ラブレター
私こと
こちらでの生活にも慣れてきました。
なによりお父さんとの時間が増えて、とても嬉しいです。
学校生活もとても順調です。
サキさんとも同じクラスになれました。
妹のセイラも一緒です。
毎朝3人でバスに乗って登校しています。
今朝もそうして、3人で昇降口までお喋りしていたのですが――
「だからー、サキもお化粧した方がいいって絶対」
「でも私、作法も何も知りませんし」
「それくらい教えるってー。絶対似合うと思うし!」
「うふふ、ありがとうございます」
「もー笑ってないでさー」
「セイラ。あまり無理を言ってはいけませんよ」
私が注意すると、セイラはプクッと不満げに頬を膨らます。
「全然無理言ってないし。お姉ちゃんみたいなナチュラル美人には分からないんだよ」
セイラはサキさんと肩を組んで唇を尖らせる。
「双子の姉に何を言ってるの?」
「セイラさん、それ自画自賛になってますよ?」
サキさんもクスクス笑っている。
そんな話をしながら、私は靴箱で上履きに履き替えようとして。
「あら?」
ふと下駄箱に何か入っていることに気づきました。
「んー?」
「あらあら?」
ふたりも私の下駄箱を覗き、意味深な反応を見せる。
そこに入っていたのは古式ゆかしい白い封筒。
「これって、アレだよね?」
「アレのようですね」
私の後ろでセイラとサキさんが意味深に
「少し確認してみます」
私は封筒を手に取って、ふたりに見えないように中身を軽く読んでみます。
「ねぇねぇ、どうどう?」
セイラが背中から楽しそうに声をかけてくる。
私はその期待混じりの声に小さく肩を
「ラブレターみたいです」
と答えた。
教室に入って机にカバンを置くと、早速例のラブレターの話になった。
「それでお姉ちゃん、さっきのアレ私にも見せてよ」
「見せませんよ」
「えー、いーじゃんケチー」
「人に見せるものじゃありません」
キッパリと断るが、セイラはブーブーと文句をたれる。
「お姉ちゃんってば、いつもそうやって見せてくれないんだからさー」
「キララさんはおモテになるんですね」
「そうそう。小学生の頃から凄かったよ」
「まあ」
「一週間で三回告白されたこともあったし」
「それは凄いですね」
サキさんは感心したように微笑む。
その反応はちょっと恥ずかしいです。
「でもそういうのでしたら、セイラさんもモテそうですよね」
「それがぜーんぜん」
「全然ですか?」
「そーなの! みんなお姉ちゃんと比べるんだよねー」
「でもセイラも何度か告白されていたでしょう?」
「あれ全部お姉ちゃんに玉砕した奴らだからね!」
セイラはウガーッと噛みついてくる。
「私はお姉ちゃんの予備じゃないっての!」
「人の
「事実じゃん」
「違います」
私は少しムッとして軽くそっぽを向きます。
そんな私にセイラは小さく肩を竦めて。
「それにしても今時ラブレターとか古風だねー」
「そう?」
「今ならメールとかSNSとかさー」
「でも私、携帯電話とか持ってないし」
「あっそっか」
セイラは納得したように頷く。
と、そこでサキさんは首を傾げて。
「けど、何でキララさんは誰ともおつきあいなされなかったんですか?」
「そんなの決まってます!」
私はグッと拳を握り締めます。
「私が好きなのはお父さんだけですから!」
「お姉ちゃん声大きいから!」
勢いで立ち上がった私をセイラが慌てたように宥めてくる。
「お願いだからそういうの、せめて教室では言わないでってば」
「……」
お父さんへの愛を叫ぶだけで怒られるのは心外です。
とはいえ大声を出す必要はなかったですね。
私は席に座ります。
「しかし、そうしたら今回もお断りするのですか?」
サキさんからの問いに私はもちろんと頷きます。
と。
「お姉ちゃん」
「どうしましたセイラ?」
「いちおう訊くンだけど、何て言って断るつもり?」
セイラが恐る恐るといった感じで
「そんなの決まっています。さっきも言った通り、私はお父さんが」
「それだけはやめて!」
こちらの言葉を途中で遮り、セイラが身を乗り出してくる。
妹の大声にクラスメイトの何人かが振り返るが、身振りで何でもないと伝えます。
「告白のマジ断りでそんな理由言ったら絶対噂になるじゃん。絶対やめて」
「でも前からそうやって断ってましたよ?」
