大学生集団失踪事件の真実11              作成日時 2137年01月06日23:56

 不穏な空気が未だ部屋の中を彷徨っている。捜査資料の写真と動画に出てきた女性を見比べても、確かに白川琴葉と似ている気がした。長い髪とすらりとした細身の体型。更に一瞬見えた顔。半分振り向いた時には、カメラを持った越本が逃げてしまったため、顔まで認識することはできない。だが、少なくとも鳥山は、白川琴葉であると断定していた。


この動画をどう説明するのか。CGなのかもしれないが、本腰を入れた警察の捜査網を掻い潜り、この動画を撮ったとは思えなかった。

3人は 1つ 1つ疑問を口にしては可能性を話し合っていく。

動画が作成され始めたのが2136年 9月22日。捜査が開始されて半年が経っている。越本の証言が正しければ、事件が起こったのは2135年12月28日から。捜査が開始されるまでに 3ヶ月の時間が空いている。その間に動画は撮影され、潜伏先でまとめて作成した。だがそうなると、白川琴葉はあの時死んでいなかったことになる。

また、現場で発見された血液などの数々の証拠は一体何だったのか、と疑問を抱かざるを得ない。全てが越本薫たちの自作自演だったとしたら、越本薫が恨むのは自業自得としか言いようがない。それで恨まれたら溜まったもんじゃない。


 謎が一気に増えた気がする。混乱する 3人は、次の動画を観るしかないと口を揃えた。自動でスリープ状態になっていたパソコンを起こし、次の動画を開く。

蓮口は画面キャプチャーをパソコン画面いっぱいに拡大する。画面が読み込み状態に入る。楠木は胡坐をかいていた両足の位置を上下逆にして、体勢を変える。


待っている時間に楽しい会話が 3人から出ることはない。隣の部屋や襖の向こうから快活な声が聞こえてくるだけ。楽しそうな店の客の雰囲気が伝わってくるのは、気分の落ちた3人にとって、漠然とした恐怖を和らげてくれていた。


 彩りに映えた画面に変わった。5段ある階段の上に玄関が見える。地面と玄関の高さはせいぜい50センチ。階段から玄関まで屋根が続いている。階段の両側には腰上の高さに壁があり、内側に手すりがついている。それより上は階段から外が見えるが、見えるのは砂利と裸になった落葉樹林くらいだろう。

息づかいが聞こえるが、なかなか語りが始まらない。画面はぶれながら山荘の玄関を映し続ける。規制線が山荘の中に入るのを阻むように張り巡らされていた。

3人は怪訝な表情をしたまま、画面を見つめる。衣擦れの音が聞こえると、「よし」と越本の独り言が入った。山荘の両側にカメラが振られる。左、右とカメラがゆっくり振られていく。裸だと思っていた落葉樹林は少しだけ緑の葉を生やしていた。


「××警察署のみなさん、前回の動画は見ていただけたと思われます。あの女性は、みなさんの想像通り、白川琴葉です。色々と疑問はあるでしょうが、この動画を観ていただければ、自ずとその疑問も解消されることでしょう」


越本は進み出した。しかし、玄関には向かわず、右に進んでしまった。玄関には南京錠がかかっているためだろうと推測できた。だとしても、他の侵入経路も施錠されているはずだった。今までどうやって入っていたのか、分かるかもしれない。

越本は山荘の右側に回ろうとする。カメラの映像が山荘の右側を捉えた瞬間、裏手の方向へ進んでいく人影が見えた。越本は立ち止まった。人影はすぐに山荘から突き出た一部に隠れてしまい、見えなくなった。

白く透き通るような肌、ギンガムチェック柄の厚手のシャツに濃いジーンズ。肩甲骨まで伸びた長い後ろ髪は黒いシュシュで括られていた。女性は越本に気づきもせず、奥に消えた。


