パパ!パパ!好き!好き!超超愛してる

なめこ印/ファンタジア文庫

夏目一家の諸事情


「お父さん大好きです。結婚してください」


 娘にこんな風に言われて、悪い気のしないお父さんはほとんどいない。

 お父さんというのは、いつだって娘に好かれたいものだ。

 だが現実とは非情である。

 一般に、父親とは娘に嫌われる宿命にある。

 特に思春期を迎えた娘からは。

「もうパパとお風呂入りたくない」

「お父さんの下着と一緒に洗濯しないで」

「近寄んな親父」

「クソオヤジ」

「クサい」

「ウザい」

「キモい」

 などなど。

 これらのワードに心えぐられたお父さんは数知れない。

 それを反抗期のひと言で片づけるのは簡単だ。

 だが、そこにはひと言では言い表せない悲しみがあるのだ。


 さて、話を戻そう。

 世のお父さんは娘から嫌われるのが常である。

 つまり、冒頭のようなセリフは期間限定のものだ。

 とある時期を過ぎれば、二度と言ってはもらえないはずなのだ――本来は。

 だから、僕の娘はそういう意味で奇蹟の産物といえる。

 娘の名前は夏目なつめキララ。

 彼女は今年から中学生。

 透き通る白い肌に艶のあるロングヘアが美しい。

 落ち着いた雰囲気も相まって、小学生の時から中学生、稀に高校生と間違われることもあった。

「お父さん大好きです。結婚してください」

 キララがまた冒頭のセリフを繰り返した。

 何度も言うが、これは奇蹟だ。

 思春期の娘が父親の僕をここまで慕ってくれている。

 このことに歓喜しないお父さんはいない。

 僕も基本的にはそうだ。


 ――ここが電車の中でさえなければ。


「……」

「……」

「……」


 凄く視線を感じる。

 あと異様に静かだ。

 周囲の耳目が全て僕らに集まっている。

 かなりの高確率で誤解を生んでいる。

 まあ、周りが誤解する気持ちも分かる。

 僕ら親子はあまり似ていない。

 というか、キララが綺麗すぎるのだ。

 それに比べてあまりに平凡な容姿の僕。

 とんびたかを生む、なんてコトワザもあるけれど。

 僕の遺伝子からキララが産まれたのだとしたら、それはもうトンビが宇宙人を産んだレベルの奇蹟だ。

 なので、周りからいわゆる「パパと女子高生」と思われても仕方がない、と思う。

「えーと……」

 僕は慎重に、慎重に、言葉を選ぶ。

 続くセリフによっては、そのまま警察を呼ばれかねない。

「キララ、その、気持ちは嬉しいんだけど、急にどうしたんだい?」

「あ、すみません突然」

 キララはハッとしたように口許に手を当てる。

「ただ今日が私たちの新たなる門出だと思うと、つい気持ちがたかぶってしまって」

「今日のは単なる引っ越しで、今は引っ越し先の栃木とちぎに移動中なだけだからね?」

「新居で愛の巣作りですね」

「いや、新居じゃなくて寮だから。ほかの人も住んでるから」

「大丈夫です。たとえ築50年でも、お父さんと一緒なら新婚生活は薔薇ばら色です」

「その辺でストップ。ひとつ再確認しよう」

「はい?」

「僕らは親子だからね」

「はい」

「親子で結婚はできないんだよ」

「そんなの、気持ちの問題です」

「うん、法律の問題かな」

「愛さえあれば大丈夫です!」

 娘は名前の通りキラキラした目で愛を語る。

 問題は、その愛が親子愛のレベルに収まっていないことだ。

 僕は冷や汗をダラダラと流す。

 さて、ここまでのやり取りを見て貰えれば分かるだろう。

 娘ははこの通り“ファザコン”だ。

 それも極めてレベルの高い。

 いや、別に悪いわけじゃない。

 前述の通り、娘に好かれて嫌な父親などいない。

 問題は、たまに無自覚に僕を社会的絶体絶命の状況に追い込むことだけで。

 彼女が小学校低学年くらいの頃までは、まだ世間の目も温かかったんだけど。