「小学生ならギリいいけど中学生はもうアウトなの!」
「そう言われても実際」
「いいからやめて」
妹は真顔で詰め寄ってくる。
むぅ、そこまで言われたら私も一旦引き下がります。
「よーしそれじゃあ別の断る理由を考えないとね! サキ手伝って!」
「私ですか? 別に構いませんが」
「ありがとーさすがサキ!」
セイラはサキさんに
「……」
なんだか私の話を聞いてくれなさそうな雰囲気なので、しばらく黙っていることにしました。
「うーん、でも何て言えば
「ドラマのようなお話ですね」
「サキは誰かフったことある?」
「
「そっかー」
「ではよくある
「よくあるって、どんな?」
「そうですね、まだ相手のことをよく知らないから、とか」
「あー」
「まだ入学して二週間ですし、説得力はあるかと思いますが」
「でもさー、それこれから知ってくださいって押されたらダメじゃない?」
「まあ、相手がめげない
「別の考えよ別の」
「ほかに想い人がいる、と事実をぼかして伝えるのは?」
「それ誰って詰め寄られたら面倒そう」
「そうですね」
「うーん」
セイラは悩みながら自分のこめかみを指でトントンと叩く。
「普通の断り方よりさー、もっとインパクトあった方がいいかも」
「というと?」
「ほら、逆に相手がドン引くような奴とか」
「ドン引く……?」
「たとえば親がトンデモナイ額の借金してるとか」
「ああ、そういう」
「借金は却下です」
セイラの案に私はつい口を挟む。
「何で?」
「それじゃお父さんが借金まみれみたいじゃないですか」
「いや、嘘なんだからいいじゃん」
「とにかくダメです」
「えぇー」
セイラは肩を竦める。
「じゃあパパをダシにする方向はなしで」
「では
「趣味って?」
「たとえば、キララさんが実は重度の臭いフェチとか」
「ブふッ!」
サキさんの提案にセイラが噴き出す。
……なんだか話が変な方向に進み始めました。
「に、臭いフェチね。確かに相手は多少ビビるかもしれないけど……」
「でしょう?」
「あーでもやっぱダメ」
「どうしてです?」
「サキ、このお姉ちゃんの顔をよぉーく見て?」
「はい」
「この顔で、私臭いフェチなんです、って言われたら男どもは興奮しちゃうでしょ」
「ああー」
納得して手を叩くサキさん。
納得されても困るのですが……。
「それでは本当は女の子が好きで、異性には興味がないというのは?」
「嘘でもお父さん以外を好きと言うのは無理です」
私、再び横槍。
「それにお姉ちゃんが女の子好きだって噂広まったら、私とかサキが一番危なくない?」
「そうですか? キララさんくらい美人な方でしたら
サキさんは微笑んで答える。
たぶん冗談ですけど、なんだか本心の見えない微笑みです。
その後も議論は続きますけど、だいぶ意見も尽きてきたようです。
「宗教上の理由とかいかがです?」
「いやそれ嘘でもなんかヤバそう」
「ではチンパンジーにしか発情しないとか?」
「相手が猿顔だったらどうすんの」
「宇宙人にしか興味がない」
「相手が宇宙人だったらどうすんの」
セイラのツッコミにもキレがありません。
「あ~~~」
議論も煮詰まり、妹は机の上に頭を投げ出す。
その頭をくりんっとこちらへ向けて。
「ていうかさ、お姉ちゃんも考えてよー」
「何で私まで」
「お姉ちゃんのために考えてるのに」
「そんなこと言われてもねぇ」
「大体お姉ちゃんが差出人も教えてくれないのが悪いんだよ。相手が誰だか分かんなきゃいい案も出ないじゃん」
「……」
セイラの言い分も
「分かりました。文面は見せられませんが、お相手の名前くらいは」
私は封筒から便箋を取り出し、さっき軽く読んだ部分よりも下へ――差出人の名前が書いてありそうな部分まで目を通す。
が。
「……」
念のため
「どうしました?」
サキさんが小首を傾げる。
セイラも不思議そうにこちらを見ていた。
「えっと……」
「?」
「これ、名前書き忘れてますね」
セイラとサキさんがポカンとする。
私もポカンとする。
数秒、間。
直後にセイラが爆発した。
「なっ、何じゃそりゃー!?」
こうして妙な流れで始まったお断り文句会議は、尻切れトンボでお開きとなりました。
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