入学式

 今日は新しい中学校の入学式。

 私は姿見すがたみの前で、新しい制服のチェックをしていた。

「セイラ、準備できた?」

「んー、ちょっと待ってー」

 居間からのお姉ちゃんの声に返事をする。

 スカートの長さが決まらない。

 たけが長すぎるのはダサいからヤダ。

 だけど初日から先輩や生活指導の先生に目をつけられたくもない。

 せめて膝丈。

 けど……。

「うーん」

 問題なのは、私がまだこの地域のスカート基準値を知らないことだ。

 スカートの丈にも地域差がある。

 偏見だけど、田舎はみんな長いスカートを穿いてるイメージ。

 周りが全員長いと、少し短くしただけでもめだつ。

 短くするか。

 初日は様子を見るか。

 悩む。

「あっ、そうだ」

 よく考えたら、陽ノ目ひのめそうにはサキがいた。

 地元の同年代女子。

 彼女に聞けばいいじゃないか。

 そうと決まれば、早速訊きに行こう。

「おねーちゃん、私ちょっとサキんとこ行ってくるねー」

 私は居間で朝食の準備をしているお姉ちゃんに声をかける。

「え? 朝からどうして?」

「ちょっと聞きたいことがあって」

「まだ準備が終わってないでしょう。あとじゃダメなの?」

「すぐ済むからー」

「あっ、セイラ!」

 お姉ちゃんの声をスルーしつつ、私は管理人室を出る。

 確か、サキは102号室だっけ。

 私はふたつ隣の部屋へ、スリッパを鳴らしながら向かう。

「サーキ、ちょっといいー?」

 扉をノック。

 ちょっと待つと、中からサキが出てきた。

「あら、セイラさん」

「あっ、サキ。あのさー、聞きたいことがあるんだけど」

「はい。何でしょう?」

 話しながら、私はサキのスカート丈をチラッと見る。

 ……長い。

 めっちゃ長い。

 想定以上に長い。

 というか見たところ、サキはまったく丈を詰めていない。

 膝下どころか、ふくらはぎも半分隠れている。

 昭和?

 昭和なの?

「……」

「どうしました?」

「あー、うーん」

 これが普通?

 これが栃木とちぎスタンダード?

 けどもしも単にサキがお洒落しゃれとか気にしないタイプだったら?

 お化粧けしょうもほとんどしないみたいだし。

 だとしたら、そこをツッコむのは野暮やぼかもしれない。

 できれば仲よくしたいし。

 変なことで関係を悪くしたくない。

 やっぱり入学式は様子見して、周りの雰囲気をつかむ方がいいかも。

「えっと、やっぱり何でもないやー」

「そうですか? てっきりスカートのことを聞きたいのかと思いましたが」

「何で分かったの!?」

「だって私のスカート見てたでしょう?」

 鋭い!

