでないわよ……」

 お姉ちゃんの弱々しいツッコミは無視。

 ていうか、いきなり人のことファザコン扱いしないで欲しいし!

 私はお姉ちゃんと違ってそんなんじゃないし。

 そりゃパパのことは嫌いじゃないけど……。

 匂いは好きだし……。

 でもでも! 私はそういうのじゃないんだから!

「けどセイラちゃんさ」

「何!?」

「仮にだけど、お父さんが誰かと再婚するってなったらどうするの?」

「……!?」

 パパが再婚。

 そりゃ何度か考えたことはあったけど……。

 こんな風に焦りを覚えたのは初めてだった。

 パパがシリンさんとどこかに行ってしまったから……?

 もし実際あのふたりがだったら。

 私は。

「……あ! 見つけました」

 その時、サキが突然声を上げた。

 彼女が指差したのは、あの『ゴクドウちゃん』ショーの観客席。

 そちらをよーく見てみると……子供の保護者たちの混じって、パパとシリンさんの後ろ姿が本当に見つかった。

 そういえばシリンさんの部屋に『ゴクドウちゃん』のフィギュアがあった気がする。

 もしかして……ふたりが抜け出したのってこれのため?

 なんか楽しそうだし。

「……ふ……ふ」

 私はペットボトルを置いてゆらりと立ち上がる。

 最初はフラフラと歩き始めたが……段々と本気ダッシュになり始めた。

 人が!

 こんなに!

 心配してるのに!

 なーにを暢気にヒーローショーなんて見てるのよぉおおお!

「さあみんな! 一緒に必殺技を叫んじゃおう! せ~~~の!」

「ゴクドウちゃんキィィィィック!!」

 狙ったわけじゃないけど、ショーの掛け声とともに私の跳び蹴りがパパの背中に炸裂した。



「フーン、ショーを見たいけどひとりじゃ心細いシリンさんに頼まれて、パパも一緒についていったと」

「……はい、そうです」

 芝生に正座したパパは頷く。

 でもパパの前に仁王立ちした私はまだ腕組みを解かない。

「なーんで私たちに秘密で行ったの?」

「あ、あのそれは私が頼んだの。いい歳してヒーローショー観に行くって言いづらかったから」

「……なるほど」

 シリンさんからの弁護に、一応私は頷く。

「ごめんねセイラ、それにキララも。心配かけたね」

「……まあ、分かってくれたらいいけどさ」

「うん。じゃあ、ショーも終わったからプールに戻ろうか。汗かいたろ?」


 それからまた私たちはプールに戻った。

 そのまま夕方まで遊んで、帰る時間になって。

 そんな時間になっても、私はまだちょっとモヤっとしていた。

 今回はただの勘違いだったけど。

 もし本当にツヅラさんの言ったような日が来たら。

 私はどうしよう。

 ……まぁ、パパはそういうの隠すのヘタだし、私たちに隠しもしないだろうから、今のところその心配はないんだと思うけど。

 いつの日か……。

 いつか……。

「……はぁ」

 遠い未来に対し物思いに耽る私は、車の窓から夏の真っ赤な夕暮れをボンヤリと眺め続けた。

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パパ!パパ!好き!好き!超超愛してる なめこ印/ファンタジア文庫 @fantasia

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