 5秒後、カメラがゆっくり歩き出す。カメラは山荘の横から出っ張った建物に近づいた。カメラは壁際まで近づき、上に向けられた。

なんてことないすりガラスが見える。画面の横から手が入ってきた。手は窓を横に引いた。鈍い音を立てて窓が開いた。

蓮口は「結構ずさんだったんですねえ」と零す。画面が窓から逸れると、外壁を映す。忙しなく衣擦れの音が聞こえ始めたと思ったら、リュックの裏側が画面に入ってきた。カメラのレンズに肩掛けの部分が押しつけられ、時折越本の腕で暗くなる。


「なんかおかしくないですか?」


蓮口は険しい表情で口を開く。


「何が?」


楠木は特に何も感じていなかったようで、蓮口の問いかけに不思議そうな顔をしている。


「いや……普通こういうところって編集する時に切ると思うんですよね。見どころがあると言ったら、白川琴葉がまた映ったくらいですし」


「今までは入るところを映してこなかった。おそらくお金の当ては6人の財布の中くらい。この動画を作るのにもお金を節約する必要があるから、余裕を持たせたかったはずだ」


楠木はグイッとビールジョッキを上げて口に入れる。


「でも、この前のSDカードはまだ容量に空きがあったんですよね」


「不具合が起こったとかな」


鳥山は呟くように言った。


「はい?」


「そういえば、越本も動画の中で言ってましたね。確か、火野翔馬が泊まっていた部屋『hunch』で撮影していた時に、音声と映像が途切れて止まったって」


楠木は口を動かしながら、大皿から焼きそばを取ってすする。


「ああ、何が原因かはさておき、その可能性もあると思ってな」


 蓮口は鳥山を見つめていた。鳥山は厳しい表情で画面を睨むように見ていた。おでこに深く刻まれた皺と不快そうな顔。いつもと何ら変わらないように見えるが、蓮口には、鳥山の声がいつもより元気がないように思えた。

越本のカメラは風呂の中に入っていた。空いていた窓を閉め、風呂を出た。


「さて、続きを話しましょうか。

安西美織。彼女は死んだ。宮橋和徳から告げられた事実は、僕らを困惑させました」


カメラは脱衣場を抜け、暗い通路に入る。すぐ右に自然光を浴びた部屋が見える。カメラはその方向へ進んでいく。


「この目で確かめようと、僕は2階の宿泊部屋『essence』へ行きました。ドアを開けてすぐ、異変に気づきました。

窓の奥にある裸の落葉樹林の隙間から、ピンク色のニット帽を被った人が見えました。空に向かって伸びた太い幹の先は鋭く尖っていました。先端から枝分かれの部分まで、赤く染まっていました」


 越本はカメラと一緒にキッチンからリビングに進み、赤い革製のソファに向かう。カメラは下を向きながらくるりと回り、前に向いた。すぐに少し左に向いて、ローテーブルが画面の下部から入ってくる。画面が前に進み、ゴトっと音を立てた。振動で画面が震え、反転する。素早く回ったカメラは、越本の顔を映した。

アップになった越本の目の下にはクマが見える。越本はカメラに手を伸ばしている。カメラの向きを調整しているようだ。


「僕は窓に近づいて、目を凝らしました。5メートル以上ある木の上で仰向けになっている人は、背中から突き刺されているように見えました。両腕と両足がだらりと下がり、首は反り返っていました」


越本はローテーブルの近くの床に座り、そのまま話し続ける。


「安西美織を最後に見たのはほんの数時間前。紫色のナイロンパーカー、薄茶色のハーフパンツ、黒の足。あの姿は間違いなく、安西美織の格好でした。

脚に力が抜けていくのが分かりました。僕はその場に座り込んでしまい、呆然としていました。

その時です。また大きな声が聞こえてきたんです。2つの男の声は言い争っているようでした。僕は反射的に立ち上がって、部屋を出ました。廊下に変わった様子はありません。僕は階段を駆け下りました。玄関の前で立ち尽くす宮橋と、それを遠目に見つめる三嶌がいました。

僕は何があったか宮橋に尋ねました。宮橋は肩を落とした様子で、『翔馬が出て行った』と答えました。話を聞くと、白川琴葉の亡霊に呪い殺されると思った火野翔馬はパニックになり、山荘から逃げ出そうとしました。宮橋和徳は制止しましたが、宮橋の制止を振り切って出て行ってしまったようです」


