大学生集団失踪事件の真実3 作成日時 2136年09月24日13:17
3人の刑事は書類作業を終え、改めて続きを見ようと集まった。パソコンの前に使い古された椅子を持ってきて、マウスが小さな乾いた音を鳴らした。画面キャプチャーが出現し、読み込み中の文字が数秒出ると、一瞬で山荘の内壁と越本薫の顔が映った。
「××警察署のみなさん、体調は大丈夫でしょうか? もし、体調が悪いのなら、それは必然です。それくらいの罰は受けてもらわないと、割に合いませんから」
生気のない表情がカメラを見下ろす。薄い唇はあまり血色が良くない。
以前観た動画と比較すると分かる。壁は少し違っているようだった。薔薇と棘の生えた茎の絵が壁に彫られている。
「おそらく 2階だろう」と、事件に関わっている強面の刑事が呟く。
「では、続きをお話しします。僕らはいなくなった白川琴葉を探すため、山荘の中をくまなく探すことになりました。
風呂、ワイン蔵、2階にある宿泊部屋、計11の部屋と書庫、備品室。白川琴葉はどこにもいませんでした。ですが、ある 1つの部屋だけ、おかしなことが起こっていたんです」
越本はカメラのレンズを前に向けた。濃い茶色の木製のドアが正面に映る。部屋のドアの上には釘で貼りつけられた表札があり、『gate』と明記されている。ドアノブは金メッキが剥がれ、鈍色の表面が見えていた。
「宿泊部屋です。そこは誰も泊まっていない部屋でした。でも、明らかに人がいた痕跡があったんです」
越本はドアノブを握り、ドアを開けた。部屋は少し暗いものの、奥に見える窓から差し込む光が部屋の中の物を照らしていた。
整えられたベッド、サイドテーブル、その上に立つスタンドライト。猫が座りながら見つめている絵画があるだけのシンプルな部屋。壁半分の上部だけに、ゴッホの向日葵を彷彿とさせる壁紙が貼られている。
越本の持ったカメラが部屋の中に入っていく。
「外は雪が降り続いているのに、窓が開いていました。ベッドと壁の間の床の表面は、雪が覆っていました」
カメラは窓に近づく。ベッドは窓に対して平行に設置されていた。ベッドの右側と窓の間にスペースがあり、その床には当時雪が積もっていたと思われる。
越本の青白い手が窓ガラスを上にスライドさせた。画面は窓から飛び出し、地面を見下ろす。濡れた枯れ葉が散らばっている。
「窓の外も雪が積もっていました。そこに、誰かの足跡と、何かを引きずった跡が残っていました」
カメラは部屋の中に引っ込み、再び部屋の中に戻る。ベッドと窓の間から反対側に回って、ベッド下を映す。
「僕と山口春陽だけがこの部屋にいたところに、みんなが駆けつけてきました。その時、三嶌璃菜がベッドの下に落ちていた物を見つけたんです。三嶌は手に取って、みんなにそれを見せました。それは白川琴葉が着けていたシュシュでした。つまり、ここに白川琴葉がいたということです。
僕らは戸惑いました。なんで白川琴葉がこの部屋に入ったのか。自分が泊まっているわけでもなければ、誰かが泊まっているわけでもない部屋に、何の用があったのか。僕らには不思議でなりませんでした」
カメラがゆっくり周囲を見回していく。語り口調といい、映し方といい、3人の刑事はどこかうさん臭さを感じていた。真実を語ることが目的ではなく、自己顕示欲を満たすための動画のように思えてきていた。
ネクタイと白いカッターシャツを着て、清潔感が滲み出ている先輩刑事は渋い顔をする。腕組みをしている強面の先輩刑事はため息を零した。
「山口春陽は、静かに推測を述べました。白川琴葉は誰かにさらわれたんじゃないか。火野翔馬は動揺しながらも否定しました。なんで白川琴葉をさらう必要があるのかと。
僕は、この辺りに人が住んでいるのか、宮橋和徳に尋ねました。
