姉妹の休日(セイラ編)その2

 というわけで、シリンさんの部屋に遊びに来た。

「おー!」

「あ、あんまり見ないでね……」

 シリンさんは恥ずかしそうにしている。

 確かにちょっと散らかっていた。

 でもそんなヒドいってほどでもない。

 携帯ゲーム機やコントローラー、ゲームソフトなどがほっぽり出してあるくらいだ。

 マンガやライトノベルはキチンと棚に並んでいるし、フィギュアなんかも綺麗に飾られている。

「へぇー、シリンさんってゲームとかマンガ好きなんですね」

「うん……」

「もしかしてアニメとかも観ます?」

「ま、まぁ、多少は……」

「?」

 なんか元気なくない?

 いや、最初からハイテンションってわけじゃないけどさ。

「あのー、もしかして怒ってます?」

「へっ? いや、え? 何で?」

「いや、ちょっと私強引だったし、気を悪くしたんだったらごめんなさい」

「う、ううん! そういうわけじゃなくて!」

 私が頭を下げると、シリンさんは慌てたように首を横に振った。

「ただちょっと……その、こういう部屋ってヒかれるんじゃないかなーって思って」

「え? 何でですか?」

「ほら、いい歳なのにオタクグッズばっかりだし……わ、笑われそうっていうか」

「?」

 シリンさんの言葉に私は小首を傾げる。

「いや、ウチのパパって前にこういうの作る仕事してたんで」

「……!」

「親の仕事笑ったりしませんよ」

 私がそう答えると、シリンさんはちょっと驚いた顔をした。

「そうなんだ……」

「まーエロいのとかは単純に恥ずかしいですけどねー。女の子なので」

「そ、そうだよね」

「シリンさんって普段どんなゲームやるんですか?」

「え? その、『狩猟しゅりょう仁義じんぎでんゴクドウちゃん』とか『タコタコスプラッシュ』とか」

「『タコタコスプラッシュ』なら聞いたことあります。よかったら、やるとこ見せてもらっていいですか?」

「え?」

「ウチってゲーム機とかないんで。一回見てみたかったんですよね」

「なら、ちょっと対戦してみる?」

「いいんですか? たぶん私ヘタですよ」

「ハンデつけるから大丈夫」

 シリンさんはそう言うと、ゴソゴソとゲームの準備を始める。

 やがてテレビにイカちゃんのキャラクターが映った。

 私はシリンさんからコントローラーを受け取り、彼女の隣のベッドに腰かける。

 話題になればと思って言い出したことだけど、なんだか思ってたよりシリンさんの食いつきがよかった。

 それに実際、ゲームをやるのは本当にはじめてだ。

 せっかくだしこれをキッカケに仲よくなれれば……なんて思いながら、私はシリンさんから操作方法を教わった。



 シリンさん強ッ!

 メチャクチャ手加減してもらったのにメチャクチャ負けた。

 いや、後半は多少勝負になったんだけど、全然勝てなかったし。

 でも筋がいいって言われた。

 あとまたやろうって誘われた。

 仲よくなる目的は達成できた気がする。

 今日はゲームばっかり教わったけど、今度は女子大生のメイク術とか流行りとかも教えてもらおっと。

「ただいま~……って、まだ帰ってないの」

 管理人室に戻ってきた私は、まだ室内が暗いことに軽くため息。

 パパもお姉ちゃんも遅くない?

 もしかしてどこかでふたりで遊んでるんじゃ……。

 むぅ。

 ずるい。

 私は壁の時計を見る。

 もうすぐ夕方。

 お昼に出かけてこんな時間まで。

 ずるい!

