取材

 桜舞おうぶ中学校。

 僕の娘たちが通う中学校だ。

 今日、僕は二ノ木さんと一緒にここに来ていた。

「いやー悪いわね管理人さん。今日ついてきてもらっちゃって」

「いえいえ」

 僕らが平日にわざわざ桜舞中学校に来たのは取材のためだ。

 正確には二ノ木さんの取材。

 僕はある意味付き添いだ。

 なぜそんなことになったかと言うと……


『管理人さーん。ちょっちお願いがあるんだけどー?』

『はい、何ですか?』

『実は次のの舞台が学校なんだけど、私も卒業してから結構経つしさー、今時の学校がどんな感じなのか知りたいのよ』

『情報のアップデートは大事ですね』

『それでなんだけど、キララちゃんたちの通ってる中学校に取材に行きたいんだよねー』

『それはつまり僕を通して取材を申し込んで欲しいと?』

『そうそう。私の出身校は取材に行くには遠いのよ』

『なるほど』

『ね、お願い』

『分かりました。ちょっと取材させてもらえるか訊いてみますよ』


 ……というようなやり取りが数日前にあった。

 断わられる可能性も高かったが、「明らかに舞台が桜舞中学と分かる特徴を入れないこと」を条件に、無事取材の許可はいただけた。

「しっかし、私ひとりだったら絶対断わられてたでしょーね。やっぱり管理人さんに頼んで正解だったわ!」

「いえ、このくらい構いませんよ」

「じゃ、早速行きましょうか」

 まずはふたりで挨拶をしに職員室へ向かう。

 応対してくれた教頭に感謝を述べたあと、学校見学の許可証代わりの腕章をもらう。

 この腕章をつけていれば、立ち入り禁止の場所以外なら自由に見学していいそうだ。

 僕らは教頭にお礼を言ってから職員室を出て、いよいよ学校内の取材に入る。

「まずはどこに行きますか?」

「とりあえず教室をひと通り見たいかなー」

「ならこっちですかね」

 僕は前に授業参観があったキララたちの教室に二ノ木さんを案内する。

 ちなみに時刻はすでに放課後で、教室に生徒はいない。

 校庭からは部活動の声や、音楽室からは吹奏楽部らしき楽器の音が聞こえてくるが、普段生徒が通っている教室は空っぽで少々静かだ。

「教室の感じは変わらないわねー」

「そうですね」

 本当はよく探せば差異もあるかもしれない。

 ただ、なにしろ僕が学生だったのは10年以上前だ。

 さすがに記憶も朧気で、どこが違うか思い出せない。

「ん~」

 ノスタルジックな気分に浸っている僕をよそに、二ノ木さんはといえば教室を見回りながらしきりにメモを取っていた。

 きっと漫画のためのメモなのだろう。

「そういえばキララちゃんたちの机ってどこ?」

「確か窓際の……」

 僕は授業参観の時に娘たちの座っていた席を指差す。

「中身見てもいい?」

「それはちょっと」

 僕は頭を掻いてやんわりと断わる。

 さすがにそれはダメだ。

「んーまぁそうよねー」

 二ノ木さんはあっさり頷く。

「まぁ持ち物については帰ってから取材すればいっか」

「……」

 これは夕飯時に質問タイムが待ってそうだ。

「あ、でもアレはさすがに本人に訊くのマズいかしら?」

「何です?」

「コンドー」

「ここ学校です。未成年の学び舎です。あとウチの娘はそんな物持ってません」

 思わず三段ツッコミを入れてしまった。

「何で持ってないって知ってるの?」

「男親の願望です」

「女の子の成長って早いよ?」

「悶え苦しんだ末に舌噛んで死にそうになるのでこの話やめません?」

「あっはっは、今管理人さんに死なれると困るからやめるわ」

 全国の父親が血涙流して悶死するような質問を平気でブッ込んでくる人だ。

 職業柄気になるのは分からなくもないけど……。

「とりあえず、次行きましょう」

「はーい」