 最近では僕くらいの歳の男性が、小学校の通学路を歩くだけで通報される世の中だしなぁ……。

 って、過去を振り返って現実逃避している場合ではない。

 ピンチは依然続いている。

「引っ越し先に着いたら、早速婚姻こんいん届を市役所に提出しに行きましょうね」

「いや、あのね」

 僕ら親子だし。

 キララは中学生だし。

 仮に両者の合意があったとしても逮捕される案件だ。

 ツッコミどころはたくさんある。

 けどこの場合、重要なのはいかに周りの人たちの誤解を解くかだ。

 向こうに座ってるおばちゃんがさっきからスマホを構えている。

 いつ通報されるか分かったもんじゃない。

 と。

「あのさー、パパもお姉ちゃんもさっきから何やってんの?」

 その時、僕らの横から呆れた声が割って入った。

 そこには、もうひとりの僕の娘が電車のドアに背中を預けて立っていた。

 彼女の名前は夏目セイラ。

 キララの双子の妹だ。

 姉と違い、快活な雰囲気。

 髪も姉より若干明るい色で、何と言うか今風のお洒落な女の子という感じだ。

「人前でやめてよね、恥ずかしい」

 セイラが僕に向けてくる視線は、キララとは正反対。

 非常に冷たい。

 普段からわりとよく睨まれる。

 最近は、態度もちょっと素っ気ない。

 こうなったのは彼女が小学六年生になった辺りから。

 要するに“反抗期”の真っ最中だ。

 正直、いつ「パパの下着と一緒に洗濯しないで」と言われないか、毎日のようにビクビクしている。

 その日が来たら、旧友とおでん屋で朝まで呑もう。

 できればそんな日は永遠に来ないで欲しいけれど。

 まあそれはそれとして。

 突然のセイラからの横槍に、キララはむっとほおを膨らませる。

「私は全然恥ずかしくないわ。お父さんが大好きだもの」

「だから、そういうの外で言うのが恥ずかしいんだって」

 セイラは冷たく言う。

 実に思春期らしい普通の意見だ。

 反抗期は寂しいが、何というかセイラの態度には安心を覚える。

 ザ・普通。

 ノーマル属性。

 これぞ普通の女子中学生という感じだ(入学式は一週間後だけど)。

「だいたいお姉ちゃんは……」

「セイラは最近……」

 まあ、おかげで最近姉妹喧嘩が増えた気がするけど。

 双子でも性格は正反対。

 今もぎゃいのぎゃいの口喧嘩している。

 ふたりの“姉妹喧嘩”を見て、周囲の人たちもようやく僕らが本当の親子だと理解してくれたみたいだ。

「まったく、セイラも昔はお姉ちゃんと一緒にお父さんと結婚するって言ってたのに」

「は、はぁ~? そんなの子供の時の話だし!」

「あら、じゃあお姉ちゃんがお父さんをひとり占めしてもいいのね」

「か、勝手にすればぁ~? て、ていうか今は人前で恥ずかしいことしないでって話で」

「聞きましたお父さん? 今日からお父さんは私だけの物ですよ」

「話聞きなさいよぉ!」

「あーうん、ふたりとも、電車の中では静かにね」

 僕は苦笑いしながらふたりに注意した。



 ファザコンの姉。

 反抗期の妹。

 そこにアラサーの僕(父)を加えた夏目一家。

 これがこの物語の主役たちだ。

 申し訳ないけど、異世界に行ったりMMORPGの世界に行ったりはしない。

 非日常なんて起こらない。

 じゃあラブコメが始まるのかって?

 まさか。

 僕らは親子だよ?

 そんな展開になったら一発でアウトだ。

 だから当然ラブもない。

 あとエロも期待しないで欲しい。

 そういうのは僕が全力で阻止します。

 父親ですから。

 ここまで前置きがしつこいと、もう誰もこの先を読んでくれないかもしれないけれど、実際にそういう話なので仕方がない。

 それでもよければ読んで欲しい。


 これは僕ら親子の日常をただ淡々とつづる物語だ。


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