ラブレター

 私こと夏目なつめキララが中学生になって早二週間。

 こちらでの生活にも慣れてきました。

 陽ノ目ひのめそうもよい方々ばかりですし――まあ中には油断ならない人もいますが――困ることも特にありません。

 なによりお父さんとの時間が増えて、とても嬉しいです。

 学校生活もとても順調です。

 サキさんとも同じクラスになれました。

 妹のセイラも一緒です。

 毎朝3人でバスに乗って登校しています。

 今朝もそうして、3人で昇降口までお喋りしていたのですが――

「だからー、サキもお化粧した方がいいって絶対」

「でも私、作法も何も知りませんし」

「それくらい教えるってー。絶対似合うと思うし!」

「うふふ、ありがとうございます」

「もー笑ってないでさー」

「セイラ。あまり無理を言ってはいけませんよ」

 私が注意すると、セイラはプクッと不満げに頬を膨らます。

「全然無理言ってないし。お姉ちゃんみたいなナチュラル美人には分からないんだよ」

 セイラはサキさんと肩を組んで唇を尖らせる。

「双子の姉に何を言ってるの?」

「セイラさん、それ自画自賛になってますよ?」

 サキさんもクスクス笑っている。

 そんな話をしながら、私は靴箱で上履きに履き替えようとして。

「あら?」

 ふと下駄箱に何か入っていることに気づきました。

「んー?」

「あらあら?」

 ふたりも私の下駄箱を覗き、意味深な反応を見せる。

 そこに入っていたのは古式ゆかしい白い封筒。

「これって、アレだよね?」

「アレのようですね」

 私の後ろでセイラとサキさんが意味深にうなずき合う。

「少し確認してみます」

 私は封筒を手に取って、ふたりに見えないように中身を軽く読んでみます。

「ねぇねぇ、どうどう?」

 セイラが背中から楽しそうに声をかけてくる。

 私はその期待混じりの声に小さく肩をすくめ、

「ラブレターみたいです」

 と答えた。



 教室に入って机にカバンを置くと、早速例のラブレターの話になった。

「それでお姉ちゃん、さっきのアレ私にも見せてよ」

「見せませんよ」

「えー、いーじゃんケチー」

「人に見せるものじゃありません」

 キッパリと断るが、セイラはブーブーと文句をたれる。

「お姉ちゃんってば、いつもそうやって見せてくれないんだからさー」

「キララさんはおモテになるんですね」

「そうそう。小学生の頃から凄かったよ」

「まあ」

「一週間で三回告白されたこともあったし」

「それは凄いですね」

 サキさんは感心したように微笑む。

 その反応はちょっと恥ずかしいです。

「でもそういうのでしたら、セイラさんもモテそうですよね」

「それがぜーんぜん」

「全然ですか?」

「そーなの! みんなお姉ちゃんと比べるんだよねー」

「でもセイラも何度か告白されていたでしょう?」

「あれ全部お姉ちゃんに玉砕した奴らだからね!」

 セイラはウガーッと噛みついてくる。

「私はお姉ちゃんの予備じゃないっての!」

「人の所為せいみたいに言わないで」

「事実じゃん」

「違います」

 私は少しムッとして軽くそっぽを向きます。

 そんな私にセイラは小さく肩を竦めて。

「それにしても今時ラブレターとか古風だねー」

「そう?」

「今ならメールとかSNSとかさー」

「でも私、携帯電話とか持ってないし」

「あっそっか」

 セイラは納得したように頷く。

 と、そこでサキさんは首を傾げて。

「けど、何でキララさんは誰ともおつきあいなされなかったんですか?」

「そんなの決まってます!」

 私はグッと拳を握り締めます。

「私が好きなのはお父さんだけですから!」

「お姉ちゃん声大きいから!」

 勢いで立ち上がった私をセイラが慌てたように宥めてくる。

「お願いだからそういうの、せめて教室では言わないでってば」

「……」

 お父さんへの愛を叫ぶだけで怒られるのは心外です。

 とはいえ大声を出す必要はなかったですね。

 私は席に座ります。

「しかし、そうしたら今回もお断りするのですか?」

 サキさんからの問いに私はもちろんと頷きます。

 と。

「お姉ちゃん」

「どうしましたセイラ?」

「いちおう訊くンだけど、何て言って断るつもり?」

 セイラが恐る恐るといった感じでたずねてくる。

「そんなの決まっています。さっきも言った通り、私はお父さんが」

「それだけはやめて!」

 こちらの言葉を途中で遮り、セイラが身を乗り出してくる。

 妹の大声にクラスメイトの何人かが振り返るが、身振りで何でもないと伝えます。

「告白のマジ断りでそんな理由言ったら絶対噂になるじゃん。絶対やめて」

「でも前からそうやって断ってましたよ?」

「小学生ならギリいいけど中学生はもうアウトなの!」

