大学生集団失踪事件の真実4 作成日時 2136年09月24日18:44
すぐさま次の動画を再生した。しかし、突然画面がフリーズしたため、再起動してもう一度再生する。なんとか映像が再生できるようになった。
後ろから浴びせられていた重圧から解放される新人刑事は、安堵のため息を漏らす。また山荘の中に戻り、越本がソファに座っている画が入った。
「あの後、僕らは山荘に戻りました。山荘の中に立ち込めていたすき焼きの匂いは、まったく食欲をそそりません。
僕らは誰が呼びかけたわけでもなく、リビングに集まっていました。安西美織は、死体を見た僕らに井戸の中にいたのは本当に白川琴葉だったのか尋ねました。僕らはそれに応える気力もありませんでした。信じたくなかったんです。友達が死んでしまったことを」
越本の座っているソファには大きなペットボトルがいくつも転がっている。画面に映っているだけでも 5本。2本も飲み干しており、水分補給にしては飲み過ぎていると感じられる量だ。
それを口にした若い刑事だったが、年齢の割に若々しい清潔感のある先輩刑事は「1日中山荘にいたわけじゃないだろ。冷蔵庫に入れられていただけかもしれん」と指摘する。若い刑事は「あ、そっか」と納得して画面に意識を向ける。
「僕らは少しずつ冷静さを取り戻していきました。白川琴葉は誰に殺されたのか。疑問を投げかけた宮橋和徳の声で、僕らは嫌な予感を覚えました。この山荘の周辺に住んでいる人はいない。必然的に、僕らの中の誰かが、白川琴葉を殺したとなる。
僕は火野翔馬の殺気に気づきました。明らかな敵意が、山荘の中にいる人全てに向けられたのです。数秒後、みんなも火野翔馬の異様な視線に気づきました。
宮橋は、それはないと言い切りました。でも、火野は聞き入れませんでした。火野を落ち着かせるため、僕らは無実だと証明することにしました」
越本は立ち上がり、カメラに近づいた。カメラは越本の手によって回り、左に階段と、右手に暖炉が見える絵面になった。
「まず、一緒にいたと思われた火野の話を聞くことになりました。火野は、僕らが全員寝てしまった後、白川と2人で火野が泊まっていた部屋に行ったそうです。2人きりでしばらく話し、白川がお風呂に入ったそうです。風呂に行くには、1階へ下り、リビングとキッチンを通らなければなりません。
リビングで寝ていた僕らはその時気づいたか確認し合いましたが、誰も気づいていませんでした。
50分くらいして、白川は戻ってきました。その手にはワインが握られていました。宮橋がリビングに持ってきていたワインでした。それを2人で飲んでいたそうです。
火野は途中で眠くなってしまい、起きたら白川がいなかったので、白川の部屋に行ったそうです。ドアは開いていたけど、いなかったからリビングへ下りて僕と会ったと話しました」
若い刑事は必死にメモを取る。他の2人の刑事は画面を見つめたまま微動だにせず、聞き入っている。
カメラはローテーブルが画面の下部に見える視点に固定された。
「僕らは火野が寝てしまう前の時間を聞きました。白川がお風呂に入ると言って、携帯を弄り始めた時間が午前0時40くらいだと分かり、風呂から戻ってきたのが午前1時30分くらいだと推測しました。僕が起きて食器を片付け始めたのは3時頃。その間に白川琴葉が殺されたことを確認し合いました。そして、僕らには犯行が不可能だったことを火野翔馬に告げました。
まず1つ、白川琴葉の死亡推定時刻は午前1時40分から午前3時30頃まで。その間、外では雪が絶え間なく降り続いていました。積雪も5センチくらいはあり、必ず足……ります」
いきなり音声が途切れた。すぐに音声は戻ったが、3人の刑事は顔を見合わせて、口にしないまま疑問を投げかけ合った。3人とも何も語らず、すぐに動画に視線を戻した。
「しかし、僕らが白川を探しに外へ出ようと玄関を出た時、玄関の外に足跡はありませんでした。そこまで強く降っていなかったので、足跡が完全に消えるようなことはないと考えられました。
その証拠に、この山荘に初めて来た時の足跡が、新しい雪に覆われながらも残っていました」
「なるほど」
若い刑事は声に出して感心する。
「火野は納得いかない様子でしたが、とりあえず冷戦にしてくれました。ただ、僕らにはまだ疑問が残っていました」
すると、越本の手が画面の右下から出てくる。越本の指は黒いシュシュが摘ままれていた。