「あーもう、仕方ないなぁ。洗濯物でも取り込も」

 お昼前に干したならそろそろ取り込まないとだ。

 私はここにいないふたりにブツブツ文句を言いつつ、居間の隅に置いてあるカラの洗濯カゴを持ち上げる。

「……!」

 と、その時ふとある物が目に留まった。

 それは洗濯カゴの下敷きになっていた……パパの下着だ。

 恐る恐る指でつまんで拾い上げる。

 洗剤のにおいは……しない。

 たぶん洗濯忘れの物がカゴの下敷きになってしまい、お姉ちゃんたちも気づかなかったんだと思う。

「……ゴクッ」

 無意識にツバを呑み込む。

 なんか凄く聴覚が敏感になっていた。

 時計の針の音が大きく聞こえる。

 あと廊下の気配。

 廊下に誰かいないかメッチャ気になる。

 静かに耳を澄ませてみた感じ……たぶん誰もいない。

 ていうか、パパたちが帰ってきたら管理人室の鍵を開ける音で分かるし。

 つまり今なら私が何しても誰にも気づかれない……!

「……」

 実は私はあんまり人に言えない秘密がある。

 12年間完璧に隠し通してきたので、誰にも気づかれていない私の秘密。

 それは。


 クンクン ドシャアアアアアアアアア(崩れ落ちる音)


 パパの下着のにおいを嗅いだ私はその場に倒れてしまった。

「はぁ、はぁ」

 興奮しすぎた所為せいか、呼吸が荒くなってる。

 そう。

 実は私は、極度のにおいフェチでした。

 いや。

 別に最初からこうだったわけじゃなくて。

 ほら。

 加齢臭ってあるでしょ?

 パパも三十路みそじ前だし。

 まだそんなキツいにおいってわけじゃないけど。

 多少は、ほら、昔よりにおいも強くなってるわけで。

 なんだか最近それに気づいちゃって。

 そしたらこう、キュンッ、と来ちゃって。

 まあつまり。

 何が言いたいかというと。

 パパのにおいは、ヤバい。

 メッチャ頭がクラクラする。

 ヤバい。

 の所為で、最近はあんまりパパの傍に近寄らないようにしてる。

 うっかりこんな状態になったらヤバすぎるし。

 だからちゃんと隠してるのだ。私は。

 こんなのサキやお姉ちゃんや、ましてやパパに知られたりしたら……。

「……」

 それはそれとして。

 今は誰もいないわけだし。

 もう一回深呼吸しても、だ、大丈夫だよね?

 ガチャッ

「!? !? !? !?」

 口から心臓飛び出るかと思ったし!

 私は慌ててパパの下着を洗濯カゴに突っ込むと、ソファにダイヴして急いで乱れた髪を取り繕う。

「ただいまーキララー。さすがにもう起きてますよね?」

「お、お帰りお姉ちゃん」

 私はまだ心臓をバクバク言わせながら、平静を装って返事をする。

「いやー、結構大荷物になっちゃって大変だったよ」

 帰ってきたパパとお姉ちゃんは両手いっぱいにビニール袋を提げて、確かにとても大変そうだった。

「あっ、キララ。洗濯物取り込んでくれた?」

「あっ! いや! 今行こうと思ってたとこ!」

「そう? じゃあ、そのままお願いできる?」

「任せて!」

 私は洗濯カゴを引っ掴んで、駆け足で管理人室を出た。

 あーっ、あーっ。

 心臓に悪い!

 私は心臓をドキドキさせたまま階段をのぼり、屋上の物干し台に出る。

 寮で共用の物干し台にはウチ以外の洗濯物も干してあって、シャツやタオルが風でパタパタとはためいていた。

「さてと」

 ゆっくりと取り込みますか。

 ちょっと落ち着きたいし。

「セイラ」

「ひゃい!?」

 落ち着こうとした矢先に背後からパパに声をかけられ、またしても心臓が飛び出しそうになる。

「な、何か用?」

「いや、洗濯物取り込むの手伝おうと思って」

「ふーん、あっそ」

 私は動揺を悟られないためにツンとした態度を取る。

 本当はちょっと嬉しかった。

 パパも買い物で結構疲れてるはずなのに手伝いに来てくれて。

「さあ、早速取り込んじゃおっか」

 パパはそう言って、私の隣に並んで洗濯物を取り込み始める。

 その時、パパのにおいが私の鼻腔びこうをくすぐる。

 下着ほどじゃないけどやっぱりにおう。

 キュンとするけど、安心する。

 さっきはいろいろと言ったけど。

 本当は、子供の頃からずっと好きだった。

 昔からずっと傍にあった――パパのやさしいにおいが。

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