100年前に集落があったけど消滅して、もう何十年も人が住んでいないと、宮橋和徳の親父さんから聞いていたそうです。
この山荘に来る時、車内の中から見えた景色は山ばかりで、家もほとんどなかったし、人も一切見かけませんでした。でも、外に靴の足跡がある以上、誰かがこの山荘に来たということは紛れもない事実と、受け取るしかなかったんです」
その時、ストン! という音が聞こえた。カメラが素早く振られた。さっきまで開いていた窓がしまっていた。「重さで勝手にしまったんだろう」と強面の刑事は吐き捨てる。別に不思議なことじゃない。
しかし、越本は安堵したような吐息を漏らしていた。さっきまで安定していた画面もぶれが大きくなっている。越本は大きく深呼吸をして、話を再開させる。
「山荘の中は全て探したので、僕らは外へ捜索に出ることになりました。僕らは一旦それぞれの部屋に戻り、防寒具を着こんで玄関に向かいました。玄関には白川琴葉が履いていたファー付きのブーツがありました」
すると、画面が突然切り替わり、景色が一変した。落葉樹林が至る所に見受けられ、赤と黄色の落ち葉が絨毯のように地面を埋め尽くしている。秋を感じさせる風情があり、つい見惚れてしまいそうになる。
「手がかりは雪に残った足跡と何かを引きずった跡だけでした。引きずった跡はソリじゃないかと、僕らは推測しました。幸い、雪の降り方はそんなに強くありませんでした。物置にあった懐中電灯や携帯のライトで周りを照らしながら、この林の中を進みました」
落ち葉を踏む音や枝が折れる音が時折聞こえ、画面が奥に進んでいく。道という道はないが、平地ということもあって足場は悪くない。数々の幹が並ぶ景色は迷宮のような幻を覚える。
越本は数分ほど無言のまま進んでいく。ふんわりと浮かび上がる映像が重なって、また画面が切り替わる。
画面は越本の足元から前に向いた。中央にぽつんと佇む井戸が映る。
「僕らが足跡と引きずった跡を辿ると、ここで途切れていました。そこでは足跡の人物がここで何かしていたようで、いくつもの足跡が井戸の周りに残っていました。そして、敷き詰められた白い雪の絨毯に、ぽつぽつと赤い斑点が。
僕も含め、みんなが嫌な想像をしていました。この井戸の中に、白川琴葉がいるのではないか。覚悟を決めたのは、宮橋和徳でした。僕から懐中電灯を受け取り、中を覗きました」
画面が越本の語りをなぞり、井戸に近づいて中を覗く。
「宮橋和徳は井戸を覗いたまま固まっていました。僕は彼に井戸の中の様子を伺いました。宮橋は青ざめた顔で言いました。
誰かいる。
僕らは何も言えませんでした。僕も中を見てみました。井戸の中は見てもらえれば分かる通り、それほど深くはありません。見積もっても6メートル程度。水が少し張っていましたが、その水面から何かが飛び出していたんです。
頭、体、それはどう見ても人のように見えました。僕はさすがにきつくなってきて、井戸を覗くのをやめました」
画面は井戸の中から落葉樹林の中の景色に戻る。
「安西美織は恐々と井戸の中の様子を曖昧に尋ねてきました。僕は見ない方がいいと答えることしかできませんでした。でも、火野翔馬は確認せずにはいられなかったのでしょう。彼は血相を変えて井戸に駆け寄り、宮橋和徳の持っていた懐中電灯を奪って井戸の中を見ました。
数秒後、火野は泣き崩れました。井戸の中にいる人の髪形や体型からして、白川琴葉と認めざるを得ませんでした。
更に、井戸の中の水は深紅に染まっていました。あの蛇口から出た水には、白川琴葉の血が混ざっていたんです。
そろそろ切ります。続きは次の動画を再生して下さい」
カメラはすぐに切られ、画面は落葉樹林が立ち並ぶ景色で止まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます