警告
鳥山たちは移ろいゆく周りの様子に恐怖を覚えていた。
周りの視線が妙に気になる。またあのバーのようにおかしなことが起こるのではないか。誰から切り出すこともせず、3人は動画を観られずにいた。
12月26日、鳥山の案内で連れてこられたのは1件の住宅。ブロック塀には鳥山の表札と郵便口がある。玄関を開け、鳥山は 2人を招き入れる。
「あ、いらっしゃい」
エプロンを着けた鳥山の奥さんは上品さが滲み出ている笑顔で歩み寄る。
「食事はもうできてるか?」
鳥山は奥さんに鞄を渡す。
「うん、もう用意できてるから。どうぞお入り下さい」
楠木と蓮口に目配せをして促す。
「お邪魔します」
蓮口は緊張した面持ちで中に入る。
並んだ食事は決して豪勢なものではないが、味は抜群だった。あまりのおいしさに蓮口と楠木は料理を褒めちぎり、奥さんはタジタジになっていた。
和やかな食事の中、鳥山の中学生になる長女と小学生の息子と対面することとなり、紹介を終えて食事を共にしながら軽く会話を交わした。
夜も更けて、晩酌に移行した3人は静まったリビングでぽつぽつと会話をする。奥さんや子供はもう寝ており、あまりうるさくできない。
鳥山が可愛がっている2人を誘い出し、気分転換もかねて家に誘ったのだ。鳥山が自分の家に誘うなんて初めてことだと驚いていた楠木は、とてもありがたがっていた。蓮口は、嬉しいとは思っていたが、大先輩である鳥山の家にお邪魔するなんて夢にも思っていなかったため、突然誘われて思わず頷いてしまった。
やっと落ち着いた休みを過ごせる見通しが立って、早く家に帰ってゆっくり休みたいと思っていた。しかし、いつもお世話になっている鳥山の滅多にない好意を無下にするわけにもいかず、撮り溜めたアニメをポテチを食べながら1人で観るアニメ鑑賞会は延期となった。
「すみません、トイレお借りします」
楠木は鳥山にそう言って立ち上がり、リビングを出た。
柿ピーをポリポリと食べる鳥山と蓮口は、気の抜けたビールを飲む。
「なんか鳥山さんの家族見てたら無性に結婚したくなりますね」
「彼女はいないのか?」
「いませんね」
「刑事でいないってなかなかだな」
「刑事ってモテますかね?」
「ステータスはウケるだろ。そのアドバンテージがあって彼女いないは宝の持ち腐れだ」
「辛辣ですねー! 鳥山さーん」
蓮口は笑みを見せながら頭を抱える。蓮口の顔はほんのり赤くなっている。良い具合に出来上がっていた。
「どれくらいいないんだ?」
「うーんっと、かれこれ2年くらいですかね」
「前の彼女とは別れちゃったのか?」
「はい。全然予定作ってくれないし、デートしても面白くないからってフラれました」
「そうか……ふふ」
「笑わないで下さいよ~。結構落ち込んだんですからねー?」
蓮口は薄い灰色のソファに両足を乗せて、ソファの背にだらしなくもたれながら体を縮まらせる。
「悪い悪い」
「でも安心して下さい。僕にももうすぐ春が来そうなんで」
蓮口は急に元気になる。
「は?」
「可愛い子と今良い感じなんですよ。写メ見ます?」
「おう」
蓮口は鞄の中を開けるが、すぐに手を止めた。
「あれ、僕持ってきたっけ」
「どうかしたか?」
楠木がリビングに戻ってきて蓮口の隣に座る。
「いや、入れた覚えのないノートパソコンが入ってまして」
「どうせボケてたんだろ」
楠木は鼻で笑い、グラスに入った飲みかけのビールを飲み干す。
鳥山は神妙な顔で口を開いた。
「そろそろ、向き合うか」
静かに放った言葉は一瞬の間を作った。
「向き合うって……」
「越本薫だ」
楠木と蓮口は顔を見合わせる。重たくのしかかる空気を感じつつ、口を開いたのは楠木だった。
「鳥山さん、これ以上は観ない方が賢明じゃありませんか? 最後に観た動画の後、誰かが自宅の周りをうろついていることがあって……。信じたくはありませんが、たぶん、間違いないんじゃないでしょうか」
「僕も、そう思います! あの動画って、作り物感があるんですけど、ちょっと異常というか、おかしなことが起こり過ぎっていうか。僕の周りでも、そんなこと全然なかったのにポルターガイスト的なことが起こり始めて、怖くなったんですよね」
「あれから動画を観なくなって、そういうこともなくなりました。もう動画を観なければ、安全の確保はできるはずです」
鳥山は口を真一文字にして、考え込む。楠木と蓮口は鳥山の返答を待つ。数秒考えた後、鳥山は吹っ切れた表情になった。
「蓮口」
「はい」
「そのノートパソコン、俺に貸してくれ」
「え?」
「俺だけで観る」
「鳥山さん、やめた方がいいですよ」
「そうですよ」
蓮口と楠木は真剣な表情で止める。
「俺には責任がある。真実かどうか確かめなくちゃならない。ただのイタズラで、30年後に送る奴はいないだろう。
イタズラで送るなら、作成したらすぐに送りつけたくなる。奴等がどんな反応をするのか見てみたい。そう思うはずだ」
蓮口と楠木は言葉が出ない。
「もし越本が今も生きているのなら、俺と同じくらいの歳になってる。あいつにも、俺と同じような家庭を持てていたかもしれないんだ。
お前たちには迷惑をかけた。十分付き合ってくれた。だが、ここまででいい。もしあの動画が本当に呪われているのなら、危険もあるだろう」
「もし何かあったら、ご家族が心配されます」
「万全は期す。