 二ノ木さんは笑って僕のあとをついてくる。

 その後も美術室や音楽室、図書室などを見て回った。

「結構どこも細かく見ますね」

「学校なんてどこも性域せいいきのオンパレードだからね」

「教師に聞かれたら怒られますよ」

「じゃあ逆に訊くけど、学校の中でエロマンガに使われない場所シチュエーションってある?」

「…………………………焼却炉、とか」

「それ学校の施設に数えるのズルくない?」

「はい」

 そんな雑談を挟みつつも、取材は順調に進んだ。

「それじゃ、次は体育館ね」

「たぶん部活中だと思いますけど」

「大丈夫。用があるのは体育用具室だから」

「そうなんですか?」

「次の漫画はそこでエッチする予定だから」

「……それじゃあ行きましょう」


 というわけで、僕らは体育館にやってきたわけなんだけど……。


「あれ、パパ!?」

「あ、セイラ」

 偶然そこでセイラと出くわした。

 そういえば最近、友達に誘われてバスケ部の練習に混じってると言っていたような気がする。

 セイラは昔から運動が得意で、体を動かすのも好きな子だった。

 今はちょうどミニゲームの最中だったようだが、僕らに気づいたセイラが止まってしまったので一時中断という感じになっている。

「えー何? セイラのお父さん?」

「若ーい」

「似てなーい」

「どしたのー?」

 興味を引かれた女子バスケ部の少女たちがわらわらと集まってくる。

 セイラが僕をパパと呼んだためか、彼女らもあまり警戒心がない。

「っていうかパパ、学校で何してるの?」

 セイラはそう尋ねつつ、視線は僕ではなく二ノ木さんに注がれていた。

 何で僕と彼女が一緒なのか気になるようだ。

「ねぇねぇセイラ、こっちがお父さんってことは、そっちがお母さん?」

「全然違う!」

 友達からの質問を大声で否定するセイラ。

 一方、子持ちのお母さん扱いされた二ノ木さんは特に気にしていないようだ。

 それどころか集まってきた少女たちを見ながら、満足げに頷いている。

「うんうん、いいわねー。実に青春のスメルを感じるわ。現役女子中学生の体操服最高ー」

「……? ……!」

 セイラは一瞬二ノ木さんの発言に首を傾げかけたが、途中でその意味に気づいたらしく慌てて隠すように自分の体を抱いた。

「人の汗の匂いなんか嗅ぐな変態女ー!」

「そうですよ二ノ木さん、もう少し自重してください」

「パパもそれ以上近寄らないで!」

「え、えぇー……」

 なぜか僕まで怒られた。

 セイラはよほど汗の臭いを嗅がれるのが嫌なのか、ズザザザーッと後退りする。

 確かにセイラもみんなも汗で体操服が少し透けてるくらいだ。

 直前までミニゲームをしていたのだから、そんなの当たり前だし、そこまで恥ずかしがらなくてもいい気がするけど……。

 ただそれは男の僕だけの意見のようで、セイラ以外のみんなもさりげなく僕らから距離を開けていた。

 うーん、あんまりここにいても邪魔になるかな?

「二ノ木さん、行きましょう」

「あーん、もうちょっと堪能したいのにー」

「通報されますよ」

 嫌がる彼女を無理やり引っ張って、僕は体育館の隅の扉の体育用具室まで移動する。

「さあ、早く用を済ませましょう。部活の邪魔になってもあれですし」

「はーい」

 僕と二ノ木さんは重たい鉄製の扉を開け、体育用具室に入っていく。

 用具室の中は薄暗くて、空気が少しヒヤッとしていた。

 置いてある物はマットに跳び箱、モップに縄跳びにカラーコーン、あとバレーのネットを張るための支柱などなど。

「バスケとかバレーのボールだけ見当たらないわね」

「ボールは部室にしまってあるんじゃないですか?」

「あーなるほど」

 二ノ木さんは納得したようにまたメモを取る。

 さて、これで一通り終わっただろうか?

