12年前 その2

 家に到着した僕は、ひとまず双子をお風呂に入れることにした。

 濡れた赤ちゃん服を脱がせ、洗濯機に突っ込む。

 ちなみに脱がせてから気づいたが、ふたりとも女の子だった。

 クセで湯船にお湯を張ろうとして途中で思い直す。

「赤ちゃんに湯船は危ないよな」

 ヘタしなくても溺れる。

 抱っこすれば入れられるかもしれないが、赤ちゃんはふたりだ。

 暴れるかもしれないし、危険は避けたい。

 僕は洗面器にお湯を入れる。

 少し小さいが、たぶんこっちの方がいい。

 あとはシャワーで何とかしよう。

「よし」

 そこまで考えて双子を風呂場に入れたが、そこからがまた大変だった。

 まず泣く。

 次にあちこち触る。

 一度にひとりしか相手にできないので、目を離した隙にもうひとりがシャンプーやら石けんやらに興味を示す。

「うわぁ! 食べるな食べるな!」

 そんな苦労もありつつ、何とかふたりとも体を温まらせた。

 お風呂を上がってからもまたひと苦労。

「ア痛たた、か、体かせてよ」

「あいあ!」

「あうぁ!」

 頑張ってふたりの髪と体を拭いて、リビングへ。

 と、そこで服を洗濯してしまったことに気がついた。

「えーと、どうしよう」

 とりあえず、双子には湯冷めしないように毛布を被せてある。

 しかし、さすがに服が乾くまで裸ん坊というわけには……。

「そうだ」

 僕が小さい時の服がまだあるかもしれない。

 双子に毛布をかぶせたあと、僕は両親の寝室へ行ってタンスを漁った。

「母さんは物捨てられないタイプだったからたぶん……あった!」

 タンスの奥の端に、お目当ての物を見つけて引っ張り出す。

「破れとかは……ないか」

 服は丁寧に折り畳まれていた。

 とても大切にされていたのが分かる。

「……」

 僕はそれを二着持ってリビングに戻った。

「って、うわわわ!」

 赤ちゃんたちはジッとなんてしていなかった。

 ふたりとも毛布から抜け出して、リビングのあちこちをハイハイで縦横無尽じゅうおうむじんに駆け回り、ついでにいろんな物を倒したり汚したりしていた。

「わあごめん待って待って待ってぇー!」

 ここでもまた大慌て。

 必死になって双子に服を着せた頃には、部屋は大惨事、僕はクタクタ汗だくというヒドい有り様になっていた。

 ほんの一時間程度でこの疲労感。

 子供の親を全うするということがどれだけ大変なのか、少し分かった気がする。

 僕は双子がどこか行かないように抱っこしながらソファに深く腰を下ろした。

「ふぅ……」

 さて。

 やっと落ち着いたところで、いい加減考えなければならない。

 それはいいが、正直なところまだ僕も混乱中だ。

 段ボールの中に赤ちゃんが入ってた。

 これだけでも普通に大事件だ。

 しかし、問題なのは。

 この子たちが、、だ。

 脳裏をぎるのは飛び去るUFO。

 赤ちゃんたちが泣き始めたのはUFOが飛び去ったあとだ。

 UFOがいなくなる前から赤ちゃんたちは段ボールに入っていたのか?

 入っていたならなぜ最初から泣かなかった?

 そもそも段ボールはいつからあった?

 道を歩いていた時は気づかなかった。

 暗くて見えなかっただけか?

 それとも。

「あのUFOが置いていったのか……?」

 だとしたらこの赤ちゃんは……。

 宇宙人?

「いやいやまさか」

 それはあまりにバカバカしい考えだ。

 人に言ったって絶対に信じちゃくれない。

 けど僕はあのUFOを見てしまった。

 見てしまったのだ。

「…………」

 もし本当に宇宙人だったとして。

 この子たちの正体が他の人にバレたら、どうなるのだろうか?

 ………………解剖、とか?

「いやいやいやいや」

 嫌な想像にゾッとする。

 まるでドラマか小説の世界だ。

「どうしよう」

 おとなしくなった赤ちゃんを両腕に抱えながら考える。

 あれこれ想像したが、まだこの子たちが普通の人間という可能性もゼロじゃない。

 さっき見たUFOが自分の幻覚だと断ずるなら、警察に電話して赤ちゃんを保護して貰うのが正解だ。

 だけど宇宙人だったら……。

 思考がぐるぐる回る。

 せめて誰か相談できる人がいればよかったのだけれど。

 生憎とこの家には僕しかいない。

「あぁー」

 その時、右腕の赤ちゃんが僕に向かって手を伸ばした。

「あぅー」

 隣のを真似まねてか、左腕の赤ちゃんも手を伸ばした。

 幼く小さな手が僕のほおをぺたぺたと触る。

「キャッキャッ」

 双子はソックリの笑顔で僕の頬を何度も触った。

 これは……懐かれてる、のか?

「……」

 普段だったら、そんな別になんてことのない話だったかもしれない。

 でも今は。

 僕は「ひとり」だから。

 正直、結構胸にくるモノがあった。

「……ちょっと…………様子を見ようかな」

 自分に言い訳するように、僕は口に出して呟く。

 数日か、数週間でいいから、この子たちが人間かどうか見極める。

 もし何の異常もないようだったら警察に届け出よう。

 それでいいはずだ。

「うっ、うっ……」

「ん?」

「うぅ……アアアァァン!」

「えぇ!?」

 さっきまで笑ってたのに、赤ちゃんがまた突然泣き始めた。

 トイレ……じゃない。

 じゃあご飯か?

「って、赤ちゃんにカップ麺じゃダメだよなぁ……」

 赤ちゃん用のご飯ってどこで売ってるんだ?

「えぇっと、と、とりあえずドラッグストアに!」

 僕は机の上の財布を持って、慌てて玄関へと駆け出した。



 ――それが12年前の話。

 その後もいろいろと沢山の出来事がありながら、僕はふたりの「お父さん」をやっている。

 キララとセイラが地球人なのか宇宙人なのか、それは今でも分かっていない。

 このことを誰かに話してもいない。

 もちろん娘たちにも。

 いつか……話すべきなんだろうか。

 十年以上経った今でもまだ決めかねていた。

 ただ僕自身の結論は決まりきっていた。

 地球人でも宇宙人でもどうでもいい。

 どちらだとしても、ふたりは僕の娘に変わりはない。

 僕は管理人室に戻って居間に布団をいたあと、そっとふすまを開けて姉妹部屋の中を覗いた。

 そこにはふたりの娘が二段ベッドで静かに寝息を立てている。

 彼女たちの健やかな顔を見ているだけで、僕は胸が満たされて一杯な気持ちになる。

 この家族が、僕の幸せの全てだ。

「おやすみ、ふたりとも」

 僕は娘たちに向かってそう呟くと、寝室の襖を音を立てないように閉めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る