30年前の刑事の霊

 30年後……。

積み重なった建物が並ぶ雑踏の街を行き交う人々の間で、"ある物"が出回っていた。


 大学生の男2人組は駅前のベンチで談笑する。


「なあ、知ってる? 死者と繋ぐ呪いの動画」


若い男は携帯の画面を見せながら友達に切り出す。


「は? お前呪いとか信じてんの?」


友達の男性は画面を覗きながら嘲笑ちょうしょうする。男の携帯画面にはアドレスが表示されている。それは広く普及している動画配信サイトにあるアドレスだった。


「これはマジだって! この動画を最後まで観た奴は必ず死ぬって言われてんだよ。この前のニュースでもあったろ? 高校生が集団自殺したって」


男性は喜々とした様子で力説する。


「ああ、どこもやってんな」


「噂じゃ、これ観てたって言われてんだよ!」


「お前ヤベェな! クスリでもやってんの!?」


「んなわけねぇじゃん! 本当に!これは本当にヤバいから!」


「じゃあ観なきゃいいじゃん」


「たくっ、鈍いなお前はー。本当かどうか確かめるんだよ」


友達の顔が変わる。


「は? なんで?」


「なんでって、気になるでしょ」


「それヤバいって言われてんだろ? そんなもんわざわざ観る必要ねぇだろ」


「あれあれー、もしかしてビクッてるー? さっきまで威勢はどこに行っちゃったんですかー?」


男は友達に指を差して挑発する。友達は眉間に皺を寄せて舌打ちする。


「分かったよ! 観りゃいいんだろ観りゃ!」


「おーし決まり! じゃ、早速観ようぜ」


 テンション高めの男は指輪をはめた手を友達の前に差し出す。友達は渋々同じような指輪をはめた手を男の手に近づけた。指輪のトップにある数ミリの黒丸のセンサー板が向き合う。お互いに指輪のアームの後部の小さなボタンを押す。

数秒後、ピロロンと音を鳴らす携帯。友達の携帯が『同期しました』と表示し、男の携帯と同じ画面になる。

男は携帯を操作する。友達の男の携帯画面が勝手に進む。1つの動画再生画面が表示された。

タイトルには『30年前に死んだ刑事からのメッセージ』とある。


「じゃ、行くぞ」


「……おう」


男は動画を再生した。



 のっぺりとした画面に観づらさを覚える。古びた部屋の中でベッドに腰掛ける男。カビは生え、壁紙は剥がれかかっている。男は地味なスーツを着ていた。おじさんっぽい。じっとカメラを見つめる顔は憔悴しているように見える。男はゆっくり語り出す。


「初めまして、楠木将伸です。今から60年前、私は人を殺しました。同じ大学にいた、友達です。

今私がいる山荘では、不可思議なことが起こっていたんです。でも、私たちは知らなかった。ここで何があったのか。

私たちは、ここで起こった惨劇のことなど知らないまま、冬休みを利用して宿泊していました。それが引き金となり、私たちは触れてはならない呪いを呼び覚ましてしまったのです。私たちは呪いに怯え、生き残ろうとみんなで協力していました。

でも、私は自分が生き残ることを考えていたんです。誰かを呪いの餌食にしてしまえば、助かるんじゃないかと、根拠のない浅はかな考えによって、私は人に手をかけました。

安西美織、白川琴葉、越本薫。そして、救えなかった、三嶌璃菜、火野翔馬、山口春陽。私の友達でした。私は呪いから一時的に解放され、1人生き残った。そんな記憶を捨てて、30年もの間、自分だけ生きていました。

ですが、私は彼らの悲しみを忘れ、宮橋和徳という名も捨てた、最悪の人間でした。そんな人間にも関わらず、私は刑事という職についていたんです。きっと、私は無意識のうちに刑事という職を利用して、あの事件を掘り返されないようにしたかったんだと思います。

あの、大学生集団失踪事件の犯人は、私です。被害者の遺族の方々には、本当に申し訳なく思っています。許してもらうために、私はこうして動画を送っているわけではありません。1人の人間として、けじめをつけたいという身勝手な理由です。それでも私は、30年もの長い罪を、償いたく思っています。本当に、申し訳ありませんでした。……最後に、私からお願いがあります。決して、この山荘を探さないで下さい。もし、この山荘を見つけ、一度でも入ってしまえば、二度と現実に戻れなくなります。深い、深い、憎しみの痛みの中で、もがきながら死んでいくことになります。そのような日が、みなさまに訪れないことを、陰ながら願っております」


画面は暗くなった。動画は終わり、男に笑みが零れる。


「な? 何もなかったろ?」


 そう言って顔を上げた時、景色は変わっていた。


「え?」


隣にいたはずの友達はいなくなっていた。それどころか、真新しい駅前の景色もない。ベンチだと思って座っていたのはアンティーク調の椅子に変わっている。椅子の前にはテーブルがあり、壁紙も同じ向日葵の柄。さっきまで観ていた動画の山荘の中。辺りをくまなく見回してもそうと思う他なかった。


「健太!」


男は友達を呼ぶが、返事はない。虚しく響き渡るだけだ。


「おい、健太ぁ!」


男は慌てだす。


「嘘だろ!? 冗談だって言ってくれよ!」


男はドアに近づき、部屋を出ようとする。ドアノブは回らない。ガタガタいうだけで、押しても開かない。


「っ、何でだよ! 誰かいませんか!!」


 男は寒気を覚える。異様な冷たい空気が背中を駆け上る。後ろへゆっくり振り向くと、だらりと首を下げた男がベッドに腰掛けていた。大股を開く男の手には、銃が握られている。動画で観た楠木将伸と名乗った男とよく似ている。すーっと顔が上がった。こめかみから血を流す楠木は、大きな目で男を見定める。


「来るなって言ってんだろ……」


楠木はそう呟くと、表情がぐちゃぐちゃになっていく。

男はさきほどよりも必死にドアを開けようとする。楠木は立ち上がり、男にゆっくり歩み寄る。男はドアを思いっきり突進したり、蹴り飛ばすも、ドアが開くことはない。近づいていく楠木は銃の安全装置を外す。

男は後ろを見る。楠木はすぐそこまで来ていた。男は振り向き、恐怖のあまりのけ反った。


「助けて……」


かすれた声で請う。楠木は銃口を男の額に向ける。


「お願いします……だすけて……」


楠木の指がトリガーに据わる。


「もう君は無理だよ」


楠木は濁った声で突き放した。


「あ"ああああああああああーーーーーーー!!!!」


 銃声が轟き、煙のように淡く消炎する。銃弾は『angel 11』のドアを貫通していた。ドアに空いた穴から死体を見下ろす楠木の無表情が見える。楠木はドアに近づく。楠木の体はドアをすり抜け、妖しく灯された廊下を歩いていく。

すると、一瞬にして楠木の姿は消えた。それと共に電気も消え、暗闇が山荘を包む。


"この山荘に来た者は、必ず死ぬ"


動画ゆめの中に彷徨う者は、いつだって山荘に入ってしまう。彼は、現実で生き通すことのできなかった刑事の信念の代わりに、天の使いになりたがる不老の怨霊である。

彼の言うことに従えなかった者は、二度と現実には戻れない。



                                  〈完〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

30年前の男からのメッセージ 國灯闇一 @w8quintedseven

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