「もういいですか?」

「まーだ」

 しかし、確認を取る僕に二ノ木さんは首を横に振った。

「まだ何かありますか?」

「漫画を描く時の人物視点も確認したいのよ」

「なるほど」

「と、いうわけで管理人さん、ちょっち手伝って」

「?」

 僕は二ノ木さんに手招きされ、彼女の近くに行く。

「ここ仰向けに寝てくれる?」

「?」

 言われるがまま、僕はマットに仰向けに寝た。

 すると。

「よいしょ」

「に、二ノ木さん!?」

 急に彼女が僕のお腹の上にのしかかる。

「何やってるんですか!?」

「んー、このポジションの時の男視点を描いときたくて」

「あー……」

 つまり僕が女役ということか。

 少し恥ずかしいが、二ノ木さんは黙々とメモを取っている。

 いや、あの感じは軽くスケッチしているのかもしれない。

 その真剣な様子を邪魔するのは躊躇われた。

 まあ、変なことをされているわけでもなし、僕が少し我慢すればいいか……と。

「んー」

「……!」

 二ノ木さんの体が徐々に前屈みになり始める。

 たぶん描く時の視点位置を変えているだけなのだろう。

 けどその……谷間が

 彼女が前屈みになるほどアングルがヤバくなる。

 いや、彼女はふざけているわけではないし、ここは僕が我慢するべきだ。

「……ん、よし」

「終わりましたか?」

「うん」

 ふぅ、何とか耐えきったぞ。

「じゃあ次、管理人さん場所交替して」

「……え?」

「ほら、女視点も描いておきたいし」

「えぇ!?」

「ね、お願い」

「……分かりました」

 こうなったら毒も食わらば皿までだ。

 僕は二ノ木さんと場所を交替する。

 今度は彼女がマットに寝転がり、僕は……その……。

「えっと、さすがに女の人のお腹に座るのはちょっと……」

「じゃあ太ももの上とか」

「はい」

 僕は二ノ木さんの太ももに座る。

 するとほどよい弾力に押し返されて、僕は慌てて腰を少し浮かせた。

「んーそこそこ。そのポジションのアングルがちょうどいいわ」

 二ノ木さんはそう言ってまたスケッチを始める。

「んん?」

「どうしました?」

「いや、自分の胸が邪魔で見えづらいなと」

 二ノ木さんは視界を確保しようと顔を左右に揺らす。

 その度に彼女が邪魔と言った胸が揺れて……僕はまた理性を総動員する羽目になる。

「管理人さんちょっとあたしの脚とか持って広げてくれない?」

「えぇ!?」

「ほら、一回太ももから降りて」

「あの、さすがにそれは」

「早くー」

 二ノ木さんの声に急かされ、僕は渋々と彼女の太ももから降りる。

 すると二ノ木さんは自分で軽く両脚を上げて、

「はい、足持って」

 と、僕にそう要求した。

 今日の彼女はパンツスタイルなので下着こそ見えないが、とんでもなく犯罪臭のする構図だ。

 逆に今日がスカートなら断わる口実もできたのだけど。

 ……仕方ない。

 これが彼女の仕事なのだし、僕も協力すると言ったのだから。

「じゃあ、失礼しますね」

「んー」

 僕は二ノ木さんの足首を持って、彼女の両脚を広げる。

「管理人さんもっとこっち寄って」

「はい……」

 言われた通り僕は二ノ木さんとの距離を詰める。

 二ノ木さんの足首を持ったままなので、必然的に彼女の脚が大きく広がって、ますますヤバい構図に。

「管理人さんは足首派なんだねー」

「はい?」

「いや、正常位の時に女の子の太ももを持つか足首を持つかって話」

「あ、はい」

「まあ腰持つ派とか胸揉む派とかもいるけど、足首派はあれね、足首持ったまま女の子に覆い被さって、逃げられない女の子にそのまま種付けプレスを」

「ストップです二ノ木さん!」

 今はエロマンガ的な解説は聞きたくない。

 ちょっとでもそういうのを想像すると平常心がグラつきそうだ。

 とにかく早く終わってくれ。

 僕は二ノ木さんが早めに満足してくれるのを願った。

 と、その時――カタンッ、と後ろで物音がした。

「!」

 驚いて振り返る。

「パパたち何してるの……?」

「セ、セイラ!?」

 そこにいたのは娘のセイラだった。

 それとそのお友達。

 どうやら僕らのことが気になって、こっそり覗きに来たらしい。

 今バレたけど……お互いに。

「パ、パ……」

 セイラの目元にうるうると涙が溜まったかと思うと、彼女は体育用具室からいきなり踵を返した。

「パパの不潔野郎ー!」

「いや、ちょっ、待ったセイラ! 違う! 誤解、誤解だから!」

「キャアアアア!」

 逃げ出すセイラ。

 叫ぶ僕。

 黄色い悲鳴を上げる女子中学生たち。

 体育用具室どころか、体育館はあっという間に大騒ぎとなった。

「管理人さーん、まだほかの体位も試したいんだけどー?」

「二ノ木さんも誤解を解くのを手伝ってください!」

 暢気な二ノ木さんを尻目に、僕は逃げ回る彼女らの誤解を解くのに体育館の中を奔走した。


 その後、教頭先生にメチャクチャ叱られた。

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