その時、映像が一瞬歪んだ。捻じ曲がるように映像が乱れ、越本の顔、ソファ、壁の境界が認識しづらくなっていく。


「状況からして、すぐに出て行ったようでした。荷物もジャンパーもここに置いていると思われました。火野の様子は尋常じゃありませんでした。相当キテいることから、早く追いかけた方が賢明と判断するところでしたが、あの脅迫文が僕らの足を動かしてくれませんでした」


音声だけが正常だったが、越本の顔はもはや人の顔を留めていなかった。

鳥山から不満げなため息が零れる。集中力が途切れた鳥山は止めていた箸を持ち、刺身を口に入れる。


「すると、場違いな笑い声が聞こえたんです。静かな部屋の中に響く声は小さいものでした。不気味さを纏う冷笑に悪寒を覚え、僕はその声に疑念を向けました。

三嶌璃菜は晴れやかな笑顔を浮かべていました。僕は目を疑いました。

絶句している僕と宮橋を尻目に、『いい気味ね』と言ってのけたのです。三嶌は僕らに視線を向けました。僕は思わず腰が退けてしまいました。本当の犯人は、三嶌璃菜だった。咄嗟にそう思ったのです」


「えっ!?」


 蓮口は反射的に声を出して驚く。2人は声も出さずに驚いた。それは越本の証言に驚いたわけではない。

映像は正常な状態に戻った。だが、越本の後方にあるソファの後ろに、レザージャケットを着た男が立っていた。首から上がちょうど画面から見切れているため、誰か分からない。

「この男、誰だ?」と楠木は呟く。蓮口は鳥山に視線を投げかけるも、鳥山は画面を見つめたまま何も応えない。


「三嶌は『さ、早く追いかけてあげましょう』と、僕と宮橋に言ったのです。僕は絞り出すように、お前が全部やったのか、と三嶌に問いかけました。三嶌は体をくの字にして笑い、『そんなわけないじゃん』と嘲笑しました。さっきまでしおらしく怯えていた女性とは思えませんでした。

僕と宮橋が戸惑っていると、階段の上から音が聞こえてきました」


越本はカメラに手を伸ばした。階段の方向にレンズが向く。


「僕と宮橋は身構えました。トン、トン、トン、と不規則に鳴る足音。人が下りてくるような気配を感じました。そして、踊り場に姿を現し、微笑みながら下りてきて、僕と宮橋の前に立ったのです。

生気のある顔をした白川琴葉が、微笑んでいました。呆然と立ち尽くしていると、キッチンの奥から安西美織と山口春陽が出てきました。

死んだはずの面々は、少し申し訳なさそうに複雑な表情で微笑んでいたのです。

今日はここで終わります。ご視聴ありがとうございました」


「ふふっ」


男の声が入った。それが聞こえた瞬間、映像は途切れぬまま、階段を映し続けている。


「翔馬?」


越本がそう呟くと、カメラが振り返った。

カメラはさっきまで映していたアングルになる。ソファの後ろにいたはずの男は消えていた。画面が少し上がり、流れるようにゆっくり右に振られていく。

すると、暖炉の前で佇むレザージャケットの男がいた。暖炉の中を見下ろしている。カメラは男の背中を映し続ける。

すると突然、男の首が取れた。越本の息を呑む音と首が落ちた音が鳴った瞬間、画面が暗くなった。

画面キャプチャーの中心に大きな再生ボタンが表示された。


 静まり返る部屋の中、3人は顔を見合わせた。この動画を鵜呑みにするわけじゃないが、もしこの動画の証言が真実だとするなら、山口春陽、安西美織、白川琴葉は生きているということだ。だが、捜査資料にはことごとくその可能性を否定する証拠が挙がっている。

だとすると、最初の事件は一体何だったのか。それは次の動画で明かされること。そう考え、3人はそれぞれ一度トイレ休憩を挟み、冷めている料理を食べることにした。

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