「そう言われても実際」

「いいからやめて」

 妹は真顔で詰め寄ってくる。

 むぅ、そこまで言われたら私も一旦引き下がります。

「よーしそれじゃあ別の断る理由を考えないとね! サキ手伝って!」

「私ですか? 別に構いませんが」

「ありがとーさすがサキ!」

 セイラはサキさんにすがりつき、勝手に話が進んでいく。

「……」

 なんだか私の話を聞いてくれなさそうな雰囲気なので、しばらく黙っていることにしました。

「うーん、でも何て言えば後腐あとくされなくフれるのかなぁ?」

「ドラマのようなお話ですね」

「サキは誰かフったことある?」

生憎あいにくとそういう話とはえんがありませんね」

「そっかー」

「ではよくあるていな断り文句から選んでみては?」

「よくあるって、どんな?」

「そうですね、まだ相手のことをよく知らないから、とか」

「あー」

「まだ入学して二週間ですし、説得力はあるかと思いますが」

「でもさー、それこれから知ってくださいって押されたらダメじゃない?」

「まあ、相手がめげない殿方とのがたならそうなりますね」

「別の考えよ別の」

「ほかに想い人がいる、と事実をぼかして伝えるのは?」

「それ誰って詰め寄られたら面倒そう」

「そうですね」

「うーん」

 セイラは悩みながら自分のこめかみを指でトントンと叩く。

「普通の断り方よりさー、もっとインパクトあった方がいいかも」

「というと?」

「ほら、逆に相手がドン引くような奴とか」

「ドン引く……?」

「たとえば親がトンデモナイ額の借金してるとか」

「ああ、そういう」

「借金は却下です」

 セイラの案に私はつい口を挟む。

「何で?」

「それじゃお父さんが借金まみれみたいじゃないですか」

「いや、嘘なんだからいいじゃん」

「とにかくダメです」

「えぇー」

 セイラは肩を竦める。

「じゃあパパをダシにする方向はなしで」

「では趣味嗜好しゅみしこうが合わないなどはどうです?」

「趣味って?」

「たとえば、キララさんが実は重度の臭いフェチとか」

「ブふッ!」

 サキさんの提案にセイラが噴き出す。

 ……なんだか話が変な方向に進み始めました。

「に、臭いフェチね。確かに相手は多少ビビるかもしれないけど……」

「でしょう?」

「あーでもやっぱダメ」

「どうしてです?」

「サキ、このお姉ちゃんの顔をよぉーく見て?」

「はい」

「この顔で、私臭いフェチなんです、って言われたら男どもは興奮しちゃうでしょ」

「ああー」

 納得して手を叩くサキさん。

 納得されても困るのですが……。

「それでは本当は女の子が好きで、異性には興味がないというのは?」

「嘘でもお父さん以外を好きと言うのは無理です」

 私、再び横槍。

「それにお姉ちゃんが女の子好きだって噂広まったら、私とかサキが一番危なくない?」

「そうですか? キララさんくらい美人な方でしたらむしろ光栄ですよ?」

 サキさんは微笑んで答える。

 たぶん冗談ですけど、なんだか本心の見えない微笑みです。

 その後も議論は続きますけど、だいぶ意見も尽きてきたようです。

「宗教上の理由とかいかがです?」

「いやそれ嘘でもなんかヤバそう」

「ではチンパンジーにしか発情しないとか?」

「相手が猿顔だったらどうすんの」

「宇宙人にしか興味がない」

「相手が宇宙人だったらどうすんの」

 セイラのツッコミにもキレがありません。

「あ~~~」

 議論も煮詰まり、妹は机の上に頭を投げ出す。

 その頭をくりんっとこちらへ向けて。

「ていうかさ、お姉ちゃんも考えてよー」

「何で私まで」

「お姉ちゃんのために考えてるのに」

「そんなこと言われてもねぇ」

「大体お姉ちゃんが差出人も教えてくれないのが悪いんだよ。相手が誰だか分かんなきゃいい案も出ないじゃん」

「……」

 セイラの言い分ももっともかもしれません。

「分かりました。文面は見せられませんが、お相手の名前くらいは」

 私は封筒から便箋を取り出し、さっき軽く読んだ部分よりも下へ――差出人の名前が書いてありそうな部分まで目を通す。

 が。

「……」

 念のため便箋びんせんの裏も確認します。

「どうしました?」

 サキさんが小首を傾げる。

 セイラも不思議そうにこちらを見ていた。

「えっと……」

「?」

「これ、名前書き忘れてますね」

 セイラとサキさんがポカンとする。

 私もポカンとする。

 数秒、間。

 直後にセイラが爆発した。

「なっ、何じゃそりゃー!?」

 こうして妙な流れで始まったお断り文句会議は、尻切れトンボでお開きとなりました。

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