「白川琴葉のシュシュです。誰も泊まっていない部屋に落ちていたのはなぜか。僕らには皆目見当もつきませんでした。
あの部屋には、他の部屋と違う物が置かれているわけでもありません。変わりがあるとすれば、絵画の絵が違うくらいです。
僕らが部屋に行くと窓が開いており、窓の外の真下、その地面に積もった雪が、そこから足跡が続いていることを教えてくれていました。
犯人はあの部屋で白川琴葉を殺し、2階から死体を落として、自分も2階から外に出てソリで運んだ。あるいは、白川琴葉が開いた窓を覗き込んだ隙を見て突き落として、同様の方法で運んだ。しかし、この推理には大きな疑問が残りました。どこにも血痕がなかったんです」
越本はため息を零し、お茶の入った飲みかけの大きなペットボトルを取った。蓋を開け、ペットボトルの飲み口を引き寄せる。飲みっぷりはどことなく違和感を覚える。まるで水分に飢えているようだった。越本はペットボトルの蓋を閉め、傍らに置く。濡れた唇を袖で拭い、虚ろな視線を向け直す。
「井戸の水を赤く染めるくらいの出血量からして、相当な血が出ていたと思われました。しかし、井戸の中以外血痕は見られませんでした。証拠を隠滅しようと思えばなんとでもできるかもしれませんが、全ての血痕を無くすのは、そう簡単ではありません。
突き落とした場合にしても、頭からの出血であれば雪の上に飛び散っているはずですし、液体ですからどこに飛び散っていてもおかしくないわけです。暗がりだったので、僕らも見つけられなかった。それを見越して、その方法を選んだのかもしれませんが、明るくなればバレてしまいます。
部屋の中で殺した場合もそうです。返り血を浴びているかもしれないし、壁や床に飛んでいることだってあるでしょう。その痕を全て消し去ることは、意外と難しい。僕らは話し合いが終わった後、それも確認しましたが、一切血痕はありませんでした」
捜査資料にも誰も泊まっていない部屋『gate』で、血痕があったなどの記載はない。
「火野翔馬はそんなことどうでもよさげでした。白川琴葉を殺した奴が誰なのか、そのことにしか興味がなく、冷静さを失っていました。
しかし、僕ら以外の人間がやったとなれば、かなり厄介だということが分かりました。殺害方法が分からないこと、そして、この山荘の中に潜んでいる可能性があること。
とりあえず僕らは警察に連絡しようと考えましたが、人里離れた山の中ということもあり、電話は繋がらなかったんです」
カメラを持った越本が歩き出し、玄関付近の窓に近づく。窓の外にレンズを向け、外の様子を撮影する。窓越しに警察庁の文字が入った規制線が窓の景色を少しだけ遮っているが、画面は間を縫うように外の様子を映そうとする。砂利が敷き詰められた平らな玄関前は殺風景だった。
「この山荘から出ようとしたら、僕らが乗ってきたレンタカーは、全てのタイヤがパンクさせられていました。鋭利な刃物でひと突きしたような跡があり、恐怖を覚えました。
もう耐えられないと思った僕らは、意地でもここから出ようと、歩いて山を下りることにしました。ですが、その先の道には、木々が横倒しになって道を塞いでいたんです。僕らにはなす術がありませんでした。
道なき道の山を行くしか方法はないと考えましたが、山の中には熊もいるし、暗い林の中を歩くのは危険であることは誰にでも分かりました。
犯人が必ずしも1人とも限らない。僕らがここから山を下りて、警察に通報することを犯人が許すわけがない。山口春陽と三嶌璃菜の指摘もあり、僕らは引き返す決断をするしかなかったのです」
越本は移動し、カメラが玄関のドアを映す。
「やむを得ず、僕らは山荘に引き返し、誰も外から入れないように施錠をすることにしました。全ての入り口を塞ぎましたが、既に山荘の中にいる可能性もありました。
それでも、犯人にとっては都合の悪いことだと考えておきました。みなさんもご存じの通り、山荘はそこまで広くありません。場合によっては鉢合わせになる可能性もありました。しかし、鉢合わせしたとしても、怖いことに変わりはありません。必ず3人以上で行動することを決め、日が昇ってから山の中に入って、強行下山することにしました。
今日はもう疲れたのでこれまでにします。ご視聴ありがとうございました」
画面が暗くなり、動画が終わった。××警察署の刑事3人は、こんなことに付き合わされている自分たちを嘆くようにぼやいた。
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