鳥山からは固い決意が感じられた。説得は響かないと悟った楠木と蓮口は口をつぐんだ。
「大丈夫だ。次何かあったらやめるよ。家族に心配かけ過ぎるのも、よくないしな」
鳥山は笑顔でそう言った。
「分かりました」
蓮口は鞄からノートパソコンを取り出し、鳥山に渡す。
「ありがとう」
重い空気のまま、その日は解散となった。
12月28日、鳥山は仕事が休みの日に神社を訪れていた。蓮口に調べてもらった神社は
鳥山は色鮮やかな新緑の木々に囲まれる境内の中を進む。参道の脇に受付を見つけた。中を覗いてみると、2人の巫女が立っていた。霊能者の名を口にして、依頼したいことがあるとお願いした。若い巫女が案内すると言い、巫女の後についていく。
大きな朱門を潜ると、道に沿って両側に立つ石灯篭が出迎えてくれた。周りは人が走り回れるほどの広さがあり、石畳の道から外れた肌色の地面は綺麗に整えられている。
そのまま真っ直ぐ進めば三角屋根の社殿がいくつもある。屋根はくすんだ銅板のようなものが使われている特徴的なものだった。何人かが建物の前で手を合わせている様子がある。
巫女は社殿がある道から逸れて左に曲がった。穏やかな川を跨ぐ朱色の橋を渡っていく先に大きな建物がある。社殿の通りは人もまばらだったにも関わらず、中から溢れるように廊下で座る人がおり、建物の中を見ている姿がある。
女性の声が聞こえてくる。近づくほどその声は大きくなり、どこかで聞いたことのある雰囲気があった。
女性は廊下の前にある 5段の階段前で立ち止まり、「宮司はここで読経をしております。もうすぐ終わりますので、ここでお待ち下さい」と言って、会堂の中に目を向けてしまった。
会堂の中は多くの人がおり、正座してお経に聞き入っている。お経を自ら聞きにいくことはなかったが、その声は美しく、詩を聞いているようだった。
鳥山は背伸びをして会堂の中を覗く。お経を読んでいるのは女性だった。大きな仏壇の前で正座をしている女性は40代から50代くらい。年相応の見た目ながらも美しさを持っている。読経する姿は熟練のものが窺えた。
頭には黒い半楕円の
声が止まり、女性宮司が
鳥山は緑臭い畳の部屋に通された。巫女が座る女性宮司から少し間隔を空けて、座布団を置く。女性宮司は鳥山に座るように促した。巫女は礼をして障子戸を閉めた。鳥山は座り、話をしようとしたが、部屋の外で聞き覚えのある話し声が聞こえてきた。
すると、同じ巫女が再び部屋の外から部屋に入ってもいいかと敬語口調で尋ねる。女性宮司も外の話し声が気になっていたのもあり、承服した。巫女が障子戸を開けると、巫女と共に楠木と蓮口が姿を現した。
「お前ら」
「お知り合いですか?」
女性宮司は真顔で尋ねる。
「すみません、うちの部下です」
「ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
楠木は腰を少し曲げて丁寧に申し上げる。
「私は構いませんが」
女性宮司は鳥山に目配せをする。
「入れ」
鳥山は呆れつつ言った。
「失礼します」
「失礼しまーす」
控え目な声量で言いながら部屋に入る。障子戸が閉まる音を背に受け、改まった空間が形成される。
「初めまして。
綺麗な礼をする富杉にならって礼を返す。
「××警察署の刑事、
「同じく、
「同じく、
「ご依頼があると聞いたのですが」
しっとりした口調で話す女性は薄く笑みを携えた。
「はい。実は今、我々3人は過去の事件について、内密に調べております。××警察署に送られていた封筒の差出人は、当時犯人と思われていた男の名が記載されていました。筆跡鑑定やDNA鑑定をしましたら、本人で間違いないという結果がでました」
鳥山は鞄から封筒を出し、富杉に見えやすいように畳の上に置く。富杉は数秒見つめると、「手に取ってもよろしいですか?」と聞く。
「ええ、どうぞ」
鳥山は置いた封筒を前に押す。富杉は手に取り、封筒の感触を確かめるように親指で擦る。無言で封筒を見つめる時間が緊張を感じさせる。
富杉は封筒を畳に置いて、鳥山たちの方に押し返す。
「それで?」
富杉は続きを促す。
「はい。動画はマイクロSDカードで送られてきました。2つに分けて、23の動画があります。まだ全部は観ておりませんが、しばしば霊的現象ではないかと思わせる映像があり、その動画を観た後……動画はバーの個室で観ていたのですが、会計をしようと1階に下りた際、1階のフロアにいた全ての客が、お前たちは逃がさないと、私たちに向かって大声を出したことがありました。
私たちはずっと2階に下りました。彼らに迷惑をかけるようなことはしていませんでした。なので、そう言われる心当たりがないとするならば、この動画のせいではないかと。私たち3人の
富杉は鳥山を真っ直ぐ見つめていた視線を下げ、鳥山の横にある鞄に視線を振った。
「まず、その動画というものを観させて下さい」
「分かりました」
鳥山は鞄からノートパソコンを取り出し、ディスプレイを立てる。
蓮口は「やりましょうか?」と気遣う。
「ああ、頼む」
蓮口はノートパソコンを引き寄せ、操作する。
鳥山は視線を感じ、富杉を見た。富杉はじっと鳥山を見ていた。しかし、富杉の視線は鳥山と重なっていない。鳥山はそれが恐ろしかった。
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