 第一印象は結構ふわふわした子かと思ってたけど、そうでもないみたい。

「遠慮せず聞いていただいて大丈夫ですよ」

「あはは、ありがと! じゃあ訊くけど、この辺の中学生って、みんなスカート丈長いの?」

「いえ、一年生はみなさん膝丈か、膝が隠れるくらいだと思いますよ」

「あ、やっぱりそれくらい?」

「私はあまり脚を出したくないだけですので」

「そーなんだ」

 それから少し世間話をして、私はまた部屋に戻る。

 スカートは膝丈に決めた。



 陽ノ目荘前の停留所からバスに乗って約10分。

 道の両脇から徐々に田んぼがなくなり、市街地に少し入った辺りに桜舞おうぶ中学校はある。

 校舎を見た感じは、都心の中学校とさほど変わらない。

 ただ今日は入学式なだけあって、門前などに大きな飾り付けがしてあった。

 あと桜。

 ベタだけど、大きな桜の木が植わってる。

 舞い散る花びらが凄い。

 なんだか入学式って感じがする。

「セイラ」

 その時、パパの声がする。

 振り返ると、パパとお姉ちゃんがいた。

 私たちと一緒に来たパパはスーツを着ている。

 保護者として入学式に出るために、タンスから引っ張り出してきたらしい。

 普段あまりスーツを着ないので、その姿はなんだか新鮮。

 着慣れてない感じがして、別に似合ってないけど。

「パパ、何?」

「うん。記念に写真でも撮ろうと思って」

「別にいいよ」

「それで、セイラのスマホ貸してくれない?」

「スマホ?」

 私は自分のスマホを取り出す。

 ちなみに家族でスマホを持ってるのは私だけ。

 パパはガラケー。

 お姉ちゃんに至ってはケータイを持ってなかったりする。

「スマホで記念撮影?」

「うっ、最近のは画質もいいって聞くし」

 パパは気まずそうに目を泳がせる。

「まあいーけどさ」

 ウチにデジカメとか買う余裕ない。

 このスマホだって、去年の誕生日に無理言って買ってもらったのだし。

「あ、でも変なとこイジんないでよ」

「うん」

「何かしたら親子の縁切るから」

「分かってるよ!」

 パパはうんうんと何度も頷く。

 こんな冗談に必死すぎ。

 子煩悩こぼんのうな父親って、パパみたいな人を言うんだと思う。

 私はカメラアプリを起動したスマホを渡す。

「えっと、これ撮る時どうするの?」

「それはここを押して……」

 スマホに苦戦するパパに操作方法を教えるため、私は体を近づけた。

 すると、におう。

 パパのにおいが。

「……」

「ん? どうしたの?」

「何でもない」

 私は何でもないフリをして、カメラの操作方法を教える。

 と。

「むぅ~~」

 なんか姉が膨れていた。

「……どうしたのお姉ちゃん?」

「ふたりともくっつきすぎですよ!」

 お姉ちゃんは駄々をこねるみたいに腕を上下に振る。

 ほっぺたがフグみたいになっている。

 あーもう。

「カメラの使い方教えてただけだって」

「でも、セイラだけズルい」

「はいはい」

 まったくこのファザコン姉は。

 妹に嫉妬しっとって何なのよ。

「おーい、ふたりとも並んでー。撮るよー」

「はーい」

「……」

 それにしてもお姉ちゃんは楽しそう。

 私なんて進学と同時に引っ越しなんて大イベントに心臓バクバクなのに。

 今朝もスカート丈でメチャクチャ悩んだし。

 引っ越したばかりの陽ノ目荘のこともそう。

 サキはともかく、あとのふたりは変すぎ。

 ツヅラって人は気がつくとお酒飲んでるし。

 シリンって人は私を見ると逃げるように部屋に帰るし。

 私、ここで上手くやっていけるのかな……。

「セイラ、セイラ」

「!」

 名前を呼ばれ、私は現実に引き戻される。

 ちょっとボーッとしてた。

「なに、お姉ちゃん?」

「今度は私とパパで写りたいから、セイラが写真撮って」

「はいはい」

 私が了承すると、お姉ちゃんは喜んでパパを手招きする。

 パパはスマホを覗き込みながら、俯いて歩いてきた。

 あれ……何してるんだろ?

「おとーさん、スマホ」

 私はスマホを受け取ろうと手を伸ばす。

 スマホを見ていたパパは、私の声に気がつき、顔を上げ。

「あ、うん。ところで、さっき撮った写真はどう見るんだい?」

「!」

 その瞬間、私は強引にパパからスマホを奪い取った。

「勝手にイジらないでって言ったでしょ!」

「ご、ごめん! 上手く撮れてるか確認しようと……」

「……ったく」

 私は胸の動悸どうきを押さえながら、スマホの画像フォルダを確認する。

「……うん。ちゃんと撮れてるから。ほら、次お姉ちゃんと撮るんでしょ」

「うん。あ、ごめんな」

「もういいから」

 私はパパを追い払う。

 まだドキドキしてる。

 あーもう、親がこれ以上娘に余計にプレッシャー与えないでよね。

「じゃー撮るよー」

 私は適当に声をかけ、ふたりをパシャリ。

「どう? どう? 上手く撮れた!?」

「あとで家のパソコンで印刷してあげるから、勝手に人のスマホ見ようとすんなー!」

「ほらほら、キララ。セイラも嫌がってるからヤメなさい」

「む~、あ、じゃあ次はセイラもお父さんと撮ってあげますよ」

「……別にいい。お姉ちゃんこういう機械苦手でしょ」

「遠慮しなくていいのよ?」

「スマホ壊されたくないの!」

 しつこいお姉ちゃんを引っがすのにはいつも苦労する。

「……」

 一方、パパは私に記念撮影を断られて、ショックを受けた顔をしていた。

 ……いちいち傷つかないでよね。

 その後、しばらくして気を取り直したパパは。

「じゃあ、そろそろ中に入ろうか」

「はい、お父さん」

 お姉ちゃんはうなずいて、パパの腕に自分の腕を迷いなく絡めた。

 パパは少し困った顔をしたけど、今日が入学式だからなのか大目に見たようで、お姉ちゃんの好きにさせている。

「……」

 私はふたりと一緒にされたくなくて、ちょっと後ろをついていく。

 ああ、恥ずかしい。

 何でお姉ちゃんはそんな素直にパパを好き好き言えるんだろう。

 こんな人目のある場所で。

 私たち、もう中学生だよ?

 もっとさ、気にしなきゃいけないことってあるじゃん。

 ファザコンとか、無理じゃん。

 パパと結婚したいとか、いつまでも言ってらんないし。

 そういうの……私ついてけないし。

「……」

 私は気分を紛らわせるためにスマホをイジる。

 開いたのは画像フォルダ。

 画面をスクロールして、何重にも偽装したフォルダを開いて開いて開く。

 フォルダ内のファイル数は『699』。

 その中の写真を一枚開く。

 それはこの前撮ったばかりの写真。

 引っ越し準備で疲れて居眠りをしていたパパの寝顔写真。

「……」

 最近のスマホは盗撮防止で写真を撮るのに絶対音が出るからやりづらい。

 それでもスマホを買ってもらってから、コツコツ撮りだめてきたのだ。

 さっきはパパがうっかりこのフォルダを開くんじゃないかって、本当にヒヤヒヤした。

 こんなの絶対知られたらマズいし。

 だからこれは誰にもヒミツのフォルダだ。

 絶対に、知られちゃいけない。

「なーんでそんな好き好き言えるのかねー……」

 ふたりのあとをついていきながら、私は小さく呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る